第55話 井上とは


 サッカー部の井上について俺が知っていることは一つだけ。それは容姿が整っているということ。つまりイケメン。


 けど知らないのも無理はない。

 関わりはないし、話したこともないのだから。

 

 しかし、一緒に卒祭実行委員として活動するとなれば関わらないわけにもいかない。


 なので井上について、少し知っていこうと思う。


「そういうことで、なにか知らない?」


「知らない」


 昼休み。

 日比野と二人で弁当をつつく。彼女は相変わらずのベジタブルランチボックスである。今日はトマトが多い。


「ていうか、私とご飯食べてていいの? に怒られるんじゃない?」


 昨日のことを気にしてか、日比野がそんなことを口にする。今もなお、ちらちらと結月の様子を伺っている。


 陽花里は学食にでも行っているのか教室にはいない。結月はいつもの友達と三人で集まっている。


 付き合ったとはいえ、それぞれの学校での立ち位置もあるので一緒にお昼を食べたりはしていない。

 俺の気持ちを尊重してのことなんだろう。なので、これについてももう少し考える必要はあると思う。


 二人にも友達付き合いがあるので、その時間も大切にはしたいよな。俺だって日比野とのこの時間は失いたくないし。


「それは、まあ、なんとかする」


「痴話喧嘩に巻き込まれるのはごめんだよ」


「そんなことより」


「そんなことじゃないんだけど」


 そう言いながらも日比野はそれ以上の追求はしてこなかった。日比野だって、この時間がなくなるのは寂しいと思っているはず……そうであってほしい。


「井上ね」


 言いながら、日比野は教室の中で騒ぐグループの中にいる井上の姿を横目で捉える。


 五人いて、ワイワイと騒ぐ男子二人の行動に笑っている。どちらかというと騒ぐ側というよりはそれを眺める側なのだろうか。


「井上健人。容姿が整っていて女子からの人気が高い」


「下の名前知ってるんだすごいな」


「さすがにそれは知っとこうよ。クラスメイトだよ」


 ぼそりとツッコみつつ、ふむと再び唸る。


「見たところ、感じのいい陽キャだね」


「友達も多そうだしな」


「私の苦手なタイプだよ」


「分かる」


 友達の多い陽キャ。

 典型的に苦手なタイプだ。ノリが良いんだろうけど、そもそもノリが違うから合わない可能性がある。


「私の嫌いなタイプでもある」


「そうなんだ?」


「私は陽キャが嫌いなんだよ。しかも女子にモテるタイプときたら間違いなくヤリチンだし」


「偏見えぐ」


「私の直感が警報を鳴らしてるんだ。あいつはイケメンの皮を被ったクソ野郎だってね」


 そこまで言わなくてもいいのに、とボロクソに叩かれる井上に同情していると日比野がからかうように笑って俺の顔を見た。


 口角が上がっている。


「まあ、クソ野郎度合いで言えば、堂々と二股してる桐島も負けてないか」


「背中押してくれたのに」



 *



「井上君ね。まあ、悪い人ではないっていう印象はあるけれど、正直言って私もそこまで知ってるわけじゃないのよね」


「悪い人ではないとは思ってるんだ?」


「教室での印象と、周りの人から聞く彼の人柄から考えるとね」


 放課後の図書室は相変わらず人がいない。これまで俺は何度も足を運んでいるけれど、人がいるところを見たことがないほどだ。

 うちの学校の生徒は本に興味がないのか、放課後の時間を使ってわざわざ読書をしようと思ってないだけか。


 ともあれ、やはり今日も人はいない。


 受付のところに図書委員の生徒が座っているだけ。時折顔を合わせる金髪ギャルが、いつものようにスマホでユーチューブを観ていた。

 人が来ないことは分かっているので、彼女としてもここが息抜きの場なのかもしれない。


 そんなわけで、人のいない図書室は気づけば俺と結月の密会の場となっていた。もちろん卑猥な意味ではない。

 

「珍しいわね、蒼くんが他人に興味持つなんて」


「俺だってたまには持つよ」


 珍しい、と言われるくらいには他人に興味持ってないように見えるのか、俺は。まあ、ないんだけど。


「いや、ほら、卒祭の実行委員で一緒になっただろ。だから、興味を持たざるを得なかったというか」


「そんなところだと思ったけどね」


 結月はぺら、と読んでいた本のページを捲る。

 会話はするけど、本も読むというのが俺たちの図書室での過ごし方だ。本も読まずに喋るだけなら帰れと言われても困るし。


「そんなことより」


 声をひそめて、結月は耳元で囁いてきた。慣れてきたと思ったら全然慣れてなくてびっくりする。

 俺は咄嗟に耳を押さえて距離を取った。


「……な、なに?」


 俺のリアクションに結月は嗜虐的な笑みを浮かべる。付き合ったので仕方ないといえば仕方ないんだけど、スキンシップが以前に比べてちょっと増えた。


 俺の耐性が追いついてないのが最近の悩みだ。


「私、今週は土曜日も日曜日も空いているのよね。なにもないの。これっぽっちも予定がなくて、どうしようもないくらい暇を持て余しているのよ」


「あ、へえ、ん?」


 ちらちら、と俺の方を見ながら結月が饒舌に喋る。いろいろ言っていたけど、つまりは週末暇だということ。


 彼女がなにを言いたいかくらいは、さすがに分かるのでその言葉に乗る。これはそもそも俺から言うべきことだったかもしれない。


「俺も暇だし、どっか行く?」


 言うと、結月の顔に花が咲く。

 

「行く! 行くわ! 朝から晩まで、むしろ一泊二日で行きまくりましょうっ!」


「いや一泊二日はさすがに無理だよ」


 冗談というか、勢いで言っただけなのは分かっているけど、結月はもしかしたら本気かもと思わせる一面があるので念の為。


「蒼くんってば、付き合ってから全然デートに行ってくれないんだもの。淋しくて辛かったわ」


「付き合ってまだ日は経ってないけどね」


 冬休みの終わりに付き合い始めたと考えると、まだ一週間程度なのだ。

 ということは、つまり恋人になってから初めてのデートということで。これは大事なイベントではないだろうか。


「どこに行くか考えておくわっ。蒼くんもどこか行きたいところがあってら言ってね!」


 早口に言うと、結月は立ち上がって行ってしまう。なにか用事でも思い出したのだろうか、と思いながらしばし、ぼうっと彼女が走っていった先を見つめていると。


「……」


 顔を赤くした結月が戻ってきた。

 どうしたんだろう。


「忘れもの?」


 見たところ、そういうのはなさそうだけど。俺は一応周囲を確認してみるがやはり見当たらない。


「……一緒に帰りましょう」


「なんで一旦出ていったの?」


「言わないで」


 こんな結月のリアクションは初めてだった。彼女でもわけわからん行動取ったりするんだなあ、とか思いました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る