第50話 ぽろりと本音


 琴吹家のバスルームはどこにでもあるくらいの広さだ。大人と子どもであれば難なく入れるけれど、高校生になった女の子二人となると少し狭く感じる。


 お湯を張っているので湯気が立ちのぼる。もわっとした浴室内に琴吹姉妹は足を踏み入れた。


 もちろん、二人とも一糸まとわぬ姿である。姉妹であっても、双子であっても、高校生にもなると中々互いの素肌を曝す機会はなかなかない。


 言い出した陽花里でさえ、少しどきどきしていた。


「結月、座って」


「え、どうして」


「頭、洗ったげる!」


 陽花里の提案に一瞬戸惑いを見せた結月だったが、彼女の無垢な笑顔を見てすぐに安堵した。


 別に後ろから殴られるわけでもない。結月は何の躊躇いもなく、陽花里に背中を見せた。


 肌の色は陽花里に比べると結月の方が白く、全体的にほっそりとしている。そのわりに胸は大きい。

 陽花里はアウトドアな性分であるからか、肌の色は健康的だ。体のラインら細いは細いのだが、筋肉があるから結月よりもかっちりとしていた。


 髪を前側に下ろして露わになった背中はどこか色っぽく、同性の陽花里でさえドキドキしてしまう。

 この背中を蒼が見てしまうと、果たして彼はどんなリアクションを見せるのだろうか、なんてことを陽花里は考えていた。


 陽花里はスポンジに泡を馴染ませ、ゆっくりと結月の背中を洗い始めた。

 背中から腕、そのあとに脇と続ける。


「ちょ、くすぐったい」


「気にしない気にしない!」


「無理でしょ!?」


 後ろを洗い終え、陽花里の手はそのまま結月の前に向かう。右手でスポンジを動かし、左手は特にすることがないのですべすべの肌を堪能する。


「あ、んっ」


 油断していたのか、結月が艶のある声を漏らす。まさかそんな声が出ると思っていなくて、陽花里は思わず手を離した。


「……交代しましょうか。今度は私が洗ってあげるわ」


 こちらを向いた結月の表情は復讐心に満ちていて、陽花里は引きつった笑顔のままお断りの意思を示してみた。


「あはは、大丈夫だよ。自分で洗うから」


 が。


 もちろん。


「問答無用っ!」


「いぃぃぃぃやぁぁぁぁあああああああああ!」


 許されるはずがなかった。



 *



 二人の場所が変わり、体を洗い終えたところで結月が陽花里の髪を洗い始める。

 ゆっくりと丁寧に、念入りにしっかりとわしゃわしゃと手を動かす。


「……蒼、元気そうで良かったね」


 瞬間、ぴくりと結月の体が揺れた。

 分かってはいても、その名前を耳にすると動揺してしまう。


「そうね。本当に安心したわ」


 自分たちのせいで大怪我を負った蒼に対して、どう償えば心の中にある罪意識が拭えるのか分からなかった。


 どんな顔をして会えばいいのか分からなかった。


 だから、本当は回復の一報を貰った瞬間に飛んで行きたかったしお礼もちゃんとしたかった。


 けど、いろんなことを気にして足が動かなかったのだ。


「……それと、びっくりしたね」


 陽花里のしっとりと感情のこもった声色に、結月は「そうね」と返しながらこくりと頷く。


 ただ謝罪をするだけの日だと思っていたのに、まさか告白をされるとは。蒼の緊張した顔や声は今でも二人は鮮明に思い出せた。


 いつだったか、二人は蒼に自分の気持ちを伝えた。自分に振り向かせてみせると宣言し、それからいろんなアプローチを仕掛けてみせた。


 その結果が二股宣言だとは想像もしていなかったが。


「わたしね、結月には負けたくなかった。二人とも全力出して、でも最後はわたしが勝ちたかったんだ」


「知ってたわ。陽花里は負けず嫌いだものね」


「それは結月もでしょ?」


 陽花里が言うと、結月はおかしそうに笑った。


 お互いがお互いに意識していた。

 絶対に負けたくないと思っていた。


 そんな二人にとって、蒼からの『二人と付き合いたい』という告白はどう映ったのだろうか。


「でもね、クリスマスの日に三人でデートしたでしょ?」


「ええ」


 まるで二人の記憶がリンクしたように、クリスマスのときのことが蘇っていく。


 どうなるのだろう、と不安だったけれど、いざその日が来たら不安なんてすぐに吹っ飛んだ。


「すごく楽しかったんだ」


「そうね。私もそう思ったわ」


 陽花里の髪を洗い終えたところで二人はポジションを変える。今度は陽花里が結月の髪を洗っていく。

 陽花里は中学の時にはもう髪が短かったので、長い髪に触れると新鮮な気持ちになる。


「三人で付き合うってああいう感じなのかな」


「……どうかしらね。もしかしたら、独占欲が強くなるかも」


「あー。わたし一人を愛してほしい! みたいな?」


「女の子ってそういう生き物でしょ」


 たしかにー、と陽花里が笑う。


「そういうときは一人だけを愛する日を作ろうよ。蒼にめいっぱい可愛がってもらお?」


「私がイチャイチャしてても文句言わないでよね」


「あはは、こっちのセリフだよ」


 髪を洗い終え、二人は湯船に浸かる。子どもの頃なら二人で入っても全然広いと感じていたけど、高校生にもなるとさすがに狭い。


 スレンダーな陽花里に対し、結月は全体的にスタイルが良い。向かい合って入ると、否応なしにたわわに実った胸が視界に入ってくる。


 むう、と陽花里は唸ってしまった。


 気を取り直して、ふうと息を吐く。


「……ねえ、結月」


「……なによ、陽花里」


 まっすぐにお互い見つめ合う。

 なにを言うかなんて、きっともう分かっている。それでもちゃんと口にする。


 言葉にしなければいけないことだから。


「わたしは三人で付き合ってもいいと思ってる。ううん、付き合いたい」


「私も同じよ。どうなるか分からないけれど、きっと何があっても話し合って前に進める」


 

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