第4話 スカウト

「ルーク公爵……貴方は、私が内部情報を漏洩ろうえいしたと疑っておられるのですね?」

「正解。ムノウ伯爵とバカザル伯爵からは何も言えわれなかったの?」

「ええ、残念ながら……」

「それは……凄いね…………」

「…………はい」

 

 自分が楽をすることしか考えていない阿呆二人には、平民に経理ができようとどうでもよかったに違いない。

 指摘されることもなかったし、今の今まで自分がやっていることの異常性に気づけていなかった。

 今にして思えば全てのが異常事態だ。

 私までバカと無能に毒されていたとは……。


 でも、慌てちゃいけない。

 変に取り乱せば、この方は私を怪しむはずだ。

 経理を私がしていたという話は本当。

 ならば、変にあたふたせず堂々としていれば良い。

  

「変に慌てれば僕からの疑念が強くなる。だから、敢えて堂々としてみせよう……そんなところかな?」


 怖い怖い怖い……。

 大正解だよ……。

 もしかして、心を読む魔法とか使えますか?


「僕は焔の魔法使いではあるけれど、あいにく精神干渉系統の魔法は扱えない。そもそも、読心魔法なんてのはお伽噺の産物だよ」

「いや、使えてるじゃないですか……」

「ハッハッハ! 君、顔に出過ぎだよ。子供ができたって話も嘘だろ? 国王陛下に嘘を吐くのはやめた方が良い。下手を打てば後悔することになる。まあ、アドリオン様は平民の嘘1つでむきになる方ではないけどね」


 もう全部筒抜けらしい。

 それなら、私が経理をしたって話も嘘じゃないと見抜いて欲しいものだ。


「でも、面白いねぇ。君からは経理に関しては本当に嘘をついているような気配を感じない。僕はそういうの敏感だと思ってたんだけど」

「それでは、私が嘘をついていないとは思えませんか?」

「思えないね。だって、君に経理ができるわけないじゃない? 家庭でまともな教育を受けていない。家を出てからは軍で働きづめだ。軍に居ながら文字を学んで、経理ができるほどの教養を身に着けたっていうの? そんなことは不可能だ」

 

 仰る通りです。

 でも、文字は生まれた頃から大半を理解できていた。

 なんせ、この世界の文字は私が前世で生きていた世界のそれとそっくりだったのだから。

 もちろん、私に経理の能力があるのも事実。

 前世ではそっち系の仕事だったし、得意と言っても良い。


 けど……そんなこと言えないよね。

 仕方ない。


「わかりました。ルーク公爵。私に模擬的な経理の仕事をお与えてください。公爵様の御前で実際にお見せすれば納得いただけますよね?」

「……正気かい?」

「もちろんです」


 ルーク様は少しだけ考えた素振りを見せたあと、にやりと笑って答える。


「良いだろう。でも、態々経理の仕事を試験用に用意するなんて面倒なことはしたくない。僕が君に算術問題を出そう。今、ここで」


 意地の悪い人だ。

 即興の口頭試問。

 これなら不正も何もできない。


 でも、それで困るのは不正を働かなければ計算ができない者だけだ。


「お願いします」


 ◆


 私がルーク様の問題に答えきると、彼は頭を掻いて悩ましい顔になる。


「参ったな……トリックが全くわからない」

「種も仕掛けもございません」


 ただし、前世の知識という特大のネタは目を瞑るものとする。


 私の顔をまじまじと見るルーク様は溜息を吐いて肩を落とす。


「な~んか隠しているよね、君」

「そ、そんなことないですわ?」

「今日一で下手な嘘だね……。まあ、これで不正をしていたとして、それはそれで凄い。僕は目の前で見ていたのに、その片鱗も掴めなかったんだから」


 たしかに、これで私が不正を働き問題を解いていたとして、それはそれで凄いのかもしれない。

 そんな仕掛けを作るのは、下手をしたら正攻法で解くより大変そうだ。


「それで……ルーク様は私をどの様に判断されますか?」

「そうだね~……。君、ちょっと優秀すぎるかな。軍を辞めるのは構わないけど、野放しにするのは勿体無い。だから、僕の専属文官になりなさい」

「……はい?」


 そして、当初の話を他所に、私の処遇はおかしな方へ向かうのだった……。

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