第11話:解体

「土産にアグーを持ち帰ったぞ」


「母上様に食べていただきたいので、直ぐに解体してください」


「一番美味しい所は俺たちの物だぜ」

「頭も持ち帰ったから高く売ってくれよ」


 エマとライアン、カインとアベルは村に帰るなり言った。

 貧乏な村にとって、現金収入になる大魔境魔獣の毛皮は貴重なのだ。

 それ以上に、普段は食べられないイノシシ系魔獣の肉は大ご馳走なのだ。


 動物は、寒くなり食料が乏しくなる冬になる前に脂肪を蓄える。

 丸々と太った状態の秋が一番美味しいと言われている。

 それは魔獣も同じで、冬前が一番美味しい。


 一番美味しくないと言われているのが、身体中の脂肪を使って厳しい冬を乗り越えた春先だと言われている。


 今は春先ではなく初夏と言える時期だが、秋ほど美味しいとは言えない。

 言えないが、ある程度身体が回復した個体はそれなりに美味しい。


 やわらかくてみずみずしい若葉だけを食べた草食の獣や魔獣の方が、独特の風味があって好きだと言う人がいるくらいだ。

 少なくとも普段はイノシシ系魔獣の肉を食べられない村人にはご馳走だった。


「これはいい、よく血抜きがされているから美味しい肉になるぞ」

 

 ライアンの父親で自警団と猟師たちの団長であるマクシムが言う。


「一撃で首を刎ねているから、傷や打撲が全く無い。

 内出血で食べられなくなっている部位が全く無いぞ」


 カインとアベルの父親で副団長を務めているヴィクトー。

 マクシムとヴィクトーだけでなく他の猟師たちも感心している。

 感心するだけでなく、手早く皮を剥いで肉と別ける。


 四人が頑張って持ち帰った頭部の皮も上手く剥いで継ぎ接ぎ、頭付きの一枚物の敷物にできるようにする。


 皮の掃除と乾燥は女たちが行い、猟師たちは解体を始める。

 今回は内臓を捨てて肉だけを解体する。


 殺して直ぐに内臓を取り出してきれいに水洗いできれば、美味しいホルモンにできたのだが、今回は内臓をそのままにして村まで持ち帰ってしまった。


 動物や魔獣の解体は、残虐であると同時に尊くもある。

 生きるために他の命を奪って利用するのだ。

 できる事なら血の一滴も無駄にする事なく利用しなければいけない。


 猟師たちは最初に胴体から四肢を切り離す。

 切り離した四肢も、後肢を内もも、外もも、しんたま、らんぷ、しきんぼう、スネに、前肢を肩、肩ロース、腕、スネに切り分ける。


 肉の塊は部位ごとに硬い筋膜に包まれている。

 それを上手に剥き外さないと、とても硬くて、美味しく食べられない。

 

