第8話:初夜営
「そうだな、ここなら水を確保できるし、油の木も生えている」
ライアンが食事の事を優先してこたえる。
「地面がやわらかそうだし、私もここが良いと思うわ」
エマは眠る事を優先してこたえる。
夜営とは言っても、テントを張る訳でも寝袋を使う訳でもない。
村のベテラン猟師に雨が降らない日を選んでもらって、外套、防具兼用のロングコートに身を包んで、地面に身を横たえて眠るのだ。
だが、眠る前に最優先でしておかなければならない事がある。
猟犬見習たちが飲んでも死ななかった泉の水を汲んで料理に使うのだ。
鍋兼用の鉄製ヘルメットを泉の水で洗ってから料理に使うのだ。
「カイン、アベル、俺たちも使うんだから水を汚すなよ」
「分かっているよ」
「俺だって汚い水で作りたくないよ」
安全な場所なら、料理用の焚火は一カ所なのだが、ヴァンパイア除けの香を焚く事を考えると、寝る場所の周囲四カ所に焚火をするのが安全なのだ。
料理をする鍋も、荷物を少なく軽くするために鉄兜を使うので、多くて二人前、大喰らいのライアンだと自分の分くらいしか作れない。
手早く周囲にある石や土を使って四カ所にカマドを造る。
ヴァンパイア除けの香を焚くカマドなので、風で火が消えないように造る。
「油の木は俺が枝を払って集める、エマたちは枯れ枝を集めてくれ」
「分かったわ」
「了解、任せろ」
「重い倒木はライアンに任せるよ」
良く燃える枯れ枝と倒木、油分が多くて生木でも燃える木の枝を切り集めて、四カ所のカマドに水を入れた鉄兜を置く。
鉄兜の水が沸騰し始めたら、塩をまぶして半干した蛇肉を入れる。
次に大魔境の果樹の実を干したドライフルーツやナッツを加える。
最後に大魔境の香草や野草を干したものを加えて味を調える。
蛇肉は栄養価が高く、味もささみ肉に旨味を加えたかんじだ。
淡白な味が好きなエマの鉄兜鍋は蛇肉だけしか入ってないが、ライアンの鉄兜鍋には兎脂が加えられていて、カインとアベルの鉄兜鍋には鳥脂が加えられている。
干す前に灰で煮て灰汁をとった栃の実、柴栗の実、椎の実、鬼ぐるみの実などの野趣あふれる甘みと旨味、独特の苦みが美味しい。
四人それぞれが好みの風味になるように、乾燥させた野草と香草を加えているので、夜営の場には少し違う美味しそうな香りが漂っている。
「「「「「くぅ~ん、くぅ~ん、くぅ~ん、くぅ~ん、くぅ~ん」」」」」
六頭の猟犬見習たちがお腹が空いたと甘える。
カインとアベルだけでなく、エマとライアンにも甘える。
鉄兜鍋の香りが六頭の食欲を激しく刺激してしまったのだろう。
「俺で良いのか、良いのならこれを食べるか?」
「私があげても良いの、だったらこれを食べなさい」
「おお、俺が良いのか、食え、食え、腹一杯食え」
「お前は昔から俺が好きだからな、来ると思っていたぞ」
四人は昼に確保したフォレスト・ウルフの肝臓を与えた。
保存用に塩をまぶした半干肉や干肉は体に悪いので与えられない。
それよりは新鮮な肝臓の方が猟犬見習たちはよろこぶのだ。
「カイン、アベル、こいつらの朝飯はどうする?」
「鉄兜で焼くと焦げ付きますし、臭いも残ってしまいます」
「俺の鉄兜で残った肝臓は全部煮てしまうよ」
「生でも問題なく食べると思うけど、俺たちが嫌だからね」
カインとアベルは自分たちの鉄兜を使って残った肝臓を全部煮た。
食べたければ全部食べていいという感じで、煮た肝臓を地面に置いてやる。
だが、厳しく調教された猟犬見習たちは勝手には食べない。
鉄兜鍋を食べ終える頃には完全に陽が暮れていた。
四ケ所のカマドにヴァンパイア除けの香を入れて少しでも安全を確保する。
最初に見張りをするエマ以外が早々に地面に身体を横たえる。
「エマ、先に眠らせてもらう、何かあったら間違いでもいい、起こしてくれ」
「俺も先に眠らせてもらうけど、何かあったら起こして」
「そうそう、眠っているうちに殺されるのは嫌だからね」
ライアンとカインとアベルはエマに声をかけて眠った。
四人で見張りをするので、独りで敵に備えるのは三時間になる。
夕食を食べ終えるのに少し時間がかかったので、実質三時間弱だ。
エマが眠れるのは、地球の時間で二十一時からになる。
夜明け前に起きるとして、八時間半は眠れる。
可哀想なカインは三時間弱寝てから起こされ、三時間見張りをしてから、今度は朝まで六時間弱眠る事になる。
アベルは六時間弱寝てから起こされ、三時間見張りをしてから、今度は朝まで三時間弱眠る事になる。
ライアンは夕食後直ぐに八時間半寝て、夜明け三時間弱前に起きて見張りをすればいいので、エマと同じように楽に思える。
エマはともかく、一番強くて丈夫なライアンが、カインかアベルと代わる方が良いと思う者がいるかもしれないが、それは大魔境の危険を分かっていない。
何より、悪神ロキの眷属の悪意を分かっていない。
「「「「「ウォン、ウォン、ウォン、ウォン、ウォン」」」」」
四人を守るように身を横たえていた猟犬見習たちが激しく吠えたのは、エマがカインと見張りを交代してから一時間半くらい経ってからだった。
四方から鼻が落ちそうになるくらいの悪臭が近寄ってくるのだ。
四人は大魔境で夜営すると決めた時からこうなると思っていた。
悪神ロキの眷属の中でも上位に位置する、リッチを斃しているのだ。
ロキが報復のために眷属を送り込んで来ると思っていたのだ。
「くっ、くっ、くっ、くっ、必死の形相が可愛いですね。
弱い人間をいたぶり殺すのは最高の遊びですからね」
四人の前に多くのゾンビを引き連れたヴァンパイアが現れたのだ。
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