第51話 これからも
結月、陽花里と会って告白をした日から数日。今日は冬休み最終日である。
俺は早朝に起床してからひたすらに勉強机と向き合っていた。
ここ数日ずっとこうだ。
宿題をすることに必死だったので、二人のことを考える余裕もなかった。あの日以降、二人からの連絡はない。
考えさせてほしい、と言っていたのできっと二人で話し合っているのだと思う。
そう簡単に決めれる問題でもないだろうしな。
とにかく宿題を終わらせる、という気持ちで手と頭を動かし続け、お昼を回った今、ようやく終わりが見え始めた。
人間、その気になれば何でもできるもんだなと改めて思う。だって絶対無理だと思ったもん。
あとは数学の問題を解けばいよいよ終わりだ。
ゴールを目前にしたところで俺はシャーペンを置いて立ち上がる。ぐぐっと体を伸ばすと体のあちこちがパキポキと音を鳴らした。
座りっぱなしだったからな、無理もない。
さて、もう終わったようなもんだしここらでランチタイムでも設けるとしようか。
そう思いキッチンへと向かう。
母は仕事で朝からおらず、朱夏も遊びに行っているのか姿が見えない。冷蔵庫の中を確認してみるが、昼飯になりそうなものが見当たらない。
「……まじかよ」
棚を漁るがカップ麺などもない。
かといって何も食べないというのは辛い。
ここは気分転換も兼ねて、外になにか食べに行くか。夏休み最終日だし、ちょっとくらい贅沢してもいいだろう。
そうと決まれば着替えてレッツラゴーと家を出る。人と会うわけでもないので、服は少しダボッとしたラリックマのキャラが描かれたトレーナーにジーンズ、その上からジャケットを羽織って家を出る。
自転車をすいすいと進ませ駅の方へと向かっていたところで、ポケットの中に入れていたスマホがヴヴヴと震えた。
「……」
メッセージは俺、結月、陽花里の三人で作られたグループに送られてきていた。メッセージ主は結月で、その内容は『これから少し会えないかしら』というものだった。
着替えに戻ったほうがいいかな?
*
せっかくなのでランチを一緒にどうだろう、という提案があった。ちょうど外に出ていたので俺があっちへ向かうことにした。
結月が選んだ店に到着し、中に入る。
内装は落ち着いていた。うっすら暗い店内にクラシックの音楽が流れている。人の数はまばらだ。人気じゃないのか、それとも隠れた名店なのか。
場所だけで言えば全然隠れてなかったけど。
「こっちでーす」
入口でどうしたものかと考えていると、俺に気付いた陽花里がぶんぶんと手を振ってきた。恥ずかしいからやめてほしい。
少しドタバタしていたのか、ようやくやってきた店員さんに待ち合わせであることを伝えて陽花里たちに合流する。
メッセージの送信主は結月。
けれど、陽花里もこの場にいる。
いつもと変わらない調子の二人にほっとする一方で、少し不安もよぎってしまう。
きっと、この前の告白の返事をしてくるのだと思う。雰囲気からすると前向きな返事があると思ってしまうけど、絶対に大丈夫という確信はない。
「ごめんなさい。わざわざ来てもらって」
俺が二人の向かいに座ると結月がそんなことを言ってくる。俺はそれにかぶりを振った。
「いや、ご飯食べようと思ってたからむしろちょうど良かった」
「そう。なら良かったわ」
「ここのオムライスは絶品なんですよ! ぜひ、ご賞味あれです!」
メニューを見てみるとコーヒーを始めサンドイッチのような軽食や、オムライスやハンバーグといったガッツリ飯も置いてあるらしい。
おすすめというのなら、そのオムライスとやらの味を確かめてやろうじゃあないか。
「二人はなにか頼んだのか?」
「私はコーヒーとサンドイッチ」
「わたしはオレンジジュースとパンケーキです」
メニューの幅が広すぎる。
そういうことならと俺も注文を済ます。料理が来るまで少し時間ができてしまったが。
ここは本題を切り出すべきか。
それとも雑談で場を温めるべきか。
「蒼くん、宿題はもう終わった?」
などと悩んでいると、結月の方から雑談を投げかけてきた。
「まあ、なんとか終わりの目処が立ったよ。だから気分転換に出かけようかなって」
言いながら、ふと疑問に思う。
「俺、宿題に追われてる話したっけ?」
「いいえ。してないわ」
だよね。
「じゃあどうしてこんな話題?」
「結月と話してたんです。蒼は夏休みの宿題を最後まで残しそうなタイプだよねって」
「私は意外としっかりしているタイプだと思っていたんだけど」
二人はおかしそうに笑いながらそんなことを言う。ご飯でも食べながら、あるいはどちらかの部屋でダラダラしながら、そんな感じで会話をしていたのだろうか。
そんな二人だけの時間に自分が登場していることが、なんだか嬉しかった。
「お待たせしました」
料理が到着した。
俺の前にはオムライス。
結月の前にサンドイッチ、陽花里の前にパンケーキが置かれた。どれも美味しそうだ。
いただきます、と唱えてから俺は美味と噂のオムライスをスプーンで掬う。
ふわふわの卵の上からデミグラスソースがかかっている。通常のオムライスにひと手間加えることから家庭で作るには少し面倒なタイプのオムライス。
「どうですか?」
「んまい! 卵はふわふわでとろとろだし、デミグラスソースもちょうどいいし、中のチキンライスも絶妙な具合だ!」
「下手くそね」
「美味しさが伝わってきません」
……食レポ練習したほうがいいかな。
それから、食事をしながらたわいない会話をする。
その内容は主にここ数日で結月と陽花里が話した雑談について。二人の生活の中に俺がいることを感じて、やっぱり胸が温かくなった。
こんな気持ちは初めてだ。
改めて、俺は二人が好きなんだと実感した。
「それで、私たち話し合ったの」
二人の雰囲気がさっきまでの和気あいあいとしたものから、少し真面目なものに切り替わる。
俺は口につけていたコップをテーブルに置き、水をごくりと飲み込んだ。
つい構えてしまう。
「蒼の気持ちを聞いて、ちゃんと二人で話し合ったんです。これからのこと。わたしたちの気持ち」
「……うん」
俺はただ、言葉を待つ。
心臓の動きがバクバクと速くなっていた。さっき飲んだばかりなのにもう喉が乾いている。
もしも、という覚悟もしてきた。
でも、もし叶うならという期待もしている。
「いろいろと思っていることはあって、それは少しずつ違ったりもしていて」
落ち着いた声色で結月が話す。
まるで子どもに話しかけるような母性に満ちた優しい笑みで。
「けど、蒼への気持ちは変わらなくて。だから、これからのことを話し合ったとき、胸にあった答えは同じでした」
陽花里もすべてを包み込むような慈愛に満ちた笑顔を浮かべる。頰は朱色に染まり、声色はどこか弾んでいた。
結月と陽花里は一度、目を合わせてからこくりと頷き、そして俺の方を向き直った。
「これからよろしくね、蒼くん」
「これからよろしくお願いします、蒼」
えっと、と俺は二人の答えの真意を確認しようと言葉を探した。そんな俺を見て、くすくすと笑い二人はさらに続けた。
「私たち二人を相手にするのはきっと大変よ?」
「これからも、三人でもっと楽しいこと、いっぱいしましょうね!」
そんな結月と陽花里と。
「こちらこそ、よろしく」
俺の彼女たちと、これからどんな日々が待っているのか。
予想ができなさすぎて少し怖いけれど。
それ以上にワクワクしている自分がいることに驚いた。
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