第60話 疑心あん鬼
注文を済ましたあと、程なくしてトロピカルパフェとドリンクが運ばれてきた。
二人用にしてもそこそこ大きなトロピカルパフェに俺は言葉を失う。プリンやクリーム、シフォンケーキを重ねた上にメロンやバナナといったフルーツがふんだんに乗せられている。
まさにトロピカルである。
けれど、普通に美味しそうでもある。
ドリンクはメロンソーダを注文したので緑色のドリンクがなみなみと注がれていた。
「それでは、愛の儀式をお願いします」
運んできた店員さんがにこにこと楽しそうに笑いながら、そんなことを言ってくる。
何のことかぼかしているけど、まあ、食べさせ合う行為のことを指しているんだと思う。そうだと思って食べさせ合って違ったら恥ずかしいからちゃんと言葉にしてほしいとこだ。
「あの、写真撮ってもらってもいいですか?」
躊躇う俺と違い、いつもと様子の変わらない結月はスマホを店員さんに渡しながらそんなお願いをした。
もちろん快く了承した店員さんにカメラを向けられる。
「ほら、蒼くん。もっと寄って」
「ああ、はい」
今さらだけど、俺はあんまり写真が得意じゃない。どうしてかというと、深い理由はないけど、写真嫌いな人は大抵自分の容姿を良く思っていないのではないだろうか。
二人と付き合い始めてからは、休日に出かける際には朱夏プロデュースの容姿作りを心掛けている。
もちろん朱夏の施しにはまだまだ遠く及ばないけど、それでも以前に比べれば随分とマシになったはず。
なので、もしかしたら今なら自分の写真も好きになれるかもしれない。
俺と結月は二人でトロピカルパフェに顔を近づける。
店員さんの『はい、チーズ』という掛け声を合図にシャッター音が鳴った。
「いい感じですね。ついでに二人でハートとか作っちゃいます?」
「いいですね!」
「よくないよ」
「それじゃあ撮りますよー?」
「ほら蒼くん。早く」
「いやさすがに恥ずかしいって」
「恥ずかしくないわよ。早く」
「これはちょっと厳しい」
「大丈夫よ、ほら。早く」
「それすれば何でも通ると思うなよ!?」
どれだけ言っても終わらないのでハートを作る。二度目のシャッター音が聞こえてきたときには、どっと疲れていた。
ここからが本番なのに。
「それではね、行っちゃいましょうか」
「……なんか楽しんでませんか?」
うきうきした様子の店員さんに言うと、店員さんは満面の笑みをこちらに向けてくる。
「これがこの仕事の中で一番楽しい瞬間ですので」
「……いい性格してるなあ」
*
トロピカルパフェのセットはカップル限定のメニューとなっていて、別にカップルじゃなくとも頼むこと自体はできるんだけど、食べさせ合うという行為をする必要があるのでカップル以外が頼むことはあまりないらしい。
その分、結構な割引がされていてお得になっているので逆に頼むカップルは多いそうだ。
「一回ずつでいいんですよね?」
「お望みとあらば何度でもどうぞ」
「一回でいいです」
どこまでもにこやかな店員さんが至極楽しそうに言う。結月がふふんと楽しげなのが非常に不穏である。
「私は蒼くんが望むのであれば何度だってする所存よ」
「一回でいいよ。早くやろう」
「せっかちさんね。そんなに私からのあーんが楽しみなのかしら」
ふふ、と結月が笑う。
もうそれでいいよ。
「それではさっそく」
結月がパフェを食べるシーン以外で見たことのない長めのスプーンを手にして、クリームといちごを掬う。
それをこちらに向けて差し出してきた。
「はい、蒼くん。あーん」
腹はくくっていたけどやっぱり恥ずかしいなこれ。この行為のなにがいいのか、恋愛初心者の俺には皆目見当もつかない。
ゆっくりと近づいてくるスプーン。
興奮した表情で見守る店員さん。
覚悟を決める俺。
なんだこれ。
よしいくぞ。
俺が食べようとスプーンを迎えにいったそのときだ。
「あ」
なにを思ったのか、結月がスプーンを手元に戻す。つまり俺は空振りさせられた。
「なにそのフェイク!?」
「ちが、ちょっと、その……美味しそうだったから」
おろおろと言い訳しながら結月は掬っていたクリームといちごをぱくりと食べてしまう。
「なんで食べたの」
「美味しそうだったからっ!」
顔を赤くした結月が仕切り直すように、もう一度スプーンでパフェを掬う。今度はクリームとぶどうだ。
「……」
「そんなに疑わなくてもいいじゃない。もうなにもしないわ」
「一度裏切られるともうその人は信用できないんだよ。人間ってそういう生き物だから」
「大丈夫よ、絶対になにもしない」
「そう言いながらまた俺を弄ぶつもりでは?」
「本当になにもしないわ。ただ、あーんを楽しみたいだけ。ダメだわ、なにを言っても胡散臭くなる……」
このままこんなやり取りを続けていても終わりはしない。このメニューを頼んだ以上はしなければいけないのだ。
