やってきた助っ人が頼りないおばあちゃんだったら、きっと僕の妹はわがままを言わずに困難に立ち向かってくれるはず……きっと!
渡貫とゐち
兄離れと妹離れ
電話のコール音に不思議と苛立ちが含まれている気がした。
着信画面を見なくとも分かる……この電話は妹からだ。
「はいはい」
「――なんとかしてよッッ!!」
開口一番……片耳からもう片方の耳まで貫く鋭い声だった。
もう少しスマホを耳から離せばよかったと後悔するが、大した差はなかっただろう。妹の声を吸い込むように聞いてしまうのは僕の耳側なのだし。
若干麻痺した耳が復活するのを待ってから、用件を聞く。
優しく「どうしたの?」と聞けば、妹は「組み立て方法が分からないの!」と言った。……なんの? と聞かなければ続きが出てこないのは妹との会話ではあるあるだ。
端的に言うから全体像が見えないんだよなあ……。
「早く
助けを求め、泣きついている側の言い分とは思えなかったが、これが妹だ。
これこそが妹だと思えば、調子が良いらしい。調子に乗っているとも言えるけど。
「一回、自分でやってみたら? 調べてさ、試行錯誤して、」
「いいから早くきて、言うことを聞け」
理不尽過ぎる。
毎度のことながら、更新していく深い溜息が出た。
「お前のことだし、封を開けてすぐに面倒になって僕に泣きついてきてるだろ? そこを一旦さ……頑張ってみろって。お前のためなんだぞ?」
「うるさい。いいから早くこい。やれ、文句を言うな!」
言葉がきついが、可愛いやつだ。
これを言えば妹はさらに不機嫌になるだろうけど……そこがまた可愛いまである。
甘やかしたいのは山々だったが……しかし問題があった。
「今日はいけないんだよ。こっちにだって事情があるんだから」
「き・て! 兄貴の事情なんか知ったこっちゃないんだから!!」
どうしてこんな風に育ったのだろう?
まあ、昔の僕が甘やかしたせいなんだけど。親じゃなくて、兄のせいだ。
分かってる。
でも、いまさら厳しく接することはできないし……大前提として妹に嫌われたくない。
絶対に。
とは言え、さすがにこんなわがままに応えていたら妹のためにならない……ので、兄として、妹には僕以外の助っ人を送り込むことにした。
「ちょっと待ってろ」といったん電話を切ってから、思いついた助っ人に連絡をして――許可が取れたので再び妹に連絡をする。
「兄貴、甘いものが食べたい」
「注文が増えてる……じゃあ和菓子でも持っていかせるよ」
「兄貴がくるの!」
「いけないんだってば。ごめんよぉ」
きっとこういう言い方が妹のわがままを増長させてしまっているのだろうけど……習慣とは怖い。分かっていても、やめられなかった。
「いま助っ人を頼んだからさ。すぐにきてくれるはずだよ。だからその人に色々と聞いてくれ。……いいか? 僕が頼んだ助っ人だからな? 失礼のないように、」
「サボるなバカ兄貴! 兄貴がこないと……意味ないじゃん!」
「出先なんだもん、いけないのは仕方ないだろ。すぐには戻れないんだから。……だから、今日は助っ人でがまんしてくれ!」
通話でも分かる妹の不満をなんとかなだめながら、よきところで電話を切る。
このまま永遠と会話が続きそうだったからな…………さて。
疲労を抜くためにふうと息を吐き、腰かけていたベンチから立ち上がる。
「ごめんお待たせ」
「ううん、大丈夫。妹さん、トラブルだったんでしょう?」
「大したことないよ。助っ人を頼んだから――」
「ふうん。でもその助っ人ってさ……」
彼女は不安そうだった。
盗み聞く気はなかったけど、僕の話し方で分かったのかもしれない。
けど、彼女はその先を言わなかった。
言っても仕方ないと思ったのかもしれない。
僕には僕の考えがあるし、彼女も十全に、とは言わないまでも、理解に近い解釈はしてくれたのかもしれない。
「……妹さん、変われるといいわね」
「だねえ」
これは兄のわがままだけど、成長しながらも、変わらないでいてほしい。
〇
「助っ人にきましたよー、っと」
「え? あの…………へ?」
おばあちゃんだった。わたしがよく知るおばあちゃんではなくて、まったくの、見ず知らずの
おばあちゃんは杖をつき、今に転びそうな危ない足取りで玄関を上がってくる。
言ってくれたら手を貸すのに! というか、今にも寿命で倒れてぽっくりといってしまいそうな、白骨寸前のおばあちゃんで……、助っ人?
