第2話 具体的な謎が出てくる。

 放課後、僕らは青田のコンビニへの通勤ルートを辿っていくことになった。学校のある通りから、青田の家のある方向へと進路をとって、住宅街に入った。

 蓮見の小銭稼ぎに加担するつもりはない。そのときになったらもう一度説得するつもりだ。それでもダメなら蓮見から取り上げて持ち主に返せばいい。

 そう考えてリング探しに臨んだけれど、道中の蓮見はざっと大まかに周囲を眺めて歩くだけだ。本当に探す気があるのかと不安になってくる。


「こんなやり方でいいの? もっと細かく探す必要あるんじゃないの?」と尋ねた。

「こんなやり方って、しっかり探してるじゃんか」


 僕は釈然としない表情をしていたのだろう。蓮見は近くにぽつんとあった自販機を指さした。


「たとえば、あれだ。いかにもあそこには落ちていそうだろ」

「そうだね。あそこは探さないといけないと思う。特に自販機の下に転がってるなんてありがちだし」


 僕が同意すると、蓮見はちがうちがうと言うように手を振る。


「でもそれなら、青田がもう探してるはずじゃね? いかにもわかりやすい怪しげな場所なんて、いくら青田がバカでも探すことくらい思いつくだろ」

「探さなくていいってこと?」

「いや、それも違う。青田がバカってこともあるからな」


 いくらバカでも探すと言った口で、バカなら探していないと、蓮見は平然と言い放つ。


「今は軽く探しておくだけでいいってことだよ。もしもそこらへんに落ちてるなら、めんどくさいところにありそうじゃん。ひいこら言いながら探すのは後回しでいい」


 十字路を曲がって、蓮見はちょうど見えてきたコンビニを指さした。


「だから、今はここを調べたい」

 図ったようなタイミングだった。蓮見はとても満足そうな顔をしていた。


 自動ドアをくぐると、有名な入店音が鳴った。


「いらっしゃ――ああ、きたきた」


 お弁当コーナーの前で、商品のチェックをしていたらしい青田がこちらに手を振る。どうやら僕らがやってくるのを事前に知っていたようだ。


「とりあえずオッケーだってさ。今日は店長もエリマネも帰ったし、いつも今の時間くらいから七時まで俺と川島さんしかいねぇからさ」と言って、青田はカウンターのなかに入り、さらにその奥のドアを開けた。

 蓮見は全部わかっているようで、カウンターのなかに入っていく。どうやら、僕の知らないうちに約束を取り付けていたらしい。

 店員でもないのにこういうところに入っていくのは、なんだか少しドキドキしたけれど、案外蓮見はなんとも思っていなさそうだった。

 そうして通されたバックヤードに入った感想は――


「せまっ!」


 狭い。まず面積が狭い。段ボールが壁を沿うように積み上げられている。そのうえ、部屋の中央にテーブルが置いてある。そこに部屋の奥側と入り口側にスツールがひとつずつ置いてある。それが余計に通路を圧迫しているから、実際よりもさらに狭く感じさせていた。入り口横にはパソコンが置いてある。パソコンを使っている人がいたら、通り道が一本塞がってしまうだろう。


「慣れちまえばどうってことねぇさ」


 なぜだか青田は得意げに言う。


「そんなことより、青田はリングをいつもどこにしまってんの?」


 蓮見はちゃっちゃと捜査を進めたいらしい。


「ああ、そこのロッカーだよ」


 部屋の奥の角あたりを指していた。段ボールが積み上がっていて、入り口側から見ると隠れてしまっていたけれど、少し移動すると上下に三つずつ並んだロッカーがあった。


「俺の使ってるロッカーは、ここ」


 青田はそう言いながら、上段真ん中のロッカーに手を掛けて、そのままゆっくりと開いた。

 ロッカーには鍵穴があるはずなのに、そのまま開くというのはおかしい。


「あれ? 鍵は?」

「ああ、随分前に壊れたらしいわ」

「え、わざわざ壊れたところを使ってるの?」


 戸惑いながら尋ねると、青田は笑って答える。


「それがよ、どのロッカーも壊れてんだわ。どこ使っても一緒。マジで店長どうにかしてくれって話だよな」


 青田はヘラヘラ笑っているけれど、それって防犯上大丈夫なんだろうか。

 蓮見の言うとおり、コンビニを最初に調べるのは正解かもしれない。この狭い部屋のなかじゃ、なにかをなくしたとして見つけるのには苦労しそうだし、ロッカーの鍵、壊れているし。


