第4話 日本の歴史に寄り添う大相撲

 左側、自信満々に。右側は押され気味で弱気に。


月光(左)「お相撲は別に天皇家に捧げられるだけの儀礼的なものではなかった。そして男性だけに人気がある閉鎖的ものでもなかった。文化だったの。世界最古の女性作家の紫式部も日記に『天覧相撲を見たかった』とか『力士のいびきがうるさくて寝れない』とか書いている」


陽光(右)「紫式部先生はずるい」


月光(左)「それに菅原道真公は知っているよね」


陽光(右)「学問の神様だよね。まさかお相撲と関係あるの?」


月光(左)「直接の関係はない。菅原道真公は権力争いに敗れて九州の太宰府に左遷された。その後、都では関係者が早死にして『菅原道真の怨霊だ』と騒がれるようになる」


陽光(右)「日本三大怨霊の一柱だね」


月光(左)「青龍とか大ムカデとか色々と伝えられているけれど、一番有名なのは雷神としての菅原道真公。平安の都に雷を降らせた。当時、菅原道真公の屋敷が桑原というところにあったから、雷が鳴ると『くわばらくわばら』と祈るようになったという説もある。その証拠に京都には今でも何もない通りを『桑原町』と呼び、地名だけは残すことで菅原道真公の祟りを抑えている」


陽光(右)「さすが京都。さす京。菅原道真公の怨霊が凄いのはわかったけど、どうしてその話をしたの? お相撲と関係ないんだよね」


月光(左)「菅原道真公は野見宿禰の子孫なの。だから今も菅原道真公と野見宿禰を合祀する神社が存在している」


陽光(右)「相撲の神様の血筋」


月光(左)「それに雷は古来より稲妻と呼ぶ。昔の人は雷が多いと稲の成長が良くなると知っていた。だから稲の妻で稲妻と書く。実際、雷が鳴ると空で窒素化合物が生成されて栄養素が地表に降り注ぎ、穀物の生育が良くなるんだって」


陽光(右)「そうなんだ」


月光(左)「そしてお相撲は五穀豊穣を願う典儀。つまりお相撲の神様である野見宿禰は農耕の神様でもあった。その子孫が雷神と恐れられたのは本当に無関係?」


 左側、耳元で囁く。


月光(左)「ねぇ。兄はこういう話好きでしょ」


 右側、不満げに。


陽光(右)「むぅ……でもどちらも平安時代だよね。その後途絶えてるし」


 左側、淡々と余裕がある感じで。右側、押され気味に。


月光(左)「だから途絶えてないの。お相撲は都から地方に広がり、色々な神社で行われていた。武家屋敷で鍛錬に取り入れられていった。だから武家との対立が深まり、朝廷はお相撲と距離を置いた。そして平安時代が終わり、千百八十五年に鎌倉幕府が開かれる」


陽光(右)「そこで歴史が途絶えたでしょ」


月光(左)「朝廷の記録から少なくなっただけ。鎌倉時代や室町時代、と幾度とない大戦を経てもお相撲は武家や地方で人気であり続けた。そして戦国時代、ご存じの通りかの織田信長公はお相撲好きの逸話が残っている。上覧相撲を開いて有望な力士に刀や屋敷など褒美をあげて家臣としたとか」


陽光(右)「日本史のリーサルウェポン織田信長公の登場はズルい」


月光(左)「江戸時代に入り、お相撲は民に開かれた。勧進相撲はそれまでもあったんだけど、ちゃんとルールが制定されたのが約四百年前。それが大相撲の始まり。多少の変更はあっても土俵、番付表、化粧廻し、取組など江戸時代の形そのまま残り、令和の現在につながっている」


陽光(右)「うっ……そこからでも四百年の歴史があるんだ」


 左側、耳元に甘く囁く。


月光(左)「実はもっと凄いことがある」


陽光(右)「まだなにかあるの」


月光(左)「平安時代に天覧相撲を取り仕切っていた相撲司の吉田司家。あと学問の名門の菅原家……のちの五条家だけど。野見宿禰と菅原道真公の血筋がずっとこの令和の時代まで存続している。吉田司家は昭和の時代まで相撲界のトップにいたし。……ゴタゴタがあって今は相撲界と距離を置いたけど」


陽光(右)「神様の血筋が今も続いている?」


月光(左)「そう。だからお相撲は日本の伝統。国技で歴史で神事なの」


 左側、さらに近づけて耳に触れる距離感で甘く囁く。『推し』の発音を小さく。


月光(左)「どう? 月光の推しのこともっと知りたくなった」

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