助っ人が欲しいのはおばあちゃんの方でしょ!?
「どれどれ、なにが分からないのかしら」
「まっ、ちょっと待っててねおばあちゃん!」
仕方ないのでひとまず部屋に案内し、散乱している部品たちを足でどかして道を作る。
ベッドにゆっくりと腰かけさせてから――わたしはスマホを握りしめた。
これは説教だ。
兄貴に言ってやらないと――けど、何度も何度もコールしているのに出ない。
妹からの連絡を無視するとはなにごとか!!
「なんで出ないわけ!?!?」
「妹ちゃん、これ、見てもいいかしらね?」
部屋に散乱している部品と説明書の数々。自作パソコンのあれこれなんだけど、機械に疎いわたし以上に、機械が普及する以前から生きてるおばあちゃんに上手く使いこなせるようには見えないけど……でも、実は意外と手練れだったりして。
「おばあちゃん、分かるの……? パソコンの組み立てなんだけど……」
「分からんが、やってみなくちゃ分からんとも言えんよ」
ベッドから立ち上がったおばあちゃんが、杖をついていたけどふらりと倒れかけ、咄嗟にわたしが支える。あ、危なっかしい……っ。
おばあちゃんが悪いわけではないけど体が弱いことを自覚してもらわないと。ちょっと手を貸して、くらい言ってくれればいつでも貸すのに。
肩でもいいよ。というか勝手に使っていいけれど。
「うーむ……分からんねえ」
「だよね……」
その後、ふたりで苦戦しながらも説明書の隅々まで読んだり、ネットで調べたりと情報を集めながら組み立てる。おばあちゃんと一緒に二人三脚で。
ちょっとの作業でもしんどいはずなのに、おばあちゃんは疲れた様子もうんざりした態度も見せなかった。珍しいものでも見るように目を輝かせて――――楽しそうだ。
「これはどうするのかしら」
「これはここじゃない?」
気づけば、わたしが主導で、組み立てが順調に進んでいた。
そして、数時間後、自作パソコンの組み立てが完成する……。
「やったっ、できた!」
「ほっほ。良かったわねえ」
「おばあちゃん、ありがと!」
おばあちゃんの頬に寄り添う。
自分の頬をぴたりとくっつけ、精一杯の愛情表現だ。
赤の他人だったけど、それは今でも変わらない。
それでも、苦楽を共にすれば、ただの他人ではなかった。
おばあちゃんとはもう、友達だ。
嫌がるかなと遅れて気づいたけど、おばあちゃんが嬉しそうでほっとする。
「ほんとうにお兄ちゃんの言う通りになったねえ」
「え? 兄貴? ……なにか言ってたの?」
「ええ。妹ちゃんは周りに頼れる人がいると頼ってしまうけど、守るべき人がいると実力を発揮するってねえ。私のことを助けてくれたでしょう? だから、私みたいなヨボヨボの老人、もしくは怪我人を向かわせたら妹ちゃんは困難にも立ち向かって、頑張ってってくれるって言っていたわね……。あ、これ、言っちゃいけなかったかもしれないわ――言わないでね?」
「…………」
実際、その通りになったのだから兄貴の計画通りだったのだ。
気に食わないけどね。
「あまりお兄ちゃんに頼ってばかりじゃダメよ?」
「頼られたいのは……でも、だってあっちだもん!」
なんだかんだと文句を言いながらも最後まで手伝ってくれるから、兄貴は望んでいると思っていたのに……っ。
「どうやら妹離れが先だったみたいねえ。次は妹ちゃんの、兄離れの番じゃない?」
「は? もう離れてるし」
「あら、お兄ちゃんから電話」
「えっ」
マナーモードにしていたせいだ。
着信音もないのに思わず飛びついてしまった。
スマホは静かで……わたしを呼んだ形跡もなかった。
……おばあちゃんに、はめられた。
「離れてる、かしらねえ?」
「い、いやっ、兄離れしててもお兄ちゃんのことが好きなのは別によくない!?」
…了
やってきた助っ人が頼りないおばあちゃんだったら、きっと僕の妹はわがままを言わずに困難に立ち向かってくれるはず……きっと! 渡貫とゐち @josho
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