「じゃあ、満足いくまで調べてくれよ、名探偵」青田は気取った言い方をして、バックヤードを出ようとするが、一度足を止めて振り返り「あ、そうだ。奥の方の椅子は川島さんの特等席なんで、そこに座るのは勘弁してやって。あの人、気ぃ弱いから言い出せないからさ」と言ってバックヤードを出て行った。


 僕と蓮見は互いに顔を見合わせた。

 へぇ、と思った。青田はお調子者で、たまにクラスでも誰かをからかう様子を見掛ける。あまりにやり過ぎてキレられる場面を見たことも何度かあるのだけれど、あれで、ちゃんと人を見ていて気遣うこともできるんだな。


「カスだって捨てたもんじゃないってことなんじゃない?」


 蓮見は顔をしかめて「いいから調べるぞ」と言った。

 ちょっと得意な気分になれた。


 蓮見はねたのか、僕になにも言わずひとりでバックヤード内をあちこち見回していた。僕が手持ち無沙汰でスツールに座ってぼーっとしていると、入り口のドアが開く音がした。青田かと思ってそちらを見ると、三十代くらいの男がいた。黒縁のメガネを掛けている。コンビニ制服の胸に付いた名札には、川島と書いてある。この人が青田の言っていた川島さんだろう。青田いわく気が弱いという。

 と思っていたのだけれど。


「お前らここでなにしてるんだ」


 聞いていた人物像とは明らかに違う、高圧的な態度の男がそこにいた。


「青田から聞いていませんか。俺たちは青田の探し物を手伝いに――」

「ああ、なんだそれなら知っている。でも、友達の手伝いでも他人の仕事場に顔を出すのは非常識だ。次からやめておくように」


 蓮見の説明をさえぎって川島さんは僕たちにそう言った。

 青田から話を聞いているなら、その話を受け容れたのではないのか。頭のなかにはてながたくさん浮かび上がった。いったい、なにを怒っているのだろう。


「それとな、おまえら島高か?」

「え、あ、はい」

「おまえら、高井というガキは知っているか」


 なぜ、高井の名前が出てくるのだろう。蓮見も訝しく思うのか、片眉がつり上がっていた。


「高井というのは、高井尊明のことですか」蓮見が尋ねる。

「そうだ。一昨日、そいつが高校生にもなって店で悪戯してたんだよ」


 川島さんいわく、こういうことらしい。

 最近、商品が本来の場所とは違う棚に移されていることがあるらしい。買い物の途中でいらなくなった商品を適当なところに戻してしまう客がいることもあって、時折起きることなのだそうだが、その頻度があまりにも多かったそうだ。そこで警戒していると、高井が商品を別のところに移すのを見つけて、バックヤードで説教したらしい。警察まで呼ぼうとすると、高井は顔を青くして謝っていたという。


「それはいつ頃の話ですか」


 話を聞いているあいだ、蓮見は目を細めてなにか考えていた。川島さんが一通り話し終えたのをみて、そう質問した。


「一昨日の夜だな。青田が帰って十分か二十分かしたくらいだから、七時過ぎだったと思う」

「そうですか。ありがとうございます」

 なにか気付いたのか、蓮見は川島さんに興味をなくしたように、視線を宙に彷徨さまよわせて考え込んでいる。

「俺も島高出身だからな。OBとして見逃してやったけどな。でも、おまえらの方からも気をつけてやってくれよ」


 口元に満足げな笑みを浮かべた川島さんはそう締めくくった。


 コンビニからの帰り道、十八時頃でも外はまだ明るい。僕らは来た道を並んで帰る。


「あの川島さんって人、めっちゃ気が強かったね」


 青田の語っていた人物像とは正反対だ。


「そりゃ、俺らがオタクだからだろ。大方、青田と話すとき、あのおっさん、君付けで呼んでそうだ」


 酷い言い方だけれど「たしかに」と言って笑った。川島さんのあの態度が、僕には不愉快だった。

 けれど、川島さんから聞いた話は、無視できない。


「ねぇ、蓮見。それにしても高井はなんであんな悪戯したんだろうね」


 リングの行方を追っていたはずが、新しい謎とともに高井という名前が出てきた。

 僕には珍しくピンとくるものがあった。

 今朝の高井の態度は妙だった。青田になにがあったのかを尋ねただけで、あれだけあたふたしていたし、青田がリングをなくしたその日に、コンビニで悪戯をしていたというのも気になる。なにか関係があってもおかしくないように思えた。


「さあな。でも気にはなるな」


 どうやら蓮見もピンときていたようだった。

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