第2話 ブックの不確実な存在性について

 右側は耳元で囁くように左側はそのままで。


陽光(右)「陽光からだよお兄ちゃん。まずは色々と物議をかもすプロレスのブックについて」


月光(左)「いきなり切り込んだ内容」


陽光(右)「私はブックに否定的ではないからね。ブックとはプロレス興行の台本のこと。存在しないことになっている。でも存在することにもなっている謎の存在ブック」


 からかうように左側から。


月光(左)「端的に言うと八百長台本」


 少し声を大きめに右側から。


陽光(右)「八百長呼びはダメからね!? 色々と怒られるから」


 耳元で大きな声を出してしまい反省する様子で声を小さめに。


陽光(右)「いや……語源的には正しいかもだけど。でも八百長は言葉のイメージ悪いの。ブックは大人の事情で存在が色々と複雑なんだよ」


月光(左)「八百長の語源は八百屋の長兵衛さん。お得意先で碁を打つときは必ず一勝一敗。勝ちすぎないようにご機嫌取りしていたのが由来。得意先の面子を潰さないようにする営業テクニック」


陽光(右)「悪い意味ではないんだよね……本来は」


 左側からドヤ感を出して。


月光(左)「実はお相撲にも関係がある。八百屋の長兵衛さんが八百長していたお得意先がなんと相撲部屋だったの。お相撲さんはよく食べる。力士だけに太客だった。むふー」


 右側から呆れた口調で。


陽光(右)「誰が上手いこと言えと。あと今は私が番だから月光ちゃんはあまり出しゃばらない」


月光(左)「はーい」


陽光(右)「さてブックの始まりは地方興行にあると言われていてね。その地方出身のレスラーがいる。でも看板を張れるほど人気も実力もない。だからといって地元の出身者を蔑ろにすると興行が盛り上がらない」


陽光(右)「やっぱりその地方の出身者が活躍した方が観客は喜ぶの。だから地方出身者のレスラーに活躍させるために打ち合わせをした。それがブックの始まり……と言われているの。諸説はある」


月光(左)「本当に八百長の語源と似ているね」


陽光(右)「ブックは観客を喜ばせるために」


月光(左)「八百長はお得意様の顔を立てるために」


(パチンとハイタッチ)

 左右両方から声を合わせて。


「「いえーい」」


 右側から囁くような潜めた声。


陽光(右)「でも本来ならばその手の打ちあわせは表に出るものではない。ブックの存在を認めるとヤラセだ、格闘技じゃないと非難されるからね。でもプロレスは隠さない。私も観客を喜ばせるために存在するブックが悪いとは思っていない」


 自信満々に。


陽光(右)「ブックが存在し、勝敗は決められているかもしれない。純粋に強さを競う格闘技ではないかもしれない。けれど屈強な肉体の持ち主達が本気でぶつかり合って、難しい技の応酬を繰り広げるんだよ? 演技が含まれていても真剣勝負。格闘技以外の何物でもない」


 笑みを含んで楽しそうに。


陽光(右)「それに私はプロレスこそが観客を喜ばせることに特化した最強のエンターテインメントだと信じているからね。ふふん」


 一転して真面目なトーンで。


陽光(右)「ただ本当に複雑な大人の事情がある。ブックが存在するとしていた方が興行許可が降りやすい歴史背景があってね。格闘技興行は荒くれ者が集まると許可が降りにくいことが多かったとかね」


 秘密を告白するように囁くように。


陽光(右)「だからプロモーターはブックの存在を肯定した。プロレスにはブックがある。格闘技ではない。プロレスは皆が楽しめるエンターテイメントショーだ。そう主張して興行の許可取りしていたの。……あと保険料とか諸々税金が安くなったり」


 左側から呆れた声。


月光(左)「結局はお金の問題?」


陽光(右)「そういう時代もあったという話。今は知らないよ。ただブックが本当に存在するか。勝敗が決まっているかは別にして、存在をあいまいにした方が商業的に便利。だから運営サイドも明確に否定しないの」


月光(左)「……商業的に便利」


 右側、明るい声で空気を換えるように。


陽光(右)「はいはい色々と複雑だからブックの存在はあいまいにするの! 次はブックに欠かせないギミックとアングルについて語るよお兄ちゃん」


月光(左)「待った。次は月光の番」


陽光(右)「まだ途中なのに」


月光(左)「ずっと陽光ちゃんのターンは横暴。家庭内暴力」


陽光(右)「むぅ……家庭内暴力はダメだね。それで月光ちゃんはなにを話すの?」


 厳かな雰囲気を出して。


月光(左)「相撲とは神事。ボクは起源や歴史を推し語る」

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