 内ももは繊維がやわらかくて肉の中にスジがない。

 塊のまま料理するのにちょうど良い部位なのだ。

 女たちがローストポークやステーキにしようと持って行く。


 外ももは筋肉の繊維が粗く肉の中にスジが多いので、塊料理には向かない。

 女たちがスジや脂を取り除こうと持ち去る。

 スライスして焼くか煮るかするのだろう。


 ただ、外ももの一部、しきんぼうだけは繊維がやわらかくて食べやすい。

 ヒレに似ているので、塊のままステーキにしても美味しく食べられる。


 肉の部位ごとに分けながら、余分なスジや血管、脂肪を取り除く。

 特に気を付けて取り除かないといけないのがリンパ節だ。


 リンパ節はリンパ管にあるのだが、血管を上水道だとしたらリンパ管は下水道だ。

 身体の中に流せない悪いモノを隔離して流して体外に出すのだ。

 それができなくなった時、毒素が血管に流れると、菌血症や毒血症になる。


 リンパの要所にあるリンパ節は、下水の浄化槽だ。

 身体に悪いモノを止めて少しでも浄化しようとするから、ガンが転移する。

 そんなリンパ節を食べて美味しい訳がない、最悪身体に悪い。


 人が食べると害になる所、美味しくない所は取り除く。

 そんな部分も美味しく食べる猟犬がたくさんいる。

 猟犬すら食べない部分はダンジョンに捨てて吸収してもらう。


 しんたまも内もものようにやわらかくて美味しい部位なのだが、小さい上に内部に二枚の筋膜があり、それを取り除かないとスジが口に残って硬い。


 しんたまは上手に開いてから筋膜を外さないと、大きな一枚肉として使えない。

 解体の上手い猟師がやるか、料理上手の女がやるかしかない。

 普通の夫人は、小さな肉片やスライスにしても美味しく食べられる料理に使う。


 外ももはよく使う筋肉なので硬いのだが、その分旨味が豊富だ。

 厚く切らずに薄くスライスして、焼くか煮ればとても美味しく食べられる。


 後肢の外ももから臀部にかけてある部位、らんぷ。

 後肢ではスジが少なく濃厚な旨味が有り脂まで乗っている。

 ランプステーキにするととても美味しい。


 前肢には肩肉、肩ロース、腕、スネがある。

 肩肉には多くのスジが複雑に入っている。

 長時間煮込むか、叩いてひき肉にするか、細切れにするしかない。


 一頭しかいないのなら下ごしらえをがんばって使うが、今回五頭もいる。

 五頭全部食べ終わるまでに十分な時間があるので、柔らかくなるまで煮込む。


 ただ、これはどの肉も同じなのだが、筋肉は部位ごとに筋膜に包まれて守られているので、脂は筋膜の上についている。

 肉と脂を一緒に味合う為には、どうしても筋膜の硬さを受け入れないといけない。


 残ったスネ肉は、特に野生の魔獣や獣は良く動いているので、とても硬い。

 とんでもなく硬いので、普通に焼いただけでは食べられない。

 叩いてひき肉にするか、ホロホロになるまで煮込まないといけない。


 滅多に食べられないアグーが五頭もいるのだ。

 数日かけて美味しく食べ尽くす心算だから、どうしても食べたい人は、煮込みやコンフィにする。


 四肢の解体が終わったら胴体部分の解体になる。

 一番やわらかいヒレが外される。

 背骨が割られてロースを取り外せるようにする。


 女たちがうれしそうにヒレとロースをもっていく。

 一番料理上手の女が、火加減に気をつけながら焼くのだろう。

 バラ肉の部分は骨付きのままの物と、骨を外した物に分けられる。


 今日このまま焼くバラ肉と長時間煮込んで明日食べる物、塩漬けしてからハムやベーコンにする物に分けて女たちが持っていく。


 長期間美味しいアグーを味わいたいので、脚一本そのまま生ハムにする役目の女もいて、自慢の腕を振るえると満面の笑みを浮かべて持って行く。


 ネックも硬いのだが、旨味と脂が多い部分なので煮込みかコンフィに使う。

 料理上手な女は美味しいゼリー寄せにするので、村をあげての宴会では、料理のあまり上手くない妻を持つ男たちからリクエストされる。


 旨味と脂が多いのはバラ軟骨も同じだが、部位ごとに美味しく食べるのに必要な煮込み時間が違うので、毎日おいしく食べられるように計画的に料理される。


 骨も無駄にしない、美味しい出汁をとるの使う。

 ただ、背骨は濃厚な味の出汁がとれるのだが、スープが濁ってしまう。

 げんこつなどの四肢の骨は、背骨よりは味が薄いのだが澄んだスープになる。

 どちらを使うかを料理によって分ける。


 五頭のアグーが解体され、時間をかけて食べる部位と今日食べる部位の下ごしらえが終わって、いよいよお楽しみの時間となった。


「神々の試練を受けた四人が見事にヴァンパイアを斃した。

 しかも土産にアグーまで持ち帰ってくれた。

 大いに飲んで食って祝ってやってくれ!」


「「「「「おう!」」」」」

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