第3話 迂闊

【お知らせ】

諸事情ありまして、公爵様の名前を『ルーカス』→『ルーク』へ変更いたしました。

今後に関わる深い意味とかはないです。

宜しくお願いします。


――――――――――――――――――――



 除隊届を提出してから数日後、私はルーク公爵に呼び出しをくらってる。

 

 いやはや、不思議なこともあるものだ。

 まさか、私が提出した除隊届の便箋にムノウ伯爵が横領をしていた証拠となる帳簿の一部が混入しているとは。

 

 私は、以前ムノウ伯爵から押し付けられた経理の仕事中に、不自然な金の流れを発見していた。

 それ以来、おかしな帳簿の記録を集めていたのだが、その一部が混入していたらしい。

 上層部は私の除隊処理をするつもりが、緊急でそちらの監査をすることになった。

 結果として、ムノウ伯爵の不正は驚くほど簡単に露呈する。

 ムノウ伯爵は懲戒処分からの不名誉除隊。

 領地の大部分と私財も没収とのことだ。

 彼は爵位という記号だけを残して、ありとあらゆる物を失った。


 国防に必要な軍の資金を勝手に使って遊んでいたのだから、下手をしたら国家転覆罪にまで発展しかねない。

 首が繋がっているだけでも温情があったのだろう。

 平民が起こした事件であれば、即刻死刑のはず。

 そういうところも含めて、やっぱりここは貴族に甘い国だ。


 さて、無能のことはもういい。

 今の私の問題は、目前で楽しそうに笑っているルーク公爵だ。


「で、エレナ君はどうやって機密情報を手に入れたんだい?」

「まさか! 私が帳簿の写しなど所持しているはずがありません! 便箋に混入させたのは別人です!」

 

 とりあえず、今回も嘘を吐いてみる。

 虚言癖が付いたら嫌だな、なんて思っていたら――。

 

「おかしいなぁ。便箋に入っていたのが帳簿の写しだったなんて、誰に聞いたの? 公表してないはずだけど?」

 

 あぁあ、初手で詰んじゃったよ……。

 

「……ムノウ伯爵から経理を任されておりました。まさか便箋に入れてしまうとは……」

「ハハッ。つまらない猿芝居は止めよう。猿の相手にはもう飽きてしまってね……先日も、散々虐めてきたんだ」

 

 もう嘘なんて一生吐かないわ……。

 

 この人、目が全く笑っていない。

 底冷えするような視線だ。

 可哀そうなお猿さんとやらは、いったい何をされてしまったんだろうか……。

 これ以上とぼけた態度でいれば、明日の朝に私の死体が道端で発見されることになりかねない。

 

「経理を任されていたのは本当のことですよ。やはり、平民である私が帳簿に関わる仕事をしていたことに問題がありますか?」

「有るか無いかで言えば、問題は有るだろうねぇ。僕からすると下らない問題だけど。貴族っていうのは、どうしても。ね?」

 

 言葉を濁しているが、例の慣習について肯定的ではなさそうだ。

 これは、なんとかなりそうかな?


「軍部の暗黙知は私も理解しています。重要事項に関わる仕事は、教養ある高貴な方々のもの。私には相応しくない」

「うんうん。そういうことになっているねぇ。一応ね」

 

 見るからに興味無さそうなルーク様。

 一先ずは面倒ごとを避ける方向で適当に話を進める。

 

「しかし、私も命じられれば断ることができない事をご理解いただきたい。苦渋の決断でした」

「そうだねそうだね。仕方ないねぇ……で?」

「…………それだけですが……他に何かあるでしょうか?」


 困った。本当に何を求められているのか分からないな。

 

「エレナ君。君は平民だよね? 生まれは西方の農家。貧困ではないが、裕福でもない。ご両親は、特別優秀な方なのかな? もしくは、親戚に商人が居るとか」


 謎の詰問に戸惑うけど、素直に答える以外の選択肢はない。


「いえ、普通の農民です。親戚に商人がいるというのも聞いたことはないですね」

「うんうん、知ってた」


 それなら聞かないでよ……。

 しかし、これはいったいなんのための確認だったのだろうか。


 直後、その疑問には聞くまでもなくルーク様が答えてくれた。


「じゃあ聞くけど、君は何で経理なんてできるの? さっき自分で言ったことだろ? 君は、のはずだ」


 あ……しまった。

 

 ようやく理解した。

 つまり、ルーク様は、こう言っているのだ。

 

『お前は何者かに軍部の帳簿を見せていたんじゃないのか?』

 

 本来、平民に経理の仕事なんてできるわけがない。

 計算どころか文字を読めないことも珍しくない。

 普通に考えたら、そんな輩が経理をして、あまつさえ不正の証拠を見つけるなんて不可能。そこに疑問を持たないのはボンクラなムノウ伯爵とバカザル伯爵くらいのものだろう……。

 こうなると、この一件について考えられる可能性は限られている。


 例えば、――私が入手した帳簿の記録を、誰かに横流ししていたとか。

 

 つまり、ルーク様からすると私はムノウ伯爵と同じく罰するべき犯罪者だということになる。


 これ、本当に詰んだのでは?

 

 自分の迂闊を呪いたい。

 実際には、経理をしていたのは私で間違いない。

 でも、真実を話したところで信じてもらえるわけがない。

 そして、私に経理が出来る理由についても同様だ。


 私が前世の記憶を持ったであるなどと、いったい誰が信じてくれると言うのか……。

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