きたねぇモザイク

ものういうつろ

第1話 まずは登場人物が出てきて、事件に遭遇する。

 湿気の強い薄曇りの空の下、茶髪とツイストパーマ、ツーブロックにときどき金髪、主張の強い髪型がぞろぞろと、ちんたらと、歩いて行く。その間を千円カットの黒髪短髪がひっそりとした存在感で埋めている。

 僕は十字路で一度立ち止まった。派手な髪したやつも、千円カットの髪のやつも、このまま真っ直ぐ進んだ坂の上にあるしまこうを目指している。僕も同じく島高生だ。

 ドギツい色と陰気の入り乱れた百鬼夜行を、脇に避けて眺めてしばらくすると、十字路の左の方に、お目当ての姿を見つけた。

「今日もきたねぇモザイクだな」

 だるそうな声をした蓮見京介は、ブレザーが着崩れているし、シャツははみ出ていた。蓮見は千円カットだし、決してファッションのための着崩しではないと言い切れる。

「おはよう、蓮見」

 蓮見は一年のときから、島高生を見るといつもきたねぇモザイクの話をしている。

 蓮見とは一年生のときから同じクラスだった。席が隣同士だったこともあって、なんとなく話すようになり、そのうちに、妙な事件に首を突っ込むようになった。二年になっても席が隣になったこともあって、学校では蓮見と一緒に過ごすのが常になっている。

「蓮見はさ、いつもそう言うよね」

 いつも適当に流している話題だったけれど、今日はなんとなくそう言いたくなった。

「そりゃそうだ。カスの集まりが島高なんだからさ。名前が書ければ合格ってのは単なる噂じゃねぇからな」そう言って、うつむくと追い打ちを掛けるように「終わってんだよ、俺ら」と続けた。

 僕らはそのまま黙り込んで島高への坂を登っていく。

 蓮見は島高に通う人間は終わっているという。

 ヤンキーなんてものは、別の高校の人たちが想像するような東リベみたいなやつじゃない。義侠心の欠片もないし、仲間意識も薄っぺらい。行動力なんて皆無に等しく、日々をなんとなく過ごしている。喧嘩なんてやっているのはごくごく一部で、ほとんどはやらないし、やったとしても弱者狩りくらいなものだ。そのくせ、一丁前にクローズ気取って臭いことを言うのに酔っ払っているから救えない。

 じゃあ、オタクはオタクでどうかといえば、そんなヤンキーがいる高校に通っている時点で、脳みそまるっと同じなんだから、終わってる。だから、俺もお前も終わってる。

 この一年間、蓮見が話していたことをまとめるとこうなった。

 たしかに、と僕も共感するところはある。

 五割がヤンキー、五割がオタクみたいな人口比の島高は、喫煙率が六割超えると言われている。こんなの単なるジョークでしかないけれど、六割といえば、オタクまで吸っているやつがいることになる。それもそうで、結局この島高に通う人間の多くは、ヤンキーだろうとオタクだろうと、どこか悪ぶったり強がったりしがちだ。そして強がる割には、未来に向けてやりたいこともない。勉強もしなければ、才能を育てようとも考えない。

 ちなみに僕と蓮見はオタクの方だ。

 ともあれ、蓮見の言うとおりだと思う一方で、どこか引っかかるところがあった。そうじゃないと言い切れないけれど、そうじゃないと言いたい気持ちが腹の底で澱みになっているような気分だった。


 沈黙したままの僕らが、二年B組の教室につくと、通学路での百鬼夜行より規模は小さいけれど、ほとんど比率の変わらないきたないモザイクが教室にあった。

「終わったぁ!」

 そのモザイクのなかから、一際大きな声が上がった。神様にでも捨てられたというような嘆きの声の主は、窓際の席の青田だ。オレンジっぽい茶髪をもしゃもしゃと掻きむしっていた。

「俺たちが終わってんのは最初からわかってたことだろ」

 蓮見が吐き捨てるように言う。

 青田がうるさいのはいつものことだ。お銚子者で、常に騒がしい。ここ最近は彼女ができたとかで、聞きたくもない惚気話が、話の輪の外に漏れ出して、僕らの席にまでとても明瞭に届く。

 青田がうるさくなると、大概誰かが話を聞いてやらなければ収まらない。いつもは青田と仲のいいやつらが話を聞いてやっているのを見る――けれど、今回、彼らは傍迷惑そうな顔をして遠巻きに青田をちらっと見るだけだ。

