編入試験、開始。

ごめんね、あまり突き放したくは無いのだけど、こうでもしないと、彼女によく似ているキミはきっとついてきちゃうだろうからね。

夜城天音、彼女のことが気になって調べてみたら、いたって普通の少女だった。


「普通の少女だからこそ、巻き込みたくないんだよ、僕達“魔術師”の世界にはね...」


車の止まっていない5階にたどり着くと、1人の大柄な少年が佇んでいた。


「はじめましてだね、今川龍我いまがわりゅうがくん、元気?」


陽気に声をかけると彼は怪しいやつを見る目でこちらを伺ってきた。


「知らねえ奴に名前呼ばれてるだけで気持ち悪いわ、お前誰だ?ウチの生徒じゃねえだろ?」


「編入希望者だよ」


日本に一つしか無い魔術師専門の学園、私立魔術師養成学園、通称魔術学園。


その編入試験は、一般的に誰も受けようとしない、否、受けたところで意味がない。

その試験内容、それは同世代の序列一桁と戦い、その血を手に入れること。

1滴でも血があればいい、それだけと言ってしまえばそれだけ。

だがそれだけが難しすぎるのだ、それほどまでに序列一桁は圧倒的に強いのだ。


「勿論受けてくれるよね?中等部3年、序列第9席、“龍炎”の今川龍我くん?」


「...面白え、序列第9席を舐めんじゃねえぞ?」


互いに剣をだし、向き合う。

たった今から、この場は戦場と化し、誰もこの戦いに口出しすることは許されない。


「先手必勝ぉ!」


その大きな声での開戦の合図と共に、振り下ろされた剣は豪炎を纏い、自分の目の前へと迫っていた。

戦闘において最も単純でいて最強の戦略、それは先手必殺やられるまえにやる

しかしそれを実行するには相当の実力と自信がないと出来ない、だがこの第9席にはその両方があった。


でも彼ではそれが出来ない。


「“速化”、“硬化”、“防熱”」


基本術式、それは魔術師なら誰でも使える基本的な術式。

原則として基本術式には彼で言う“龍炎”のような固有術式には敵わないというものがある、それは紛れもない事実であり、正真正銘越えられない壁だ。


しかしどのルールにも抜け道はある、世界はそのように出来ているのだ。

ゲームにチートがあるように、テストにカンニングがあるように。

その世界の原則には術式も漏れないのだ。


確かに基本術式は固有術式に敵わない、でもそれは基本術式1つでの話だ。

1が2に敵わないなら1をもう一つ足せばいい、たったそれだけの単純な話だ。


つまり彼の渾身の一撃も、上げたスピードによる振りの勢い、剣を固くしての防御力の上昇、仕上げに炎の熱を緩和することで容易に防ぐことが可能なのだ。

ガキン!と大きな音を立てて剣は攻撃を受け止めてくれた。


「な!?受け止めただと!?」


彼の顔は未知に触れたときの気持ち悪い色に染まっていた。


「...キミ、優しいね」


「は?」


「わざわざタイミングを相手に読ませるなんて、キミは何故そうしたのかな?」


「正々堂々、不意打ちはしない、真っ直ぐにぶつかる、それが俺のモットーだからだよ」


彼はさも当たり前かのように答えた、しかしそれは当たり前ではない。

真っ直ぐな刃は曲がりくねったものに絡め取られやすい、彼はそれを承知で真っ直ぐに突っ走ってきた、そして第9席の座を掴み取った。

強い、純粋に彼は強い、彼が搦手を使ってこない性格で助かった。

どうやらまだまだ情報収集は未熟だったようだ。


「なるほど...今川龍我、ボクはキミを心の底から尊敬するよ、キミのような魔術師と出会えて、ボクは幸運だね」


「そりゃどーも」


彼とは仲良くなれそうだ。


「なーんか嫌な予感するから決めさせてもらうぜ...?」


彼に押し飛ばされ、間合いが開き、大技が来ると嫌でもわかる。

彼が剣を中段に構えると、剣が蒼い炎を纏い出す。

龍、それは神話の生物、しかしボクの目の前に、蒼き炎龍が顕現していた。


「“龍炎”奥義...爆竜紅蓮斬!」

魔術なのだから厨ニくさいネーミングになるのは仕方ない、しかし名前の割にその威力は凄まじい物だとうかがえる。

龍が吐き出す高火力の炎、それに加え灼熱の斬撃がこちらを焼き尽くさんと迫ってくる。


「使うしかない、か...“__”」


使いたくないと思っていたが、使わなければ確実に試験は不合格となってしまう一手。

ズガァン!と轟音が鳴り響き、攻撃で起こった熱風が頬を撫でる。

なんなら殺す勢いでやってないかな?


「はあ...こんな高火力をフルパワーで、しかも斬撃も飛ばしてくるなんて...おまけにホーミング性能まで良質ときた、なんとも理不尽だね、死ぬかと思ったよ」


「は?お前なんで生きてんの?殺す気でやったんだけど」


彼はとてつもなく困惑していた。


「それは神のみぞ知るってとこかな?さあ、行くよ!」




私は私が思っているよりもよっぽどバカなのかもしれない。

名も知らぬ彼は私の個人情報を1ミリの間違いもなく言い当てた。

怖かった、恐怖で足が動かなかった、それなのに彼の最後のあの寂しげな横顔、その意味を知りたくて追いかけてしまった。


4階までたどり着くと、上の方から何かをぶつけ合う物騒な音が聞こえだした。

金属?のような音は私の不安を煽った、まさか殺し合いでもしているんじゃないかと。


「...まさか、ね...」


上に向かうに連れて、その音は段々と大きくなってきた、鋭く、長い刃物がぶつかる音が何度も耳を刺す。

5階にたどり着くと、車はなく、2人の少年がいた、当初の目的である白髪隻眼の少年と、見たことのない180cm位あるであろう大柄な少年、2人とも手に

長い刃物、実物は初めて見るが、恐らく長剣を持っている。


そして私は自分の目を疑った、速い、2人の動きが恐ろしく速いのだ。


最早一筋の線にしか見えない人影は前でぶつかったと思えば、次の瞬間には後ろからキン!という音が聞こえてくる。

風圧で前髪がふわりと舞った。


「これが、知らないほうがいいこと?」


彼はついてくれば知らないほうがいいことを知る羽目になると言っていた。

きっと、これが、これこそが彼の言っていた知らないほうがいいことだろう。

彼らは集中しきっているからか、階段の近くにいる私に全く気づいていない。


「「“速化”!」」


二人の声が重なる、そのとき、彼らの足回りに小さな、それぞれ別の色の光が集まったかと思えば、すぐに消えた。

すると恐ろしいことに2人は更に加速した。


「最高速度にまでついてくるのかい!?」


「そっちこそ、なんでついてこれてんだよ!龍炎でブーストしてんだぞ!?こっちは!」


どうやら2人ともこれが最高速度のようだ、速すぎて最早見えない。

何故だろうか、人間の限界などとうに超えている、恐ろしい光景のはず、なのに何故この胸は熱く、興奮しているのだろうか。


「まあボクも術式使ってるからね!なんで走れるかすら不思議だよ!」


この現状が現実だと信じられなかった。


夢を見ているようだった。







後書き

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