第59話 喫茶店でなに頼む
土曜日。
今日は結月とデートをする日だ。
行きたいところがあるというので、俺は特に何かを考えることもなく、言われるがままに待ち合わせ場所へとやって来た。
結月は比較的待ち合わせ時間よりも早くやって来る傾向にある。
それを警戒し、十五分前に到着するよう家を出たんだけど、案の定、結月はすでに待ち合わせ場所にいた。
「おはよう」
近づき、声を掛けると結月がこちらを振り返る。一瞬、どうにも不機嫌そうな表情が見えたのでびっくりしたけど、俺だと認識するとすぐに笑顔に変わる。
「あ、蒼くん。おはよう」
「俺なにかした?」
「どうして?」
「いや、さっきちょっと雰囲気が」
俺が濁すように言うと、結月がああねと察する。そして、うんざりしたような顔をした。
「蒼くんを待ってる間にナンパに遭って。一回くらいなら流して終わりなんだけど、三回くらいになるとさすがの私も嫌になるわ」
「ナンパされてたんだ。しかも三回も」
やれやれ、と首を振る結月。
大変だったんだろうなと思う一方で、俺はある違和感を覚えた。
「今日は何時にここに到着したの?」
「……さっきよ。五分、いえ三分前。もう待ったという感覚は一切感じないくらい直前よ」
「三分の間にナンパに三回も遭うことはないだろ」
動揺しながらつらつらと空事を並べる結月。さすがに嘘をつくにしてももう少し考えるべきだろ。
「本当は?」
「三十分には……」
「この前言ったのに!」
なにも改善されてない。
結月は申し訳なさそうに視線を泳がせる。どうやら罪意識はあるらしい。
「ち、違うのよ。楽しみ過ぎて居ても立っても居られなかったの。家にいても落ち着かないし、ここで蒼くんを待ってる時間は楽しいから」
「それでもそれだけ待たせたって思うと、こっちが申し訳なくなるから」
「気にしないでいいのよ。私としてはこの待ち時間もデートのプログラムの一環だから。むしろ、待たないと落ち着かないまであるわ」
「……次はもうちょっと待ち合わせ時間に合わせて来てくれると助かる」
「気をつけるわ」
ふんす、とご機嫌な返事をする結月。これは恐らく全然気をつけるつもりないですね。
と、結月の待ち合わせ時間より早く来る問題に意識がいってしまったけど、三回ナンパに遭うというのも考えものだな。
けど、無理もないか。
ビジュアルがS級だもんな。
長い黒髪はハーフアップのアレンジが施されていて、化粧は整える程度に最低限。白い肌がさくら色の唇を際立たせ、長いまつ毛は天然物。
モデル顔負けの体は白のもこもこアウターに赤色のフレアスカートというオシャレな鎧に包まれていて、ブーツや手袋といった小物もオシャレ度を助長させている。
こんな場所で、こんな女の子が一人でいれば、そりゃ声もかけたくなるか。
「それじゃあ行きましょう」
「行きたいところあるんだよな?」
ええ、と結月は頷く。
今日のデートは結月プレゼンツでお送りすることになっているのだが、相変わらず詳細が届いていない。
「こっちよ」
「ああ……ん?」
結月が進行方向へ体を向ける。
しかし歩き出すことはなく、俺をじいっと見つめるだけ。何かを求めているのは明らかなんだけど、何をすればいいのかは全然分からない。
「えっと」
どうすればいいのか、と困っていると結月が手を差し出してくる。それで彼女の言わんとしていることを察した。
「ごめん」
言って、彼女の手を握る。
重ねるように握った手だったけど、結月が指を絡めてくる。手袋のふわふわした感触がこそばゆい。
「彼女の手を握るのは彼氏の務めよ」
「以後、気をつけます」
初めての彼女。
分からないことだらけだ。
手を繋いだところで改めて歩き出す。必然的に二人の距離は近くなり、肩と肩が触れ合う。隣に結月の存在を感じ、心臓がバクバクと音を鳴らす。
「それで?」
「ん?」
「どこ行くの?」
「あー」
結月は何を考えているのか、数秒の間、視線を明後日の方へ向けた。
言いづらいことなのだろうか。
言いづらいデート先ってなんだよ、と俺の中の不安はさらに膨れ上がる。
