第13話 ランス様と初めてのキス
ミゼル様はランス様がキスをしないのであれば自分が私とキスをして力を分けてもらうと言う。
「それはダメだ」
「だったらさっさとキスしろよ。私は待ちくたびれてるんだ」
ミゼル様の挑発的な言葉に、ランス様はムッとする。
「……するから、ミゼルは後ろを向いててくれ」
確かに、ミゼル様に見られたままでキスをするのは正直恥ずかしい。
「はいはい、わかったよ。わかったから早くしてね」
私に軽くウィンクしてから手をヒラヒラさせ、ミゼル様が後ろを向く。
「……ごめんセシル、こんなことになって」
ランス様が私の両肩を掴んで申し訳なさそうに言う。
「謝らないでください。ランス様、最近謝ってばかりですよ」
そう言うと、ランス様はさらに申し訳なさそうな顔をする。
「確かにそうだね、ごめ……いやなんでもない」
また謝りそうになるのを止めて、クスリと笑う。私もつられて笑ってしまった。
笑っている私の顔を見つめてランス様は優しく微笑んでいる。その微笑みを見てると心がほんわかと暖かくなるけど、胸は高鳴るのを止めてはくれない。
だんだん、ランス様の顔が近づいてくる。思わず目を瞑ると、唇にふにっとしたものが当たる。あ、これってランス様の唇。
ランス様の唇が一度離れたと思うとまた唇が優しく触れる、その繰り返し。啄むように、優しく唇が触れ合う。
こういうの、バードキスって言うんだっけ。
ぼんやりしながら唇の感触を確かめていると、体の内側から力が沸き上がってくるのがわかる。聖女の虹の力だ。
目を瞑っているけれど、瞼の裏に青白い光が見えるのでたぶん指輪の青い石がいつものように光っているんだと思う。
しばらくして、青白い光が止んだのがわかる。ランス様の唇が離れたので目を開けると、ランス様が少し顔を赤らめて私を見ていた。
「大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫です……」
なんだかぼんやりするけど、嫌な感じは全くしない。ただ鼓動が速くなっているのがわかるし、身体中もなんとなく熱い気がする。顔、赤くなってたら恥ずかしいな。
そんなことを思っていたら、ランス様が急に私をぎゅっと抱きしめる。なんで?!急すぎて訳がわからないのだけれど、まだ頭がぼうっとしているのでそのままランス様に抱きしめられたままでいる。
「ミゼル、終わったよ。これでいいだろう」
「うーん、まぁ良さそうだな。うん、ありがとう!」
ランス様に抱きしめられていてミゼル様の姿が見えないのだけれど、ミゼル様の方から清らかな力が感じられるので力の補充は無事に済んだのだろう。
「それにしても、意外とランスは独占欲が強いんだね」
ふふふ、とミゼル様が楽しそうに笑う。独占欲?
「余計なお世話だよ」
ランス様がちょっと怒り気味に返事をする。あれ?ミゼル様とランス様は仲が良かったはずじゃ……?
「さて、力の補充も済んだし、私は戻るとするよ。明日は騎士団長のところに昨日の報告に行くんだろう、また明日ね」
あ、あと、とミゼル様が思い出したかのように言う。
「今回は軽めのキスで済んだけど、今後もっと力を大量に使う任務も増えるだろう。その時にはもっと濃厚なキスやそれ以上のことも必要になってくるから覚悟しておくんだよ」
濃厚なキスやそれ以上のこと?!ミゼル様の言葉に動揺したけれど、ランス様の体も一瞬こわばっていたので同じように動揺しているんだと思う。
「もしランスがそれをできないと言うのであれば、私がそれを代わりに行う」
「ミゼル?!君はそもそも性別がないはずじゃ……」
ランス様が声を荒げる。
「そうだね。でも力を必要とする場合、性別を選んで人の姿になることもできる。そのくらい虹の力は絶対的なものなんだよ。セシルが拒んだとしても、私はそれを強制執行することができる、聖女を選んだ身だからね。まぁセシルは聖女としての覚悟をしているようだから拒んだりはしないだろうけれど」
確かに私はここに来る際に聖女としての覚悟をしてやってきた。力について聞いた後でもその覚悟は揺るぎない。でも、あまりに急な話すぎて頭が追いつかない。
「ミゼル、あんまりセシルを困らせるようなことを言わないでくれ。まだ聖女として来たばかりなんだ」
「セシルよりもランス、君の方が覚悟がまだ足りないんじゃないか?白龍の使いとして聖女を得てはいそれで終わりですなんて生優しいことじゃないのはよくわかっているはずだろう。セシルを大事に思う気持ちは素晴らしいと思うけれど、それだけでは白龍使いの騎士は務まらない」
ミゼル様の言葉を聞いて私を抱きしめるランス様の腕の力が強まった。
「今後、国を騒がす何かが動き出すだろう。いや、すでに動きは始まっているんだ。私にはわかる。だからこそ、聖女の力は絶対だし、それを得るためならば白龍は手を抜かない。騎士としてそれは肝に銘じていてくれ」
それじゃまた明日、という声と共に、ミゼル様のいた方から大きな風が吹いてくる。多分ミゼル様が白龍の姿になって飛んでいったのだろう。
「ミゼル……」
私を抱きしめたまま、ランス様の低く苦しそうな声だけが庭園に鳴り響いていた。
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