軍を辞めて幼馴染と結婚するつもりだった私、辞め際に上司へざまぁしたのがバレたあげく、公爵様に目を付けられて専属文官にされてしまった件

真嶋青

第1話 退職します!

「――エレナ大尉の功績を讃え、男爵位を授ける」


 現在、私こと平民エレナは国王陛下の御前にて、叙爵という非常に名誉な褒賞を拝受している。

 だけど――。

 

 いらない……むしろ邪魔なんですけどっ⁉


 私には同じ平民の想い人がいる。

 鍛冶職人をしているアッシュ。

 平民である彼との婚姻を望む私にとって、爵位とは路端の馬の糞並に邪魔な存在だ。


 この国において貴族の結婚とは大きな意味を持ちすぎている。

 領地だとか税収だとかエトセトラエトセトラ……。

 そのため、貴族同士ですら大きく階級の異なる結婚となると大々的に取り締まられている。

 この国で、身分の差とは絶対なのだ。


 それが貴族と平民の結婚となれば、どれほどの騒ぎになることか。

 役所に貴族と平民で婚姻届を持って行ったところで、衛兵が来て平民側は捕縛されるだろう。

 その後、どのような末路を辿るかは分からないが、碌な結末にはなるまい。

 つまり、平民である幼馴染との結婚を望む私にとって、爵位とはあっても損しかないゴミだ。


「お言葉ですが陛下。私には爵位など身に余るものにございます。陛下からの賜りをお断りする非礼をお許しください」

 

 私の言葉に聴衆の貴族たちがざわめく。

 彼らにとって貴族という立場は言葉通り己の命と同等に価値のあるモノ。

 まさかその立場を平民風情が断るなどとは毛ほども思わないのだろう。

 私からすれば、小さいころからの夢であったという野望を阻む障害でしかないのだが。


「陛下より与えられた名誉を無下にするのか!」

 

 さらに野次が飛んでくる。

 国王陛下の御前でみっともなく騒ぎ立てるとは、そちらこそ不敬なのではないかと思うが……。

 陛下の側近や宰相たち上位の役職の皆々様は座して私から続く言葉を待っているというのに。

 

「失礼は承知の上で、私にとって爵位とは重荷にございます。学のない平民である私には、とてもとても……」


 私の言葉で貴族共はせせら笑っている。

 それでいい、勝手に納得して下らない時間から解放してほしい。

 

「そうか……。で、あれば……何を望む?」

「お恥ずかしながら金品を頂戴したく」


 私の願いを聞いた貴族たちはさらに嘲る。

 

「名誉ある貴族位を断って金とはな……」

「下賤の生まれはこれだから――」

 

 貴方たちには、一生分からないでしょうね。

 私からすれば、形のない爵位なんて記号に囚われ続ける生き方の方がバカらしいわ……。


 私は私で、彼らの価値観を逆に見下している自覚がある。

 彼ら貴族と、私たち平民はどうあっても水と油だ。

 根本的な価値観の相違が大きすぎる。

 だから互いを理解することができない。

 

「静まれ……。では、後日貴様に金貨二百枚を贈ろう。よいな?」

「有難き幸せにございます」

 

 まさか金貨二百枚とは、なんと有難いことか。

 平民であれば3人は一生を遊んで暮らせる。

 それだけ功績を認められているという事だろう。

 これは素直に喜ばしい。

 

 しかし、これにて一件落着とはいかなかった。


「お待ちください陛下。やはりエレナ大尉には、叙爵こそが相応しいかと」


 ここに来て余計なことを……。

 口を挟んできたのはムノウ伯爵だ。

 軍における私の直属の上司にあたる男。軍での階級は大佐。


「敵兵千人に対し、此方の西方右軍の数は五百。倍の兵力を相手に完封した彼女の手腕。平民にしておくには惜しい存在です! どうか再考を……」

 

 今は私を懸命にヨイショするムノウ伯爵だが、決して私を認めてなどいない。


 よくも白々しい言葉を吐けるものだ。この男は、私の軍部での地位失脚を常々望んでいた。平民である私が大尉まで昇りつめたことを大変疎ましく思っているのだろう。

 ムノウ伯爵には、幾度となく帰還困難な配属を言い渡された。

 今回の防衛戦にしてもそうだ。

 明らかな人員不足に加えて、私の部隊に敗北を強いるための配置。

 あれが態とでないなら相当な無能だ。

 まぁ、尽くを無事に生還した私は、こうして異例の出世街道を歩んでいるのだから皮肉だろう。

 わざわざ活躍の場を与えてくれてありがとうと伝えたい。

 

 そんな他者を蹴落とすことしか頭にない男が、なぜ私を担ぐような発言をしているのか。

 理由は想像がつく。

 奴は私を貴族にした後、適当な男爵位の男をあてがって婚姻させるつもりだ。

 相手は私へ薄暗い感情を持った軍部の誰かだろう。

 どれだけ死地に送り出しても死なないとみて、女としての尊厳を奪おうという腹積もり。

 表面上は同階級の貴族同士とはいえ、一代貴族と正当な男爵では利権の差は明らか。

 婚姻を申し込まれたら断ることなどできはすまい。

 そして、娶られた先で私が身ごもりでもすれば、もう軍には居られない。除隊することも確定だ。

 これで私の尊厳と地位を同時に踏みにじることができる。


 どこまで腐っているんだ? この無能が!