「それは着いてからのお楽しみということで……」
なぜ隠す。
*
時刻は午後二時を回った頃。
今日は少し遅めの集合ということで、一体どこに向かっているのかと思えば……。
「喫茶店?」
「ええ、まあ」
外観は普通に喫茶店だ。
なのに、どうして結月の返事はああも歯切れが悪かったのか。そこに一抹の不安を覚えざるを得ないが、それは入れば分かることだろう。
扉を開けるとカランコロンとドアについた鐘が鳴る。入店に気づいた店員さんがタタタと駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
後ろにいる結月を一瞥した店員さんが確認してきたので、俺はこくりと頷く。
若い女の子、同い年くらいだろうか。接客態度が堂々としていて、その発言からも自信が伺える。
店内は落ち着いた雰囲気のある喫茶店。店長の趣向なのか、いろんなタイプの席があるのが特徴的だった。
奥の方にあるテーブルごとに仕切りのある席に案内された俺たちは向かい合って座る。
気になったのは、男女のお客さんが多いところ。中には女子のみのグループもいたけど男性だけは見なかった。
そういう層に人気のあるお店ということなのか?
「綺麗な店内だな」
「そうね。おしゃれだし、落ち着いててちょうどいいかも」
メニューを開いて結月と二人で見る。値段も相場より高くはなく、喫茶店だとこんなもんだなって感じ。つまりちょっと高い。
「結月はどれに……ん?」
メニューを決めるがてら、少し雑談でも交わそうかと彼女の様子を見てみると、どうにもおかしい。
何と言い表せばいいのか、端的に言えば視線が泳いでいる。それはもうジャバジャバとバタフライを披露している。
「どうかした?」
「えっと、その」
言い淀む結月。
なにをそんなに躊躇っているのだろうか、と彼女の動向を見届けていると一つの違和感に気づく。
あちらこちらに向いているように見えた視線は、しかしある場所に集中しているように感じたのだ。
なんだろうと思い、その視線の先を見やると一枚のパウチが置いてあった。
内容は他のパウチが重なっていて見えないんだけど、上の方に『カップル限定メニュー』と書いてある。
嫌な予感しかしない……。
「ア、アレ、ナニカシラコレ」
俺が察したことに気づいてか、あるいは偶然か、そのタイミングで結月が仕掛けてきた。
圧倒的棒読み。
引きつった笑みを浮かべたまま、ちらと俺の様子を伺ってくる。
いつもの余裕はどうしたのだろう。
この程度なら、いつもは『蒼くん、見てよカップル限定メニューがあるわよ。頼むしかないわね』くらい言ってくるのに。
「……ちら」
結月が躊躇うほどのものなのか。
いや、でも意外と臆病だったりするのかも。こういうときに直球ど真ん中ぶち込んでくるのは陽花里の専売特許だしな。
とりあえず、頼む頼まないは別にして内容くらいは見てみるか。迷わずここに来たところから考えて、多分目的はこれだろうし。
「なんだろうな」
俺は上に乗っかっているパウチを横にズラしてそれを手に取る。目にした瞬間にこめかみを抑えたい気持ちをぐっと堪えた。
『カップル限定メニュー トロピカルパフェ&ドリンクセット』
値段は随分と良心的。
ドリンクはハートの形をしたストローが大きめのグラスに入っている。こういうのって一昔前の産物じゃないの? いま令和なんだけど。
トロピカルパフェもジャンボサイズだ。条件の一つに必ず『お互いに食べさせ合う』と書いてある。えぐいって。
「……えっと、俺はコーヒーでいいかな」
「蒼くんコーヒー飲めないでしょ!」
パウチを戻そうとした俺の手を、結月がツッコみながら掴んで止めてくる。
「カフェオレで!」
「これを頼みましょう」
「イヤだ」
「これを頼みましょう?」
「さすがに恥ずかしいって」
「これを頼みましょう!」
「ダメだ全然聞く耳持ってない」
五分間の押し問答が繰り広げられた結果、俺が諦めた。
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