第47話 曇りのち


 ホームから出て琴吹家の方に歩いているとその途中に公園がある。駅から五分くらいだろうか。


 走っても仕方ないので、ゆっくりと歩いて向かう。さすがにまだ公園にはいないだろうしな。女の子はお出掛けの準備が大変らしいし。ソースは朱夏。


 歩きながら考える。


 俺はどうすればいいんだろうか、と。


 結月が好きだと気付いた。

 陽花里が好きだと気付いた。


 その気持ちに優劣はない。

 二人とも、同じくらい好きだ。


 二人は俺のことを好きだと言ってくれているわけで、つまり俺がこの気持ちを伝えれば、少なからず何かしらの進展があることは間違いない。


 二人のうちから一人を選ぶことができるか。


 いや、無理だ。


 二人とも魅力的なんだから。


 ならば、玄馬さんや日比野が言っていたように二人と付き合う?


 でも、それは誠実とは違うんじゃないだろうか。


「……」


 気づけば、俺は電話をかけていた。


『なに?』


 三コール目で応じてくれた日比野はいつもと変わらない、低めのテンションだった。この感じが落ち着くんだけどな。


「ちょっといいか?」


『よくなかったら電話に出てないよ』


 日比野は相変わらずの調子だった。

 そういえば、彼女は俺が入院したことを知らないんだよな。

 もともと頻繁に連絡を取り合うわけではなく、必要なときに必要な連絡をするのが俺と日比野の関係だ。


 こうして無事に復帰したわけだし、わざわざ報告することもないか。変に心配かけてもなんだし。

 

「だよな」


 言って、俺は考える。

 さて、どう話したものか。

 考えなしに電話をしてしまったので話す内容が全然まとまっていない。


 そもそも俺は何を知りたいんだ。

 日比野に何を言ってほしいんだ。


『なに?』


 沈黙が起こり、日比野が話の催促をしてくる。


「前にさ、双子姉妹の話したじゃん」


『したね』


「あのときにさ、両方と付き合えばいいとか言ってたろ」


『言ったよ。そんな贅沢な話があっていいのかってところだけど』


「あれは本心だったか?」


『半分は本心かな』


「もう半分は?」


『軽口』


 冗談半分ってところか。

 けど、逆に言えば半分は本気ということになる。


「ほんとにさ、そんな選択をして許されると思うか?」


 多分。


 というか、まあ、絶対。


 俺はその選択をするのが怖いんだ。

 だって、普通に考えてあり得ないことだから。誰しもが当たり前のように選ぶ道ではないから。


『桐島は誰に許されたいの?』


「え?」

 

 日比野の質問に俺は一瞬、言葉を詰まらせた。まさかそんなことを訊かれるとは思っていなかった。


 誰に許されたい、か。


『許されるのかなって言ってるけど、それは誰から許されたいのかって訊いたんだよ。双子の二人? その両親? それとも桐島の妹さん? そうじゃなければ、世間?』


「……」


『桐島が抱えている問題……というか、不安かな。それは誰に許されさえすればなくなるんだろうね。長年、人の視線なんて気にもせずに一人でいた桐島が、今さら世間の目を気にするとは思えないけど』


 周りになんて思われようとどうだっていい。そう思っていたこともあった。でも今はそうじゃない。

 気にしたからこそ結月や陽花里と接点を持ったことを隠そうとしたんだから。


 けど、それはやっぱり重要じゃない。

 俺が、彼女らが、誰と仲良くなろうと知ったことではないし、もし仮に二人と付き合うことになったとしても迷惑はかけない。だから、どう思われても構わない。


『私から言えるのはそれだけだよ。そろそろブロッコリーが茹で上がるから』


「……ああ、邪魔して悪かったな」


『別に。新学期、桐島の顔を見るのが楽しみだよ』


「なんで?」


『間抜けみたいなだらしない顔なのか、リストラされた人みたいな絶望に満ちた顔なのか、気になるところでしょ』


「ひどいな」


『心配しないでも、もちろん前者であることを祈ってるよ。じゃあね』


 そして、ぶつりと通話は切られた。

 電話を切ることに些少の躊躇いもなかった。むしろ急いでいたようにさえ思う。ブロッコリーが危なかったのかね。


「……よし」


 考えはまとまった。

 自分がやらなければならないことも分かった。


 だったらもう、このまま進むしかないよな。



 *



 公園に到着したが二人の姿はまだなかった。

 ベンチに座ろうかとも思ったけど、じっとしていると寒くなりそうだったのでぶらぶらと公園の中を歩くことにした。


 そういえば、とカバンの中を確認する。朱夏に言われて購入したボディバッグだ。無難に黒色のものを選んだ。


 いつもは財布とキーケースを入れるくらいなのでちょっと大きく感じるくらいだけど、今日はいつもより荷物が多いのでちょうどよく思う。


 取り出したのは二つの袋。


 クリスマスの日に二人に渡すはずだったプレゼントだ。日比野に付き合ってもらい何とか選んだというのに、事故に遭ってしまい渡せずに終わってしまった。


 ぐちゃぐちゃになったりしなかったのは幸いだな、なんてこともこうして無事だったから言えることだが。


 なんとなくぐるぐる考えていると最終的にブランコに辿り着く。高校生どころか、中学生の時にはもう乗ることがなくなった遊具。

 俺がそこに腰を下ろしたのは間違いなく気まぐれだった。


 どうしてそんな気まぐれが起こったのかというと、それは緊張が原因だろうなきっと。


 ぎい、とブランコを漕ぎ始める。


 ただ前後に揺れるイスに座る遊具のなにが面白いのか疑問だった。だから小学生のときから、あんまりブランコに乗ることはなかった。そもそも公園に来ることが少なかったんだけど。


 でも。


 意外と面白いもんだ。


 なんだろう、こう、簡易的に楽しめる遊園地のアトラクションのような。しっかりとした設備でない分、遊園地よりよっぽど危険だな。


 やってみなきゃ分かんないな。


 何事も。


 ブランコの魅力に気付かされ、気づけば勢いが随分増していた。


 そのとき。


「蒼くん」

「お待たせしました」


 結月と陽花里の接近に気づかなかった俺は二人に呼ばれ、そちらを向く。

 なんか一人でめちゃくちゃエンジョイしてる奴みたいに見られているような気がする。


 事実だから何も言えない。


「……ひ、久しぶり」


 ブランコの勢いを弱めていき、お尻を離した俺は平然を保ちながら二人に近づいていく。


「……久しぶり」

「……です」


 二人のテンションが異常なまでに低いのは、俺のブランコエンジョイな姿に引いているからではないだろう。


 ないよな?


 まずはその暗い表情を晴らすところから始めていかなければいけないらしい。

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