2話:占奈さんの占い結果【傘】

占奈うらなさんと週末に水晶玉デートの約束をした次の日、僕の心は軽やかで、足取りも普段より弾んでいる。占奈うらなさんとの水晶玉デートの期待がいっぱいで、少し浮かれて学校に向かって歩いていた。


太陽が照り付け、夏の青空が広がる。蝉の鳴き声が遠くから聞こえ、校門までの道に陽炎が揺らめいている。


歩きながらふと、今日は水晶玉が壊れてしまったから占いが無いのではないかと気づく。既に、毎朝の日課になっていたから、寂しさを感じる。


あれ、いつも占いのことばかりで、占奈うらなさんとちゃんと話したことが無かったような……。今日は、思い切って占い以外のことを聞いてみよう。そう意気込んで教室に入った。


「おはようございます。天夜あまよくん」


「おはよう。占奈うらな……さん……どうしたの……それ」


占奈うらなさんの机の上には、いつもとは違う水晶玉が置かれていた。


(もしかして、我慢できずに一人で買いに行ってしまったのか!)


その瞬間、心臓がドキリと音を立てた。胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚に襲われ、頭の中が真っ白になる。


昨日の占奈うらなさんとの約束が一瞬で崩れ去るかのようなショックに、口元が乾き、唾を飲み込むことさえ忘れてしまった。彼女が一人で買いに行ってしまったのだとしたら、あのデートの約束はどうなってしまうのだろう……。


「あんなこともあろうかと、水晶玉は家にストックしているんだよ!」


嬉しそうに元気に答える占奈うらなさん。しかし、信司は予想外の回答に驚き、嬉しさよりも


「え、家にまだあるの?」


という事実に少し引いてしまった。その驚きは表情にも現れ、目を見開いてしまった。それを見た占奈うらなさんが慌てて、


「あ、でも壊れちゃった水晶玉はお気に入りの水晶玉だったから、買いに行くの付き合ってね」


がっかりしていたように見えていたのだろうか。


でも、その訂正はとても嬉しい。水晶玉デートが確約されたものだ。


僕は胸の中でホッとしつつも、同時に戸惑いも感じていた。正直、水晶玉の見た目の違いが判らない。今日のもいつものと同じものにしか見えない。


それでも、彼女と一緒に過ごせる時間が増えることに、やっぱり嬉しさがこみ上げてきた。


椅子に座ると、占奈うらなさんがいつもどおりこう言った。


「今日の天夜あまよくんを占ってあげる!」


水晶玉に手をかざし、真剣に見つめている。


占奈うらなさんの指先がそっと水晶玉に触れると、光が微かに揺れ、水晶の中に彼女の真剣な表情が映し出された。


「えーっとね、見えたよ! 傘! いいことあるよ~」


傘?雨でも降るのかな。置き傘をいつもしているから、雨が降っても大丈夫。予報では1日晴れだし、外の様子を見ても雨が降る気配はない。


今日は何が起こるのかわからないこの感じ、考えているこの時間が意外と楽しい。


「ありがとう、占奈うらなさん」


いつも通りお礼を言って、授業の準備をする。


授業中の占奈うらなさんは、真面目に授業を聞いて、板書をとっている。成績はクラスのなかで片手に入るほどで、意外にも頭がいい。


僕は占奈うらなさんの横顔を見ながら思った。


(僕の気持ちとか占いでは、わからないよな……)


ふと、不安に感じた。こんな失礼なこと思ってしまったのがばれたら、嫌われちゃう。


もし占奈うらなさんが占いで心を読んで、自分のこの考えを知ってしまったらどうしよう?彼女が自分をどう思うかが怖くなって、視線を逸らしたくなるが、それでも彼女の集中した横顔に目を奪われてしまう。


心の中で祈るように、


(どうか気づかないで)


