第49話 それぞれの気持ち


 海外だとどうかは知らないけど、日本では一人の男性に対して一人の女性が付き合うことはだ。


 だから、二股や浮気といったものが悪とされている。もちろん、俺にだってそういう意識はあって、どうしても一歩踏み出せないでいた。


 けど。


 もう。


 後戻りはできない。


 俺は覚悟を決めたから。

 どちらか片方なんて選べない。それくらい二人は魅力的だ。

 

 選ぼうとした。

 そのために二人のことを知ろうとした。


 けど、知れば知るほど選べなくなったんだ。


「どちらか一人を選ぶことはできなかった。だから、もし、俺は二人と付き合いたいと思ってる」


 許されるなら。


 日比野に問われたその問題。


 俺は誰に許されたいと思っていたのか。


 誰に許されれば、この問題は解決するのか。


 考えた。


 答えは明白だった。


「……二人と」


「付き合う……」


 短く呟いた結月と陽花里はお互いの顔を見合わせた。頬を伝っていた涙はいつの間にか止まっていて、その表情は驚きか、困惑か、そういった感情に支配されていた。


 二人が戸惑うのも分かる。

 むしろ、それが当たり前なんだ。俺が出した結論こそ、この世界においてはイレギュラーなものなのだから。


 だから、断られる可能性だって十分にある。そうなった場合のことを考えていなかったことに気付いた。どうしよう、こんなこと言ってやっぱり改めて一人を選びますなんて言えない。


 というか、それでもやっぱり選べない。


「ちょっとだけ考えさせてもらってもいいかしら」


 結月が言う。

 神妙な顔つきはいつもの彼女のものではない。


「ああ、もちろん」


 俺だってすんなりと理解してもらえるとは思っていなかったし。むしろ、考えさせてという提案でさえありがたいほどだ。


「気持ちを伝えてくれてありがとう。嬉しかったわ」


「だからこそ、一度ちゃんと話し合いたいんです。きっと、これは大切なことだから」


 あとは二人次第だ。

 答えを出すのにさんざ時間をかけた俺が、今度は待つ側に回ることになるとは。答えを出すのに長い時間をかけた分、いくらでも待つとしよう。



 *



 考えもしなかった。


 だって、そんなの普通じゃないもの。


 私と、陽花里。

 二人と付き合うなんて。


「……」


 私は自室でベッドに寝転がり、天井を見上げていた。気づけば口から息が漏れる。溜息ではない。なら、なんなのだろう。


 まさか、こんなことになるなんて思ってもいなかったわ。もちろん、私たち二人への告白も驚きなんだけど、今日は蒼くんに謝ることが目的だったから、彼の口からあんな言葉が出てきたときには思わず言葉を失った。


 私のことを好きだと言ってくれた。

 それはすごく嬉しいことだ。

 でも、私一人を選ばなかったということは、陽花里も同じくらい好きということだ。


 陽花里には負けたくなかった。


 絶対に勝ちたいと思っていた。


 蒼くんのことは好き。

 でも。

 陽花里のことだって好き。


 あの子の悲しむ顔なんて見たくない。もしも陽花里を泣かせるような相手がいれば、引っ叩いてやるつもりだ。


 でも、こういう形になってしまったのだから、どちらかが涙を流すのは当たり前だと思ってた。


 もしも蒼くんが私を選んだとしたら、私自身が陽花里を泣かせることになってしまう。


 そのことに、少し罪悪感はあって。


 陽花里の涙の上に、私の幸せがあっていいのか。


 そこがずっと引っかかっていた。


「二人と付き合う、か」


 そんなことが可能なら。


 もしも、本当に、そんなことができてしまうのなら……。


「……」


 陽花里はどう思っているのだろう。



 *



 結月には負けたくない。

 わたしはずっと追いかけていたから。


 今回の恋愛だって、蒼を譲るつもりはなかった。結月の悲しそうな顔を見るのは辛いけれど、でもそれは仕方のないことだって自分なりに納得はしていて。


 だから、逆に言えば、結月が選ばれたのだとしたら、そのときはちゃんと祝福するつもりでもあった。


「んー」


 わたしは夜道を軽くランニングしていた。

 お母さんには危ないよと言われたけれど、街頭があって人通りの多い駅までの道ならばと、少しだけ許された。


 もやもやしたときは走るに限る。


 そしたら自然と頭がスッキリするから。


 結月とわたし、二人が蒼の彼女か。


 考えもしなかったな。

 結月に勝つことばかり考えていたから。


 結月とはずっと一緒にいた。

 赤ちゃんのときから、今に至るまで本当にずっと。


 わたしの隣に結月がいないことが想像できないくらいには、いつもそこには結月がいた。


「……はぁ、はっ」


 自然とランニングのペースが上がる。

 駅まで到着したところで折り返す。

 それを繰り返すこと三往復目。さすがにそろそろ戻らないとお母さんが心配するだろうと思い、ラストスパートをかける。


 クリスマスを、わたしたちは三人で過ごした。


 わたしと。

 蒼と。

 結月の三人。


 わたしたち二人が選ばれるっていうのは、つまりあの日のような毎日が待っているってことなのかな?


 あの日は楽しかったな。


 最後にあんなことが起こってしまったけど、確かに最高の一日だった。


 もし。


 そんな日々が続くのなら……。


「ただいまー」


 家に到着したわたしはリビングのお母さんにそう言って、そのまま結月の部屋の前に向かった。


 こんこん、と軽くノックをすると中から「どうぞ」と結月の落ち着いた声が返ってきた。


 わたしは小さく息を吐いて、そして覚悟を決めてドアを開ける。


 わたしの顔を見てか、結月は目を丸くした。どんな顔をしていたんだろう。変な顔はしていないつもりなんだけど。


「どうしたの? そんなに汗かいて」


 ああ、汗かいてることに驚いていただけだったのね。


「ちょっと外走ってたんだ」


「……ふうん」


 わたしが言うと、結月は含みのある返事をする。わたしがこんな時間にわざわざ走りに行く理由を、なんとなく察したんだと思う。


 姉妹なんだもん。それも双子。


 それくらいは分かり合っている。


 でも。


 分かり合えていないこともある。


 そういうときはいつだって、向き合って話し合うしかないよね。これまでもずっとそうしてきたんだし。


「お風呂入らない?」


「ええー」


 結月は嫌そうな顔をした。

 昔はよく一緒に入っていたのに。


 ていうか、ここは快く受け入れる流れなのでは?

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