「分かった。信じるよ」
俺が言うと、結月が表情を明るくする。
「ありがとう、蒼くん。それじゃあはい、あーん」
俺は差し出されたスプーンを素早く口に入れる。何かされる前にこうして食べてしまえばいいのだ。
「全然信用してくれてない……」
結月はショックを受けたのか弱々しい声を漏らした。人を裏切るっていうのはそういうことなんだよ。
「じゃあ次は俺だな。さっさと終わらせてしまおう」
俺は結月からスプーンを受け取り、同じようにパフェを掬う。この一連のやり取りをひたすら楽しそうに見ている店員さんの心理状態が気になるところだ。
「ほら、あーん」
言うと、結月は「あーん」と言いながら口を開ける。目を瞑っているので、俺のスプーンの入場待ちらしい。
「……」
なんだろうか、この感覚。
内側から込み上げてくるよく分からない感情に俺の脳は支配されていく。
一向にスプーンが入ってこないことに違和感を覚えたのか、結月がぱちりと片目を開く。
「どうしたの?」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてて」
そう言って、俺は再度スプーンを差し出す。今度は結月も片目を開いたまま、自分からスプーンを迎えに来た。
ぱく、と彼女が食べようとしたタイミングで俺はスプーンを引く。なので、結月は空振りする。
「んなっ」
「これが裏切られるということだよ。どういう気持ちになった?」
「……申し訳ない気持ちになったわ」
「それはちょっと思ってたのと違うんだけど」
さすがに何度もするのは疑心暗鬼を招くので、さっさと終わらせることにした。
結月がぱくりとパフェを食べ、終始満足げだった店員さんは「ごちそうさまでした」と言って帰っていった。
「……私が思い描いていた甘酸っぱいあーんイベントではなかったわ」
「それは、まあ、あれだよ、ごめん」
なんか変なテンションになっていた。申し訳ない気持ちはあったので、ここは素直に謝罪した。
*
そんなことがあっての週明け。
俺は放課後になったというのに帰宅することなく、教室に居残りしていた。
ぞろぞろと帰っていく生徒たち。
しばらくすると、教室の中には四人の生徒だけが残った。
俺、結月、陽花里、そして井上。
卒祭実行委員の面々であり、その面子が揃っているということはつまり卒祭に関しての話し合いをするということだ。
「さて、まずは卒祭の催しを決めるところから始めないといけないわけだけど」
仕切るのは井上だ。
彼は教卓に立ち、黒板に『催し』と書いていく。俺たち三人は前の席に並んで座っていた。
「そもそも卒祭ってどういうことするんだっけ?」
俺は卒業祭というものを知らない。
文化祭や体育祭のようなメジャーな行事ではないので、一年生のほとんどは知らないはずだ。
「先輩の話を聞く限りだと、文化祭と似たような感じらしいぜ」
俺の疑問に答えたのは井上だ。
茶髪のショートヘア。整った顔立ちはどの角度から見てもしっかりとイケメンだった。
「逆になにが違うんでしょう?」
続いて疑問を口にしたのは陽花里だ。
顎に手を当てて、分かりやすく悩んだ素振りを見せる。
「お披露目する相手、かな」
陽花里の疑問に、自信なさげながらも井上はそう答える。
「どういうこと?」
結月が俺の気持ちを代弁してくれた。
「明確には分かんねえけど、文化祭って一般の人だったり全校生徒を相手にしてるだろ。それに比べて卒祭っていうのは卒業生の為だけに行うものなんだよ」
「なるほど」
俺は納得して呟く。
一年生と二年生が卒業生のためだけにその日限りのお祭りを開くということか。
「じゃあ屋台みたいな感じのほうがいいってことか?」
「一概にそうとも言い切れないな。舞台を使って盛大に演劇を披露した例もある。文化祭と同じで、そこは結構自由みたいだ」
「だとすると、ホームルームとかでみんなの意見を聞いたほうがいいんじゃないの?」
結月の意見に井上は難色を示す。
俺としても、別に間違ったことは言ってないように感じたけど。
「それでもいいんだけどさ、自由が利きすぎるが故に意見がまとまり切らない可能性があるだろ。だったらこっちである程度絞ってから意見を聞いたほうがいいと思うんだよ」
「な、なるほど」
ちゃんとした考えがあるようだ。
イケメンってなんでこう、なんでも卒なく熟してしまうんだろうか。こんなん俺の活躍の場が一つもないじゃないか。
「というわけで、候補を挙げていこう」
井上の仕切りについていき、その後一時間ほど話し合いは続いたところで今日は解散することになった。
部活があるという井上は先に教室を出ていき、俺たち三人だけが残される。
「さて、帰りましょうか」
「そうしましょう。ね、蒼?」
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