第2話 幼馴染とのひととき
除隊届を提出した次の日。
私は、想い人の家を訪れていた。
「アッシュ」
彼はカンカンと子気味良い音を鳴らし続ける。
私の呼び声に気づいているのかいないのか。
「おーーーーい! アッシュ‼」
「後にしろ!」
何という奴だ。戦地から生還した幼馴染が、久しぶりに顔を見せたというのに……。
仕方なくアッシュの仕事姿を大人しく眺める。
まぁ、これはこれで楽しいわけだが。
大きな団子のような鋼玉。
それを炉に入れて熱する。
白熱に包まれた塊を取り出すとアッシュは熱心にそれを叩く。
何度も何度も繰り返す。
本来ならば職人二人で鋼を叩くらしいが、アッシュは時間を掛けても一人で仕事をしている。
細かい調整は結局自分だけでやる方が効率は良いとかなんとか。
とにかく仕事にストイックなのだ。
鍛冶屋の息子に生まれたアッシュは子供の時分から金床で遊んでいた。
私が出会った5歳の頃には、何が楽しいのか親父さんの鍛冶場を覗いて何時間でも眺めていた。
アッシュと一緒に外で遊びたい私はよく泣いていたのだが。
10歳になると端材で勝手にナイフを作って親父さんに大目玉を食らっていたのを覚えている。
怒りつつもアッシュが作ったナイフを大事そうに木箱に入れる姿をみて微笑ましく思ったのも懐かしい。
今となっては一流の鍛冶師として巷で有名になっているのだから立派なものだ。
「悪い。待たせたな」
ボーッとしているとアッシュに声を掛けられる。
何時間待っていたのか、来た頃には明るかった空が夕焼けで茜色に染まっているのが見える。
「この間の戦いでかなり活躍したらしいな。青薔薇様の噂がそこら中で聴こえてきたよ」
「おかげさまで。……でも、せっかくアッシュに新調して貰った剣はダメになったよ。ゴメンね」
「いや、いい。どうしても軽量化すると刃こぼれしやすくなる。次は別の製法を試そう」
また仕事モードに入りそうなっている。
そうはさせないよ!
「ねぇ、私が軍を辞めるって言ったら……どうする?」
「……俺の剣はいらないか?」
「そっち?」
自分の仕事のことしか頭にないらしい。
そういうストイックなところがカッコよくて好きなのだが。
いや、そうではなく……。
「えっと、軍を辞めても趣味で道場とか開こうと思ってるんだ。だから、剣は欲しい。刃の無い模造品を沢山注文するかも。」
「そうか! もちろん作るぞ。任せてくれ!」
うーん、可愛い。でも違う。
「いや、アッシュ。そうじゃなくてさ、軍を辞めることに対しては、どう思うの?」
「理由が分からん。お前は軍での仕事に納得していた」
「まぁね。理由はさ、十分な金額を稼ぎ終わったからだよ。アーリーリタイアだ」
これは本当。
妊娠の話はあの場から手っ取り早く逃げるための嘘だったが、本当の理由はこれだ。
私は別に正義とやらを重んじて市井のために戦っていたとかではない。
農民である私が一番手早く金を稼ぐ手段が軍で働くことだった。
「そうか。5年近くも最前線で戦い続けると給金もいいんだな」
「今回は想定外の臨時報酬まで貰ったからね。だから、命を懸けるのはお終い」
「これからどうするんだ? 道場とやらを開いて、それで?」
「それでって?」
アッシュが真面目くさった顔をしている。
仕事以外のことにあまり関心のないアッシュだ。私が軍を辞めることに対しても「なんとも思わん」とか言われると思っていた。
「お前が大人しくしていられるわけがない。エレナ、お前は自分のことを理解していない」
「えーっと? どういうこと?」
「お前が望まなくても、お前は沢山の人に求められ続ける人生を送ることになるよ」
なんだろう。妙な確信を持ったような発言だ。
でも、私は極々一般的な人生を過ごせればそれでいい。
誰かのために苦労するような日々は、本来は私の望まぬものだ。
私は、自分の小さな幸せを守れれば十分なんだ。
「私は、普通に
結婚を強調してチラチラとアッシュに目線を送る。
気づけ!
「無理だろ」
「おーい! 失礼だぞ! なんでだ⁈」
「お前に普通の人生は向いてない。諦めろ」
なんとも愉快そうな顔でアッシュは笑っていた。
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