第54話 イケてる人気者
こういうときに率先して手を挙げれる人を羨ましいと思う。
自分に利益があったり、そもそも乗り気だからというのが大前提なのかもしれないけれど、だとしても、俺はきっと上げられない。
大勢の人の視線を浴びるのが苦手なのだ。一歩前に出るのに、どれだけの勇気が必要か。
「おおー! じゃあ女子の方は琴吹さんでいいですね」
他に立候補者がいなかったこともあり、女子は陽花里ですんなりと決まった。
あとは男子だ。
こういう面倒な仕事を進んでやる生徒はあんまりいないと思う。現に、先生が誰かいないかと投げかけてきたとき、男子連中は俺も含め控えめなリアクションだった。
しかし、である。
今はちょっとざわざわしている。
現金な奴らめ。
つまり、女子が陽花里であればやってもいいということだ。陽花里と少しでも接点を作れるというのは、面倒くささを軽く凌駕するほどのメリットらしい。
こういうところを見ると、彼女は本当に人気なんだなと実感させられる。
実行委員は男女一名ずつ。
今から卒業祭までの期間で、きっと様々な面倒事が待っていることだろう。それを二人で力を合わせて乗り越えていく。
……二人で、ね。
「男子、誰かいませんかー?」
先生が再び、教室内の男子に声をかけたときだった。
ふと視線を感じた。
俺のような空気と馴染んだ存在感皆無の隅っこ暮らし生徒を見てくる生徒なんて限られている。だってクラスメイトのほとんどは俺の存在を認識してないはずだから。
結月か?
そう思い、彼女の方をちらと見る。
が、結月は隣の女子生徒と何かを話しているだけだった。俺の方は向いていない。
ということは、つまり。
そう思いながら、教卓を見やると陽花里がじいっと俺を見ていた。真顔で、なにも考えてないような表情で。
しかし、目が合うと彼女はにこりと笑顔を浮かべる。満面の笑みだった。言いたいことわかるよな? みたいな顔してる。
いやいやいやいやむりむりむりむり。
俺に卒祭実行委員になれと視線で訴えかけているんだよな?
俺なんかがこの場で挙手とかしようものなら、九割のクラスメイトから『は、誰あいつ』みたいな目を向けられること請け合いだ。
むむむう、と陽花里の顔は険しい表情へと切り替わっている。
男子連中も周りの様子を伺っている。ここで挙手をするということは陽花里と一緒だからやりますと言っているようなものだからな。
サッカー部の井上、野球部の北園、バレー部の竹内、バスケ部の橘、文芸部の平岡。
クラスのイケメンたちが互いを牽制し合っていた。
そんな中に俺が入り込むなんてライオンの檻にチワワをぶち込むようなもの。それまさしく鬼畜の所業。
「あの、わたしが指名してもいいですか?」
「え、ああ、いいんじゃないですか。誰も立候補しないし、琴吹さんに指名されたらやるしかないですしね?」
不穏な方向に物事が進んでいく。
陽花里の思いも寄らぬ提案に男子連中はざわつく。
……ざわざわ……ざわざわ……ざわざわ……。
「では、桐島くんにお願いします!」
駆け引きとか躊躇いとかそういうのなしで、間髪入れずに俺の名前を呼んだ陽花里。
俺が指名されることを恐れてやれやれしてたら肩透かしを喰らうみたいなパターンもあるかと思ったけど、そんなのなかった。
陽花里が俺の名前を呼んだ瞬間に近くから「ふっ」と笑う声が聞こえた。絶対日比野だ。
そんな日比野の反応とは打って変わってクラスメイトはと言うと、案の定『は? 桐島って誰?』という視線が俺を捉える。誤算だったのは、そこに底しれぬ殺意がこもっていたことかな。
「桐島くーん? ご指名ですよ、起立!」
先生に言われて、俺は恐る恐る立ち上がる。
「よろしくお願いしますね、桐島くん」
蒼、と名前で呼ばないのは陽花里なりの配慮なのだろう。そういうところは彼女なりに考えていて、だから俺も陽花里の提案を無下にはできなかった。
ていうか、ここで断ったところで陽花里が俺を指名したという事実はもう消えない。
ならば、もうやるしかないだろう。
「……が、頑張ります」
精一杯の作り笑顔をしているつもりだろうけど、多分上手く笑えてないだろうなあ。
*
卒祭実行委員に決まった俺と陽花里が教卓に立たされる。まず第一にここに立たされているだけでも辛いというのに、その上進行もしろとか言われたらいよいよ無理だ。不登校になるまである。
俺が内心ビクビク震えていると、それを察したのか陽花里が俺の背中をぽんと叩く。というか、優しく触れる。
彼女の方を向くと、陽花里は大丈夫だよとでも言うようににこりと笑った。
「それでは、実行委員はわたしと桐島くんの二人で進めていこうと思いますが、問題ないでしょうかー?」
陽花里の問いかけに教室の中はざわつく。
男子も女子も、凝視ではないもののちらちらと視線が俺に向く。流れと勢いでここまで来たけど、クラスメイトの中にある『誰だあいつ』と『なんで陽花里に指名されたの?』という疑問は一切払拭できていない。
視線が痛い。
誰かこの空気を変えてくれ、切に願っているとクラスメイトの一人が挙手する。
救世主かな、と俺はピンと綺麗に伸ばされた手の主を見た。
「はい」
結月だった。
「どうしたの?」
相手が結月だと陽花里の態度はフランクになる。やはりクラスメイトと家族とでは距離感も違ってくるのだろう。
こんなことを自分で言うのもなんだけど、俺にさえ陽花里は敬語を使っている。
同い年で。
まして、彼氏だというのに。
それがダメとも、嫌とも思ってはいないけれど、どうしてなのかは気になるところだな。
まあ、そんなことはさておき。
「二人だけだといろいろ大変だろうから、私も手伝うわ」
何を言い出すのかとクラスメイトの注目が集まる中、結月は堂々とした態度でそんなことを言う。
俺は先生の方を見た。
「まあ、いいんじゃないですかね。やりたいなら」
なんでちょっと投げやりなんだよ。
とはいえ、先生の許可は降りてしまったが、陽花里のリアクションはどうだろう。
俺は彼女の様子をちらと見る。
むむむ、みたいな感じで結月と視線をぶつけ合っていた。結月は結月で余裕の笑みを浮かべている。
バチバチと散る火花は俺にしか見えていないだろう。
「……まあ、そういうことならいいですけど。余計なことを……」
ぼそっと心の声漏れてますよ。
不満げな表情を見せる陽花里を横目に、俺は一つの問題を予感していた。
女子が二人になるということはつまり。
「そうなると、男の子ももう一人いた方がいいですかねー? バランス的にも。桐島君的にも女の子二人に挟まれるのは大変でしょうし」
「まあ、そですね」
肯定すると、陽花里と結月の視線の槍が俺を貫く。
だって大変なんだもん。作業がというよりは別の意味で。
この道を選んだのは確かに俺だけど、まだ対応し切れるほどの力はないんだよ。
「そういうことなので、男子ももう一人選ぶことになりました。誰かいませんかー?」
陽花里が改めて声を掛ける。
しかし、さっきの反応からしてソワソワすることはあっても、我こそはと挙手する男子はいないんじゃないかな。
と、思っていたんだけど。
「俺、やるよ」
声を上げた男子に視線が集まる。
あいつは……。
「他にいないなら、井上くんで決定しますけど大丈夫ですかー?」
サッカー部、井上。
下の名前は覚えていない。
ただ一つだけ分かっていることは、彼が紛うことなきイケメンだということだ。
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