 最近では余りのスピード出世に軍部の男どもからのやっかみが酷い。

 私を娶り、女として屈服させ優越感に浸りたい輩は多いだろう。

 

「ほう? 貴公がそこまで平民を評価するとはな。どうだエレナ、今からでも遅くはないぞ」


 一度は決着した話を蒸し返すなんて面倒な事をしてくれる。

 

「まさかムノウ伯爵からそのようなお言葉をいただけるとは……。ですが、軍での私の働きを評価してのお言葉であるならば、尚のことお断りさせていただきます」

「……どういうことだ?」

「私は今回の防衛作戦をもって、軍から身を退くことを決めております」

 

「バカな!」

「あの青薔薇の騎士が軍を抜けるだと⁉」

 

 反応は様々だが、一様に驚いている。

 ムノウ伯爵などは目と見開いて口も閉じられないご様子だ。

 ちなみに、青薔薇の騎士というのは、私のダークブルーの髪色から取って軍が市井に広めた渾名。

 平民出身の女が軍で活躍しているという話をプロパガンダに使って徴兵に役立てたのだろう。効果の程は分からないが。

 

「貴様の活躍は国中に広まっている。此度の褒賞も今後を期待してのもの。除隊というのは聞き捨てならんぞ?」

「大変申し訳ありませんが、この判断ばかりは覆すことができません」


 話の急展開に陛下も戸惑っておられるようだが、これは本当に決めていたことだ。

 私が軍に居る理由はもうなくなった。

 

「理由を聞きたい。事と次第によって、我も対応を変える必要がある」

「端的にお伝えしますと、身ごもりました」


 誰も、何も言わない。一瞬の静寂が訪れた。

 

「……すまぬが、もう一度頼む」

「陛下、私の身に新しい命が宿ったのです」

「………………」


「「「は⁇」」」

 

 謁見の間は驚愕の空気に包まれた。


 ◆


 まぁ、妊娠なんて大嘘なわけだが。

 

 私の爆弾発言で式典の場は異様な空気のまま幕を閉じる。

 驚愕のあまり陛下の威厳もどこか薄れてしまっていたが、なんとか取り繕っているようだった。


 あの場の顛末として、私への報酬は金貨百枚で決定した。

 今後を期待しての褒章として叙爵を検討したが、除隊するとなると話は変わったようだ。金貨もこれまでの仕事を評価して与えられはしたが、初めに聞いていた額より半減された。ケチ臭いものだ。

 どこか状況を飲み込み切れない様子の聴衆たちを取り残し、私と陛下で話を進めて早々に場を切り上げた。

 今はムノウ伯爵を含む軍のお偉方に呼び出されているところだ。


「エレナ大尉。どういうことなのか説明して貰えるかな?」

「何かこれ以上説明する必要がありますか?」

「ふざけるな! 貴様にどれだけの責任がかかっているか理解して居ないのか⁉」

「と、言われましても。私は何も規則に反することはしていませんが?」

「キッ……貴様ッ! 私をバカにしてるのか‼」


 私を無駄に叱責しているのはバカザル伯爵だ。ムノウ伯爵とは旧知の仲であるらしい。

 人柄は……ムノウ伯爵と仲が良いということで、お察しの通りである。

 

「まぁまぁ、バカザル殿。落ち着いてください。話が進まないから。それで、エレナ君、除隊はいつ頃の予定?」

「大変申し訳ありませんが、可能な限り早くしていただければ」

「まぁ、今回の戦いで隣国も暫く大人しくなるだろうしね。今なら引継ぎだけして貰えればいつでもいいよ。個人的な気持ちを言わせてもらうなら、君が抜けてしまう穴は非常に大きいとだけ伝えておくけどねぇ」

「光栄です」

 

 この方は、ルーク公爵。軍での階級は大将となっている。

 バカザル伯爵やムノウ伯爵とは比べることすら非礼となる軍部の英知だ。

 