と繰り返す。そんな自分が情けないと思いながらも、やっぱり占奈うらなさんのことを考えるとドキドキしてしまう。


昼休みになると占奈うらなさんは、決まっていつも教室から出ていく。


今日こそは占い以外の話をしたいと思ったが、占奈うらなさん以外に隙が無い。僕は思い切って立ち上がるが、結局声をかけられずに占奈うらなさんを見送るしかなかった。




午後の授業が終わり、帰りのホームルームが始まると突然、想像以上の大雨が降りだした。窓の外は灰色の空が広がり、大きな雨粒が次々とガラスに打ちつける。


置き傘しておいて良かった。


占いが当たったよと占奈うらなさんの方を見ると、あからさまに落胆していた。


占奈うらなさん、もしかして傘ないの?」


「うん。雨予報じゃ無かったので」


そこは占いで分からないんだなと思いながらも、僕の心は一瞬で高鳴った。


これは一緒に帰る絶好のチャンスだ。勇気を振り絞って言葉を続けた。


「僕、置き傘しているから、その、嫌じゃなかったら送ってあげるなんて……」


一瞬の沈黙が僕には永遠のように感じられた。心臓がドキドキと音を立て、手のひらが汗ばんでくる。占奈うらなさんがどう答えるかで、この後の時間が大きく変わる。


「いいの!やった!」


占奈うらなさんは元気を取り戻し、飛び跳ねるように喜んだ。僕の胸に安堵と喜びが広がり、彼女と一緒に帰る未来が鮮やかに描かれた。


僕たちは教室を出て、廊下を歩き始めた。窓の外を見ると、雨は勢いを増している。廊下の床には雨で濡れた靴跡がいくつも残っていて、僕たちはそれを避けながら歩く。


占奈うらなさんは、さっきの喜びを引きずってか、ずっとにこにこしている。彼女の笑顔を見るだけで、僕の心も暖かくなる。廊下の曲がり角を曲がると、下駄箱が見えてきた。


占奈うらなさんと一緒に下駄箱に向かい、靴を履き替えた。心の中で占奈うらなさんとの帰り道を想像しながら、傘立てに手を伸ばす。


「あれ、傘が無い……」


朝には数本刺さっていたはずの傘立ては、すっかり空っぽだった。驚きと失望が一気に押し寄せる。


「ごめん、占奈うらなさん。傘、持っていかれちゃったみたい」


占奈うらなさんも驚いていた。


「占いで傘がいいこと出たのに、また外れちゃった、ごめんね」


僕の胸には深い落胆が広がった。占奈うらなさんと一緒に帰ることができると期待していたのに、その希望が一瞬で消え去ってしまった。彼の視線は自然と床に向かい、心の中でため息をつく。せっかくのチャンスが……。


一方、占奈うらなさんも占いが外れたことに落ち込んでいた。占奈うらなさんの肩が少し落ちて、彼女の笑顔は影を潜めていた。


占奈うらなさんが、口を開く。


天夜あまよくん。雨が止むまで、一緒に待っててくれませんか。」


占奈うらなさんの声が少し震え、目を伏せて言葉を続けた。雨音が響く教室の中で、彼女の頼りなさが胸に響いた。僕は、彼女の言葉に頷き、心臓が再びドキドキと音を立て始める。彼女の側にいるだけで、全ての不安が消えてしまうような気がした。


人が多くて込んでいたので、人がいない静かな場所に移る。


教室の窓から、どしゃぶりの雨を二人で眺めていた。


占奈うらなさんの横顔を見て、信司の胸は再びドキっと音を立てた。雨粒が窓ガラスに打ちつける音が響く中、彼女の横顔が一層美しく見える。彼女の存在が、ただそこにあるだけで心が温かくなる。


(何か、話さないと……)


「う、占奈うらなさんって、占い本当に好きだよね」


占い以外の話題を考えていたのに、とっさに出てきたのが、占いの話だった。


さっきまで占いが外れたことに落ち込んでいた占奈うらなさんが意気揚々に答える。


「占いってすごいんだよ。私のお祖母ちゃんが占い師でね。みんなが幸せになっていくの。落ち込んでいた人には、希望を与えたり。警告を出して失敗しないようにしたり。そんなお祖母ちゃんを見て、私もいろんな人幸せにしたいなーって思ってね。お母さんにはほどほどにしなさいって言われてるけどね。ほとんど当たらないし。ごめんね、人に話すの初めてで、テンション上がっちゃった」


占奈うらなさんは少し照れながら、微笑んでいた。嬉しそうだ。


占奈うらなさんの占い。すごいと思う。そんなに真剣に考えていたこと知らなかったけど、そんなに頑張れるってことは本当にすごいよ。占奈うらなさん応援してるよ!」


占奈うらなさんの話を聞いて、僕は心から感動していた。占いに対する彼女の情熱と真剣さが、僕の心を強く打った。占奈うらなさんがこんなにも熱心に取り組んでいる姿を知ることができて、僕は嬉しかった。


「ふふ、ありがとう。天夜あまよくん。毎日、占ってあげるね。でも、外れたら、ごめんね」


いつもより少し静かに、外を見続けながらしゃべっていた。占奈うらなさんの顔が少し赤くなっている気がする。


気が付くと、外の雨は上がり、大きな水たまりに反射して、太陽が煌々と照りだした。大きな虹がかかる。


占奈うらなさんがこう言った。


天夜あまよくん。連絡先交換しようよ」


「い、いいんですか!」


またもや敬語になりながら、スマホを出した。


心臓がドキドキと音を立てる。彼女との距離が一気に近づく予感がした。


天夜あまよくんってたまにおかしくなるよね」


占奈うらなさんは笑いながらスマホを僕のスマホに重ねる。彼女の笑顔に、信司の緊張も少しずつほぐれていく。


「土曜日の予定、考えなきゃだしね。これからもよろしくね。天夜あまよくん。」


占奈うらなさんの占いは、僕にはとびきりの幸せを与えてくれた。


傘はなくなってしまったけど、いいことあったよ!


占い当たっているよ!占奈うらなさん!

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