噂の編入生2人組

「よし、じゃあ行ってきます!」


「気をつけるのよー!」


真新しいブレザーの制服に袖を通し、まだあまり荷物の入っていないかばんを提げて家を飛び出す。

温かい風が桜の花びらを運び、春の訪れを告げる。


あのあと、龍我君の電話番号を渡されて解散し、その数日後には魔術師養成学園...名前は偽ってたけど推薦入学の手紙といま着ている制服が届き、推薦だったら楽だしいいでしょと言ったら両親も了承してくれたので、入学することになった。


待ち合わせ場所は私の家の近くにある河川敷の橋の下だからあるき始めて5分でついた。

どうやらまだ2人とも来ていないようだった。

川の水を見ると、水は澄んでいて、私の今の姿がよく写っていた。


あの紅葉がきれいな秋の日からもう半年近く経った。

その間、魔術師に関する文献やサイトを探す日々が続いていた。

市の図書館に一日中入り浸り、一日中パソコンの前にへばりついて、遠い博物館にだって行ってきた、それでも見つかった資料はほんのわずかだった。


数万年前からあるとされる遺跡の出土品だったり、そこに魔術師らしき人が書いてあったりするものばかりだった。

本当に魔術師は世界の裏側にいる存在であって、その証拠は徹底的に回収されていることを知った。

半年の成果がたったのそれだけだった。

その中で私は一つの疑問を持った。


なぜそこまで自分達の存在を隠すのか。


魔術師達の証拠隠滅は恐ろしいほど徹底的だった、だから謎だった。

ヒトとしては未知なる力を秘めている魔術師達は驚異ではある、しかし便利な面も多いのだろう、ならなぜ共存の道がないのだろうか。

私が魔術学園に行く理由で最も大きな要因の一つだ。


そしてもう一つの理由、それは私の眼についてだ。

私は魔眼持ち、と言われてもピンとこなかったし、何がすごいのかわからない。

でも私みたいな魔力のないヒトが魔眼を持って生まれた理由を探しに行きたい、という訳だ。


ドスン!


突然後ろで大きな痛々しい音がなった。

何事かと振り返ると尻もちをついた待ち人達がいた。

2人とも同じ制服を着ていた。


「えっと...大丈夫?」


「なんとか」


「やっぱり学園のワープ装置は使うべきじゃなかったって兄貴...」


また何やらすごいことをしてきたようだった。


「ワープ装置って?」


「簡単に言えば学園にもとからある転移用の魔法陣のこと、使ったら指定の場所にワープできるやつね」


「へえ...それで学校まで行くの?」


まだまだ私が知らないだけで彼らの世界には面白いものがたくさんあると再認識した。

「ああ、これで行くんだよ姐さん」


「へえそうなんだ...って姐さんって呼んだ!?」


聞くと龍我君は尊敬し、ついていくと決めた人を兄貴とか呼ぶらしく、何故か私もその尊敬の対象となっているようだ。


「はあ...で、その魔法陣ってどこにあるの?」


「下見てみて」


促されるまま下を向くと、そこには薄っすらと光る幾何学模様の魔法陣があった。

私はさっきの光景を思い出した。

私の足元にある魔法陣と同じもので飛んできた2人は、大きな音を立てて尻もちをついていた。


2人は私よりも身体能力が高い。

そして今の私はスカートを履いている。

それらが意味すること、それは飛んだ先で大惨事になるということ。


「ちょっとまっt」


「じゃあしゅっぱーつ!」


無情にも私の叫びは無邪気な彼には届かなかった。

次の瞬間には私は宙を舞っていた。

下を見ると3メートルぐらいのところに地面がある。

今度こそ死ぬかもしれない、そう思うと悲鳴すら上がらないほど怖かった。


「よっ」


耳元で彼の声がする、背中に頼もしい感触が添えられる。


「“遅化”」


彼が唱えると光の粒が彼の足元に広がり、落下が段々と穏やかなものになっていき、ゆっくりと地面に降りた。


「大丈夫?」


「ありがとう...」


私は気づいてしまった、彼は私の背中と膝の裏に腕を入れて、持ち上げている、いわゆるお姫様抱っこ状態だということに。

そしてそれを私達と同じ制服をきた人達が見ている。

顔から火が出そうだ。


「ほんとに大丈夫?顔赤いけど、どっかぶつけた?」


「いや、そうじゃなくて...その...おろしてもらえるとうれしいな...?」


彼は目線をあげて、自分たちが見られていることを理解すると、すんなりおろしてくれた。

見ている人達はみんな魔術師、そんな中で私だけただのヒト、それだけでも悪目立ちする予感がしていたのに、余計に目立ってしまった。


「兄貴...俺もついでに助けてくれよ...」


「やだよめんどくさい、龍我だって第9席なんだからそんぐらいできるだろ?」


「リューゲの兄貴のけちー!薄情者ー!イケメーン!」


「最後褒め言葉になってるよ...というか、リューゲって名前だったの?」


「姐さん知らなかったの?」


「うん、教えてくれなくて」


彼が「きみにはいいたくないんだよね...まあ、そのうち知ることになるよ」と言っていた名前。


「兄貴なんで教えてあげなかったの?」


「それは企業秘密だよ」


リューゲ君はいつもこうしてはぐらかし続ける、理由はわからない。

彼らと会話を続けていると、ヒソヒソとこちらを見る人達から話し声が聞こえてきた。


「ねえ、あのふたり、第9席から兄貴とか姐さんって呼ばれてるよ?」


「ってことはあの白髪が編入生ってこと!?うちの学年は過去最強レベルで強いのに!?」


「え?じゃああの女子は?中等部で見たことないし...あいつも編入生!?」


「...龍我君たちって過去最強レベルだったんだ...」


そりゃあ、龍我君が世代のトップにいるからすごく強いってのも知ってるし、それに勝ったリューゲ君が強いのも知っている、でもまさか過去最強レベルとは思うまい。


「ま、あんなのほっといてそろそろ体育館行こっか、僕達は編入生だからスピーチしないといけないよ?考えてきたよね?」


「うん、ちゃんと暗記もしたよ」


「それならよし!じゃあ龍我案内お願い」


「わかった!あっちにあるからついてきてくれ兄貴たち!」


龍我君はひとりでに走り去ってしまった、フレンドリーで頼りがいのある彼だが、こういうところがたまにキズだ。


「天音、行こっか」


リューゲ君はこちらに優しく、そっと手を差し伸べてくれる。


「うん!」


その手を取ると、彼は大切なものを扱うかのようにゆっくりと、歩幅を私に合わせてエスコートしてくれた。

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