第10話:アグー

 夜が明ける少し前にエマとカインが起きた。

 前夜の戦闘で多くの魔力を使い、精神的にも疲れている。

 できるだけ早く村に戻りたい四人だった。


 四人とも身心が疲れている、間違っても、もう一晩夜営したくなかった。

 日中に並のヴァンパイアが襲ってくる事はないが、プロウジェニタ・ヴァンパイアなら昼間でも活動すると言う説があった、油断できる状況ではなかった。


 それ以上に怖いのが、とんでもなく強大な魔獣に遭遇する事だった。

 村から徒歩でたった一晩の場所に、軍神テュールの加護を受けたライアンが勝てないような魔獣が現れるとは思えないが、絶対はない。


「朝飯と昼飯は干肉でいいな?」


「しかたないですわ、美味しい食事は村に帰ってからの楽しみにします」


「俺もそれでいいよ」

「命に勝るものはないからね」


 四人はテキパキと用意して村に向かった。

 男三人はエマに気を使いながら用を足し、エマは男三人に見られないようにして用を足したが、見張りは猟犬見習たちがしてくれる。


 二日目用の、少し塩の強い干肉をかじりながら村に戻る。

 ダンジョン浅層でドロップする肉の中では栄養価が高いと言われている、蛇干肉を食べながら村に戻る。


 ダンジョンでは蛙肉も兎肉も鳥肉もドロップするから、他の肉を干せば少しは風味を変えられるのだが、それよりも栄養価を優先していた。


「疲れていないか、休憩しようか?」


 ライアンがエマに確認する。


「大丈夫よ、まだそれほど疲れていないわ」


「俺も大丈夫だが、少しペースを落とした方が良いんじゃないか?」

「そうだよ、早く帰るよりも襲撃に備える方が良いよ」


 カインとアベルの言う事ももっともだった。

 村に帰るのを急ぎ過ぎて、疲れた所を魔獣に襲われて、十分な防戦ができずに殺される事があれば、後悔しても追いつかない。


「分かった、もう少しゆっくり歩こう」


 朝早くから行きよりも早いペースで歩いていたので、昼を少し過ぎた時間に村に帰りつけるペースだった。


 今からもの凄くゆっくり歩くようにしても、十五時前には村に帰りつける。

 行きと同じペースで歩いても、十四時前には村につけそうだった。

 だが、思いがけない魔獣の攻撃が予定を大幅に変えてしまった。


「「「「「ブヒィ!」」」」」


 フォレスト・ウルフよりもはるかに強力な、体重100kg級のイノシシ系魔獣、アグー五頭が突っ込んできたのだ!


 フォレスト・ウルフは、鋭い牙と強力な咬筋力を使って敵を咬み殺す。

 手足に咬みつけば骨を砕いて、戦うどころか身動きできないようにする。


 喉に咬みつけばひと咬みで食い破って絶命させる。

 腹に咬みつけば腹筋を食い破って内臓を引きずり出して貪り食う。

 そんなフォレスト・ウルフ以上に強力だと言うのだから恐ろしい。


 イノシシ系魔獣の武器はオオカミ系よりも長く鋭い牙だ。

 猪突猛進と言われるほどの体当たりも強力だが、その体当たりと同時に放たれる牙の攻撃が敵の血管を切り裂き、大出血させる。


 大地に接するほど低い突進を行い、敵の後肢の間に頭を突っ込んで突き上げ、内ももにある血管を切り裂くのだ。


 腹側や内側が背側や外側に比べて柔らかく弱いのは、獣も魔獣も同じだ。

 大腿動脈を切り裂かれたら大量出血で絶命する事になる。

 四人に襲い掛かってきたアグーも同じ戦法で猪突猛進を仕掛けてきた。


「「「「「ウォン!」」」」」


 アグーの突進を防ごうと猟犬見習たちが立ち向かう。

 猪突猛進が最大加速になる前に猟犬見習たちが迎え討ってくれれば、アグーの攻撃が四人に届く事はない。


「俺のレベル上げに役立ってもらう、どけ!」


 ライアンが叫ぶと同時に身体強化を行いアグーを迎え討つ。


「下がれ、逃げろ」

「追い込みだ、斃さなくていい」


 カインとアベルは、ライアンの言葉に従って猟犬見習たちに迎撃を中止させる。

 二人にとって猟犬見習たちは手塩にかけて育てた子供のような存在だ。


 子供は大げさでも、弟変わらないくらい愛情を込めて育てていた。

 無駄にケガさせたくはないし、万が一にも死なせたくなかった。

 ただの猟犬が魔獣のアグーと戦う事は、少しの失敗が死を意味するのだ。


 ゴオオオオオオ!


 最大にまで身体強化したライアンの一撃は、レッサー・ヴァンパイア絶命させるほどの鋭さと破壊力がある。


 いくら村のダンジョンに現れるモンスターよりも強力な魔獣とはいえ、100kg程度のアグーなどは一振りで絶命させられる。


 瞬く間に五頭のアグーの頭が斬り飛ばされ、斬り口からは心臓の拍動に合わせてピューピューと血が吹きだしている。


「時間に余裕があるから、毛皮を剥いで肉を持ち帰ろうか?」


 食欲に負けたライアンが言う。

 浅い階までしかない村のダンジョンでは、ライアンが大好きなウシ系やイノシシ系の肉がドロップしないのだ。


「持って帰るのは良いですが、ここで解体するのは危険です」


「そうだぜ、そのまま持ち帰って村で解体しようぜ」

「ライアンなら両肩の前後で四頭のアグーを担げるだろう?」


「両肩の前後に100kgのアグーを四頭か、持ち上げて運ぶくらいなんでもないが、アグーを吊り下げられる棒がないぞ?」


「赤樫の木を切り倒して棒にできないかしら?」


「赤樫はもちろん、ちょうど好い太さの木がない」


「手頃な太さの枝を切ってくれたら魔術で強化するよ」

「それとも蔦をロープの代わりにして肩で背負う?」


「100kg四頭をロープで括って胸と背中に背負う方が確実だな。

 ちょうどあの木に丈夫でしなやかなイハガラミがはっている。

 あれでアグーの脚を縛って前後に背負う」


「ライアンの服が血塗れになるのは申し訳ないけれど、母上様にアグーの肉を食べさせてあげたいから、申し訳ないけれどお願いね」


「残った一頭は俺たちで運ぼうか?」

「それとも頭を運んで少しでも高く売れるようにするか?」

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