第34話:息抜き

 エマとライアン、カインとアベルは日暮れ二時間前に夜営地に集結した。

 これまで使っていた夜営地ではなく、聖別精霊ワルキューレに選んでもらった、大魔境の中心に近い場所だった。


 エマとライアンを恐れて魔獣が近づいて来ないギリギリの場所を選んだのだ。

 二人を喰らおうとする魔獣の縄張りには入らないギリギリの場所でもあった。


 これは、悪神ロキの眷属が雑魚を連れてこないようにするためだ。

 ゾンビやレンブラントていどでは、大魔境の奥までは来られない。


 プロウジェニタ・ヴァンパイアやスペシャル・グレイド・ヴァンパイアなら、ゾンビやレンブラントを狙って襲ってくる大魔獣を皆殺しにできるだろうが、戦いながらでは夜の間に四人の夜営地にたどり着けない。


 プロウジェニタ・ヴァンパイアやスペシャル・グレイド・ヴァンパイアが、どうしてもゾンビやレンブラントを奥地まで連れて行きたくて、途中に何カ所もの地下室を築けば別だが、そこまでする意味はないだろう。


 そう精霊たちが助言してくれたのだ。


「美味い、これはどこの奥さんが作ったのだろう?」


「アイリス様が寝込まれているから、村長の所の家政婦さんじゃない?」

「少なくとも家やライアン家ではないよ」


「バカ言え、母さんの料理は美味いぞ」


 前日の昼に送った魔鳥の骨で出汁をとったスープは美味しかった。

 魔鳥の肝を野草を一緒に香草塩で炒めた料理は、冷めていても美味しかった。

 料理上手な奥さんが、冷めて食べる事を前提に味付けしてくれたのだろう。


 これが最後の晩餐になるかもしれにが、そんな不安を全く感じさせない、堂々とした態度で食べていた。


 一度村長の館に置いてある料理を全て取り寄せて、食べたい料理だけを残して、他はまた村長宅に戻していた。


 どちらかと言えば作り立ての熱々料理を残して、冷めた料理は戻した。

 どうしても食べたい料理は、冷めたのを温め直して食べた。

 そんな料理が鳥系魔獣、魔鳥の大腸を香草塩で炒めた料理だった。


 地球では、鶏の腸は細い上に糞が詰まっている。

 どれだけきれいに洗っても、少しでも鮮度が悪いと食中毒の原因になる。

 だから自己責任で、自分で捌いた鶏の腸しか食べられない。


 通やゲテモノ食いに言わせると、腸ほど美味しい鶏の内臓はない。

 少し肝っぽいが、歯ごたえがあり旨味が詰まっている。


 ていねいに臭みをとった豚や牛の腸がどれほど美味しいのか思い出してくれれば、鶏の腸が美味しいのも分かってもらえるだろう。


 鶏のように腸が細く小さいと、捌いて糞を掃除するのが大変だし、浄化ができなければ食中毒が怖くて食べられない。


 だが、大魔境には地球のダチョウやレア、ヒクイドリやエミューを遥かに越える巨大な走鳥類がいて、大きくて食べやすい腸が手に入る。


 昨日や今日の午前中に、カインとアベル、猟犬見習たちが狩った魔鳥に中にも、地球の伝説にある巨大鳥、ロック鳥に匹敵する魔鳥がいた。


 そんな魔鳥の腸が美味しく料理されていたのだ。

 美味しい料理が大好きな、自分の食べ物をとられた時以外は本気で怒った事がないライアンが、温め直して食べるのは当然だった。


「村長たち、領都に魔獣を売りに行っているかな?」


「ワルキューレの話だと、冷凍や冷蔵ができるようになったんだろう?」

「ヴァンパイアに狙われている状態で、売りに行ったりはしないだろう?」


「そうね、父上様は安全を優先される性格よ、売りに行ったりはしないわ」


「俺もそうだとは思うが、今のままだと村が魔獣であふれないか?」


「確かに、これまで送った魔獣だけでも村が埋まりそうだな」

「貴重な魔獣を無駄にするくらいなら、危険でも売りに行くかもしれない?」


「父上様なら、どれほど貴重な魔獣でも、村民を優先されるわ」


「俺もそうだとは思うが、念のために手紙を送った方がよくないか?」


「俺もその方が良いと思う」

「セーレがいてくれるんだ、その力を利用しない手はない」


「そうね、手紙をやり取りして連絡を密にすべきね」


「ワルキューレ、精霊の力で地下室を大きくできないか?」


 ライアンが思いついた事を口にした。


「確かに、精霊の力で地下室を大きくできれば、もっと魔獣を保存できる」

「ダンジョンに吸収させないようにできるのなら、それでも良いよ」


 ライアンとカインは本気で、アベルは冗談のつもりで言ったのだが……


「ダンジョンの吸収から逃れられるのは、生きている生物だけだ。

 殺してしまった獣や魔獣は、時間が経てばダンジョンに吸収されてしまう。

 ただ、ライアンたちも知っているように、階段部分だけは吸収もされないしモンスターも出てこない。

 階段部分になら狩った魔獣を保存できるだろう」


「階段部分と言っても、地下十階までしかない村のダンジョンでは、大した数の魔獣を保存できないからなぁ~」


「何を言っている、あれだけたくさんの死体をダンジョンに送ったのだ。

 少しはダンジョンも成長しているはずだ。

 まあ、ダンジョンの中で殺していないので、命力を増やすほど効率的に成長させられていないだろうが、一階や二階は増えているはずだぞ」


「ちょっとまって、今とんでもない事を言わなかったか?!」


「「ダンジョンを成長させられるのか?!」」


 余りの事にカインとアベルが完璧にはもった。


「ダンジョンの中で敵を殺せば、ダンジョンが成長して広く深くなるのか?」


「なんだ、そんな事も知らなかったのか?

 ダンジョンも生き物で、魔力、気力、命力を喰らう事で成長する。

 だからダンジョンの中に生き物を誘い込んで殺しているのだ」


「だったら、ダンジョンの中にゴブリンやコボルトを誘い込んで殺せば、ダンジョンが一気に成長するのか?」


「ああ、成長するぞ。

 ただ、魔力、気力、命力と言っても、命のレベルが低いと大した栄養にならない。

 魂のレベルが高い生き物の命力ほど、ダンジョンを成長させる。

 その点で言えば、命力レベルがとても高いヴァンパイアをダンジョンの中で殺せば、一気にダンジョンが成長するだろう」


「俺がレベル上げて狩った、強大な魔獣はどうだ?

 あれをダンジョンの中で狩っていたら、ダンジョンは成長したのか?」


「ああ、成長したぞ、大魔獣とライアンが放つ魔力と気力を吸収して、最後に殺された方の命力を喰らって、一気に広く深くなっていただろう」

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