 なるほど。多分とっくに話を聞いてあげているんだろう。青田はそれでも話し足りないということか。

 別に青田と仲がいいわけでも興味があるわけでもないけれど、これからホームルームまでずっとこの調子じゃ、こっちの気が滅入ってしまう。

 ひとまず、席に鞄を置いた。蓮見は隣で机にうつ伏せになってふて寝していた。

 僕は青田と話す前に、席が近くて先に来ていた高井尊明に声を掛けた。

「ねぇ、青田、なにかあったの」

 高井は僕と同じように、青田と仲がいいわけでも、きっと興味があるわけでもない。

 どうせ、青田は大声でしゃべっていたはずだから、先に来ていたやつなら尋ねるのは誰でもよかった。

 予めなんの話か聞いておこうと思ったのだ。正直、青田にきちんと整理された話なんて期待していない。

 唐突に声を掛けられた高井は驚いたのか「えっ」と目を丸くして声をあげた。

「あ、ごめん。なんかびっくりさせた」

「いや、いい」

 高井は今度はイラッとしたような表情で、突き放すような言い方をした。僕はなんだか引っかかりを覚えたけれど、君子くんしあやうきになんとやらの要領で、気にしないことにした。

「女と別れたらしい。なんかおそろいの指輪をなくしたんだってさ」

 青田の彼女がどんな女の子なのか、まったく知らないけれど、島高は、一応共学でありながら九割九分が男子しかいない。きっと他校の生徒と付き合っているのだろう。

 そんな想像以外にこれといってなにもない。だから、「ふうん」と返事をしたくらいだった。

 けれども、蓮見にとっては違うようだった。ガタリと音がしたと思ったら、机にうつ伏せになっていた蓮見が、急に立ち上がった。

 唖然としていると、青田の方へと蓮見は迷いなく進んでいく。

 なにをするつもりかわらないけれど、慌てて僕もついていった。

「青田、ペアリング、なくしたんだって?」

 気遣わしげな声がわざとらしい。

「聞いてくれんの? 蓮見、マジいいやつじゃん」

 青田は涙を拭うような仕草をした。

 遠巻きにしている青田と普段仲のいいやつらをちらっと見ると、うんざりしたような顔をしていた。もう聞き飽きたんだろう。

「マジで最悪なんだけどさ。一昨日、バイトから帰ってきたときに指輪がないって気付いてさ。やべぇってなってあちこち探して見つかんなくて、それ彼女に言ったら、あいつヘラって別れるって言い出したんだよ。付き合って三ヶ月だぞ。ありえねぇだろ」

 随分とたくさん話してきたのだろう。青田にしては話がまとまっていた。

 それでもこれといって興味のある話でもない。感想といえば、彼女ってめんどくさいんだなというくらいだ。

「青田、バイト先どこなの? そっちに忘れたんじゃない?」

 こんな質問、とっくにされているはずだ。改めてする必要もきっとない。とはいえ、青田を黙らせるには多少興味を持ったふりをしなければいけないから、そう尋ねた。

「俺コンビニでバイトしてんだけどさ。川島さん――ああ、川島さんって同じ時間帯にシフト入ってた人なんだけどさ――川島さんに聞いてもないって言うしさ。交番に一応行ったけど、届いてないって」

「ポケットにでも入れてたんじゃねぇの?」

 蓮見が尋ねると、青田は首を振って、ズボンに手を突っ込んだ。

「ほら、これよ」

 そうしてポケットを引っ張り出して裏返した。

「穴開いてんだよ。こないだ購買で思いっきり小銭ぶちまけた」


「今日の放課後、青田のリング探しにいくぞ」

 蓮見がそう言ったのは、一限の授業が終わったあとだった。あのあと、青田がメソメソと泣き言を始めて、予鈴が鳴るまで解放されなかった。彼女も面倒なら青田も面倒だった。面倒くさい同士でお似合いなんじゃないだろうか。

「なんでとうとうに乗り気になったの」

 そもそも蓮見は僕と同じく青田に興味なんてまるでないはずだ。

「青田なんかどうにでもなればいい。大切なのはペアリングだ」

「それがどうしたの」

「最近ヤンキーカップルに人気のペアリングがあるんだよ。これがとにかくこのクソ田舎で売れまくるから、中古屋でそれも片方だけでも諭吉一枚で買い取ってくれるわけ。青田、付き合って三ヶ月って言ってたよな。それならこのリングを買ってる可能性が大いにあるわけだ」

「要するに小銭稼ぎってこと?」

 蓮見は自信満々に頷く。

「ダメだよ」

「なんでだよ」

「他人の物を勝手に売り払うのはいけないことじゃないか」

「売っ払うなんて一言も言ってねぇよ」

「じゃあ、どうして中古屋で売れる話をしたの」

 うぐぐ、と蓮見は言葉を詰まらせる。そもそも、止められるのをわかっているはずなのに、蓮見はいつも僕に、せこい小銭稼ぎの話をする。そして――

「どうせ俺らはカスだからな。未来なんてありゃしねぇよ。それならカスみてぇなことをせいぜいやって今を愉しむしかねぇのさ」

 いつものように自分たちを悪く言う。

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