第61話 マウントタイム
俺のわがままを守り、結月と陽花里はこれまで校内での接触を控えてくれていた。
人の目を盗み、交流してくるようなことはあったけれど、人目のあるところでは話しかけないというお願いは徹底していた。
なので、二人と一緒に帰るというのは実質これが初めてということになる。
「陽花里、今日は練習ないの?」
「うん。実行委員の仕事があるからってことで休むことにしたの。正規の部員じゃないしね」
陽花里は現在、バスケ部の助っ人を依頼されているらしい。彼女の運動神経を認めてのことで、現に練習の場でも活躍を見せているようだ。
さすがの一言に尽きる。
靴を履き替え、昇降口を出る。
結月と陽花里が並んで歩くその少し後ろを俺がついて行く。周りはこれを見てどう思うのだろう。
「そういえばさ」
俺が声を掛けると、前を歩く二人がこちらを振り返る。
「タイミングなくて聞きそびれてたんだけど、なんで俺を実行委員に引きずり込んだんだ?」
あの日、陽花里が俺を指名しなければそもそもこんなことにはなっていなかった。
俺は今頃、これまでと変わらず空気のような存在であり続けていただろう。
「同じ実行委員なら、一緒にいても変じゃないかなって思ったんです。それなら合法的に蒼といれると思ったので」
やっぱりそういう魂胆か。
その結果、結月が流れに便乗して今に至る。
結局、陽花里が俺を指名したときから、クラスメイトの俺を見る視線がちょっとだけ変わったんだけど。
行動として何か害を与えられているわけではないけれど、視線が痛いときがある。
このまま風化して元通りになればいいんだけど。
「こうして帰っていても、実行委員の会議が終わったからって言えるもんね。陽花里にしては妙案だったわ」
「……わたしの計画では蒼と二人っきりになれるはずだったんだけどね?」
皮肉混じりに陽花里が言うと、結月は澄まし顔を見せる。
「咄嗟に察したわ。このままだとマズいってね。私を出し抜こうなんてまだ早いわよ」
ばちばち、と視線をぶつけ火花を散らす結月と陽花里。二人と付き合うという選択をした今でも、こういった衝突はなくならない。
負けず嫌いなのだろう。
駅に到着し、ホームへ向かう。
大幕の生徒は見当たらないどころか、俺たち以外に人がいない。中途半端な時間だからだろうか。
少し待ち、ホームにやってきた電車に乗り込む。車内にも人はほとんどいない。
俺が帰る時間帯は基本的に帰宅する生徒がいるので珍しい光景だ。
陽花里、結月、俺の順番に電車の中に入っていったんだけど、陽花里が一番端に座り、その隣に結月が座る。
俺がそのさらに隣に座ろうとすると。
「ちょっと待ってください」
陽花里が手を挙げた。
座りきれなかった俺はぴたりと止まり、彼女を向き直る。
「このままだと結月の隣に蒼が座る感じになりますよね?」
「まあ」
こくりと頷く。
「不公平じゃないですか? 蒼はわたしたちの彼氏として、公平に向き合うべきだと思います」
ぷしゅー、と扉が閉まり電車が発車する。座れないまま電車が進み始めてしまった。
「電車の座る順番なんてなんでもいいじゃない。陽花里は気にしすぎ。ほら蒼くん、ここに座って?」
「そう言うなら場所変わってよ。なんでもいいんでしょ? わたしは蒼の隣がいいんだもん」
「それとこれとは話が別よ」
「ほらやっぱり」
いつもの姉妹喧嘩が始まった。
これは今では見慣れた光景というか、さすがに俺もそろそろ慣れてきてしまったところがある。
喧嘩とはいえ、別に二人が不仲なわけではなく、むしろ仲の良い証拠とさえ思える。じゃれ合いみたいなものだ。
俺としてはそろそろ座りたいんだけど。
「蒼はどう思いますか?!」
俺の目の前で繰り広げられた姉妹喧嘩は、最近だとこうして俺に飛び火がくることも珍しくない。
どちらの味方をするわけにもいかず、かといっていつもいつも曖昧な返事をするわけにもいかない。
なので、こうなった際には俺は取り繕わずに思ったことをそのまま口にすると決めていた。
「座れればなんでもいいかな」
もちろん、意見によっては結月や陽花里どちからに賛同することだってある。
今回のようなパターンはさほど起こらないけど、だからこそ、たまに起こると不満げな顔をされる。
自分を選んでよ、という気持ちがひしひしと伝わってくる。
「ここは間を取ってどちらの隣にも座らないということで」
よっこらしょ、と俺は向かいの空いている場所に適当に腰掛ける。ほんと、他に人がいなくて助かったな。
まあ、さすがに他に人がいたらこんなに騒いでないだろうけどさ。
「こらこら」
「間を取ると言うならこうじゃないですかね?」
言って、結月と陽花里はそれぞれ俺の右と左に座った。俺が二人に挟まれた状態となる。
これでいいなら早い段階で解決できたんじゃないのかな?
肩と肩が触れ合う。
両隣に二人の存在をしっかり感じると、自然と心が満たされていく。贅沢なことだなと、何度目かも忘れたことを今一度実感させられた。
「ほらこれ見て、陽花里」
俺を挟んで結月が陽花里にスマホの画面を見せる。俺の場所からもそれは見えたので、視線をそこに向けた。
「この前、蒼くんと出掛けたのよ。そのときの写真よ」
先日、結月と喫茶店に行ったときにノリノリな店員さんに撮られた写真だ。
今思い返してもあのテンションは恥ずかしい。
「ここって最近噂になってるあの?」
「そう。あの」
結月が肯定すると、陽花里がギギギとこちらに顔を向ける。にこりと笑っているけど、普段は感じない迫力のようなものがある。
「へぇー、うらやましいなぁー?」
笑顔の圧力。
なんでこうなると分かっているのにマウントタイムに突入するんだ。
え、マウントタイムがなにかって?
読んで字のごとく、どちらかがマウントを取ろうとする時間のことを言う。
二人としては秘密事をしない、という名目のもと情報開示をしているだけと言っているけれど、どう考えてもマウントタイムです。
「時間が合えばね。一緒に行こうね」
「約束ですよ?」
これまで恋人のいなかった俺に突然二人の彼女ができた。
大変だということは覚悟していた。
そういうところも考えた上で、俺は自分自身でこの道を選んだのだ。
後悔はない。
けど、やっぱり大変だなとは思う。
日頃、なんでもない一日でこんなに大変なのだから、来月に控えているバレンタインデーなんてどうなってしまうのだろうか。
期待しているといえばそうだ。
けど、同時にそういう不安がある。
あれやこれやと忙しい日々を過ごしていると、気づけば二月に突入していて。
ちょうどその頃。
結月と陽花里の意識もバレンタインに向き始めた。
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