第53話 立候補の意図は


 ところ変わって廊下まで連れてこられた俺。一応周りの視線を気にしてくれたのか、ひと気のない階段の踊り場を選んでくれていた。


 教室から連れ出した時点でクラスメイトから不審な目で見られていたんだけどね。


 少し遅れて陽花里もやってきた。


 形だけで見れば確実に不良にカツアゲされているいじめられっこである。


「えっと、それで?」


 二人して睨んでくるだけで一向に口を開かないので、しびれを切らした俺はそう切り出した。

 睨んではきているけれど、正直言って怖くはない。むしろ可愛いとさえ思えてしまうのだから恐ろしい。


「どうして呼び出されたか、蒼くんは分からないかしら?」


「……まあ」


 分からないこともないような気がしないでもないとも思うけど余計なことを言うべきではないよな。


「私は蒼くんのなにかしら?」


 結月は不機嫌になると、口調が少し淡々としたものになる。業務的、とでも言うのだろうか。


「彼女、ですかね」


「そうです。私は蒼くんの彼女です。正解」


 なんなんだ、これは。


「わたしは蒼のなんなのでしょう?」


 結月に続いて陽花里もそんなことを言う。むすっと頬を膨らませてはいるんだけど、小動物を思わせる可愛さが勝り怖さはない。


「彼女、ですね」


 他の人が聞いていたらヤバい奴と思われるようなことを言ってるな。

 俺の返事を聞いた陽花里はにこりと笑って、俺の頭に右手を乗せる。


「正解です。わたしは蒼の彼女ですね。よくできましたー」


 言い終わった陽花里は手を戻し、にこにこ笑顔が不意に消える。目のハイライトが消え、急に怖さを増した。よく見たら結月も同じ顔してる。さすが双子だ。


「こんなに可愛い彼女を放っておいて他の女の子と仲良くお喋りとは随分贅沢なことね?」


 壁ドンしながら迫られる。

 え、やだ怖い。情緒どうなってるんだ。


「日比野とは喋るなと? さすがにそれはちょっと」


「そうじゃないわ!」


 俺の弱々しい声を結月がかき消す。

 彼女ができようとも日比野との関係をどうこうするつもりはない。もしそんな申し出があればさすがの俺でも抗議する。


 しかし、そうではないと。


「蒼と日比野さんの関係をどうこう言うつもりはありません。二人の気持ちも知っていますし、わたしたちは蒼を信用していますので」


 戸惑う俺に陽花里が努めて優しい口調でそんなことを言ってくる。


「ただ、わたしたちは寂しいんです。蒼は以前、わたしたちに言いました。校内では極力話しかけないように、と」


「そうだね。言ったね」


 ああ。


 そういうことか。


 俺は得心する。

 

「彼女である私たちは話せないのに、蒼くんは日比野さんと楽しく喋っていて、それを指を咥えて見ることしかできないというのは耐え難いわ」


 確かにそうだよな。

 そこまで考えていなかった。


 彼女、だもんな。


「……ごめん。そこまで気が回ってなかったよ」


 俺は素直に謝罪した。

 彼女たちの主張は至極正しい。そう思うのも無理はないし、本来であれば俺はそんな思いをさせる前に何か手を考えるべきだった。


「それについては、改めないといけないかもな」


 どうしようかとは思っていた。

 思ってはいたけど、考えるには至っていなくて。


 だから、多分いい機会だったんだ。


 そう思い、口にした瞬間に結月と陽花里がババっと俺との距離を詰めてきた。


 きらきらと輝く瞳が眩した。


「それはつまり校内イチャイチャ解禁という意味かしら!?」


「教室でもらぶらぶして問題ないっていうことですか!?」


「さすがにそこまでは言ってない!」



 *



 学校での二人の姿を改めて見てみると、意外と一緒にいるシーンは少なかった。


 双子で姉妹だからということで二人はよく一緒にいるイメージだけど、考えてみればそもそもタイプは全然違うんだよな。


 結月はどちらかというとおとなしめというか、落ち着いた雰囲気があって、そういう友達と教室の片隅で密やかに談笑している。


 一方、陽花里はいわゆる陽キャというかリア充グループと賑やかな時間を過ごしているところを見かける。

 コミュ力が高く、誰とでも仲良くなれるので俺のような陰キャとも普通に喋りつつ、メインはそのグループなのだろう。


 二人に共通していることは、とにかく男子にモテるということだ。

 そんな二人と、お付き合いをしているなんてことが知れれば男子からどんな酷い仕打ちを受けるか想像するのも恐ろしい。


「……」


 付き合っているという事実は伏せつつ、なんかきっかけがあって会話くらいはするようになったという流れで行くか。


 なんてことを一日ずっと考えていた。気づけばもう六時間目で、ロングホームルームが始まっていた。


 担任の教師が教卓に立っている。


「うちの学校には卒業祭というものがあります」


 ブラウンのふわっとした髪をしている女性教師、成瀬先生だ。若くて美人ということから男子生徒から人気だし、歳が近くて親しみやすいという点から女子生徒からも人気のある当たり教師。らしい。


「平たく言えば、三年生を送る会みたいな感じですかね。文化祭みたいなものを、一年生と二年生で行い三年生に最後の思い出を作ってもらおうというお祭りです」


 三年生の卒業は三月だ。

 なにも三学期が始まってすぐに話さなければならない内容でもないと思うんだけど。あと二ヶ月はあるぞ。


「クラス単位での催しは必須。個人で何かしたい場合は別途申請が必要となります。今日はとりあえず、卒祭委員を決めようかなと思っているんですけど」


 文化祭委員的なことか。

 二ヶ月という長い時間をかけてゆっくりと準備を進めていくのだとしたら、その委員のスケジュール把握能力が重要となる。


 具体的にどういった仕事をするのかは分からないけど、面倒な役割であることだけは確かだ。


 まあ。


 こんなの進んでやりたがるのなんて学校行事に前のめりな陽キャくらいだ。少なくとも俺に関係ある問題ではない。


「男女一名ずつは欲しいんだけど」


 成瀬先生がどうかしらぁと生徒を見渡しながら、恐る恐るといった調子で言う。


 すると、ビシッと勢いよく綺麗な挙手が上がった。


「はいっ!」


 小学生のような元気な声。

 太陽のようなにっこり笑顔からは、面倒なんて感情は一切感じられない。


「わたし、やりたいです!」


 琴吹陽花里。

 どうやら彼女は学校行事に前のめりな陽キャだったらしい。まあ、陽花里らしいっちゃらしいけどね。

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