「公爵様! エレナ大尉には行軍以外にも様々な業務を任せているのですぞ!」

「そうです! 引継ぎをするにしても、いったい誰が彼女の代わりをするのですか!」

「え? 平民の彼女に大した仕事なんて無いでしょ? 君たち、彼女に何を任せてるの?」

「いや……それは…………」

「……」


 やいのやいの騒ぐムノウ伯爵とバカザル伯爵はルーク公爵の質問に答えられない。

 当たり前だ。本来であれば、平民である私の仕事など行軍と訓練をすることぐらいだ。

 重要な任務と言えば、行軍時に中隊長を務めるくらいか。

 というのも、平民はどれだけ階級が上がっても、軍の重要会議への参加や資料に触れることは基本的にタブーとされている。

 重要な書類に関わる仕事や作戦の立案は名誉ある貴族の仕事。教養のない平民に任せるなど言語道断……のはずなのだが、おかしなことにムノウ伯爵やバカザル伯爵は私に自分の書類仕事を押し付けていたりする。

 間違っても軍上層部に知られてはならないことのはずだ。

 今の発言ぶりからして、ルーク公爵は何かを知っていらっしゃるようだが。


「ふむ、問題ないようだね? じゃあ、エレナ君。しっかり引継ぎはお願いしますね。あと、除隊届も出してください。コチラで処理をするから」

「承知いたしました」


 口を開けなくなった伯爵二人を尻目にルーク公爵と話を進めると、私は退出を促された。

 

 ◆


「おい! エレナ!」

 

 ムノウ伯爵だ。退出した私をわざわざ追ってきたらしい。


「如何なさいました、伯爵様」

「ふんっ。とぼけるなよ小娘。まさか貴様から軍を抜けてくれるとはな。何が狙いだ?」

「狙いとは? お話した通り、私は身重になるため従軍が難しくなります。それだけです」

 

 嘘だけど。

 

「まぁいい。消えてくれるというならば、それはそれで好都合だ。雑用を任せる都合の良いメイドが減るのは残念だがな……ぐふふ」

「それだけですか? では、失礼いたします」

 

 下卑た嗤い声が耳障りになる。

 この男と話すのはストレスだ。さっさと離れたい。


「待て。貴様は軍を抜けるという事の意味を分かっているのか?」

「はぁ? 何か懸念することでもありましたか?」

「ああ、大いにあるとも。軍での立場を放棄した貴様など、ただの平民の小娘だ。貴様、ちと軍内部に敵を作りすぎたぞ?」


 なるほど。言いたいことは分かった。

 つまり、私を逆恨みしている軍内部の貴族共に何かされるのではないかと言ってる訳だ。

 確かに、大尉という地位は平民である私に多少なりとも権威を持たせている。

 市井では青薔薇の騎士という名前も売れた。

 これらが私を貴族たちのやっかみから身を守っていたのも事実だろう。

 まぁ、考えられることとしたら人攫いを差し向けられることか。

 戦場の最前線で生きてきた私からすれば、本当の修羅場を知らないチンピラに絡まれても何ら困ることは無いのだが。

 この馬鹿は私がどうして大尉足り得るのか理解していないのだろうか?

 

「後ろ盾が必要になるのではないか? どうだ、私が貴様を守ってやっても良いぞ? もちろん、タダでとは言えんがな」

 

 気色の悪いニチャニチャと粘り気を感じる笑みを浮かべているムノウ伯爵。

 

「伯爵様に、後ろ盾になっていただけるとは、有り難いですね。して、対価は何ですか?」

「なに、大したことは無い。偶に私の相手をしてくれればいい。どうせ上層部に身売りしてガキを作ったんだろう?出世が早すぎると思っていたが納得だ。私の相手もしてみろ」

 

 ぶん殴るわよ、この変態野郎が……。


 どうやら、ムノウ伯爵は私が軍の上層部にコネを作ろうと身を売っていたと勘違いしたらしい。

 実際のスピード出世の理由は、ムノウ伯爵に強いられた高難易度の作戦を立て続けに成功させてしまったからなのだが……。

 

 どこまで私を失望させれば気が済むんだ? この無能は。

 もう我慢の必要もない。これまでの鬱憤を軽く晴らさせて貰うとしよう。

 

「黙れ下種」

「――⁉ なんだと……? もう一度言ってみろ、平民……」

「死ねゴミクズ野郎、と言ったのよ。耳は飾りかしら?」

「貴様ァ‼ タダでは済まんぞ!」

「当たり前だ。タダでは済ませない。貴様の悪行を必ず後悔させてやる。肝に銘じておきなさいムノウ」


 適当な捨て台詞を吐いてそそくさと場を後にする。

 これ以上この馬鹿と話していても疲れるだけだ。



 このあと、私はルーク公爵の指示に従い速やかに除隊届を出すのだが、それに伴って数日後にとある騒ぎが起こる。



 ───────────────────


 第1話の読了、誠にありがとうございます!

 今後ともお付き合いいただけますと幸いです。


 この作品の続きが気になる! と思っていただけた方、『フォロー』を押して行っていただけると作者がさらにモチベーションを上げて執筆に取り組めますので、是非よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る