第44話 反射行動
駅までの道をゆっくりと進んでいく。
ほとんどの人が何となく空気を読んで列のまま歩いている中、時折見かける自由な人が空気を乱す。
楽しそうに談笑しながら周りのことは気にせずにずかずかと前に歩いていく男子二人組。
後ろの人など視界にも入っていないのか、マイペースにダラダラと歩く女子三人。
手を繋ぎながら二人だけの世界に突入しているカップル。
今日はクリスマス。
誰もが特別を求める、そんな一日だ。それももう終わりを間近に控えていて、少しでも残された時間を楽しもうと必死なようにも見えた。
仕方ない、と思う反面、他にも人がいるということは頭の片隅にでも置いておいてほしいものだ。
「蒼は今日、楽しかったですか?」
いつの間にか前を歩く結月と陽花里。三人並んで歩くのは邪魔だろうと思い、こうして前後に分かれている。
陽花里がこちらを振り返りながら尋ねてきたので、俺は「楽しかったよ」と即答する。
するとなぜか二人が驚いた顔をした。俺、変なこと言ってないと思うんだけど。
「なにその顔」
素直に疑問を口にする。
「いや、素直だなと思いまして」
「それも即答だなんて。めちゃくちゃ考えると思っていたわ」
俺ってそういう印象なんだ。
男らしい一面なんて見せれてないから無理もないけど。
「考える必要もないくらい楽しいと思ったんだよ」
これまで過ごしてきたクリスマスの中でも今日という一日はどの記憶よりも楽しいものだった。
こういうのも悪くない、むしろ良いとさえ思えた。そう思うことができたのはこの二人のおかげだ。
きっかけは俺が彼女らの母を助けたということだけど、そのお礼がしたいというのが始まりだったけれど、俺は十分過ぎるものを貰っている。
むしろ、今度は俺が返さないといけないような。
「蒼くんがこれまでになく素直ね。これはなんだか怖いまであるわ」
「蒼も成長してるんだよ。ちゃんと、わたしたちの愛が伝わってるってことなのかな」
そんなことを考えていると、俺はカバンの中にあるクリスマスプレゼントを渡していないことを思い出した。
さすがにこの人混みの中では渡せないので、もう少し落ち着いたタイミングを図らなければならないな。
さっきのイルミネーションの場で渡すのがシチュエーション的にも最高だったのは考えるまでもない。けど、本当にすっかり忘れていた。
楽しくて。
綺麗で。
愛おしい時間だったから。
「陽花里よりも私の愛の方が伝わっているでしょうけどね」
「いやいや、どう考えてもわたしだよ。なんたってプリクラ撮りましたから! 二人の最高の思い出を形にして残しちゃいましたから!」
言いながら、陽花里がスマホを出して結月に見せびらかす。それを見た結月がぐぬぬと唸る。まだやってるよ。
「ねえ、蒼も見せてあげてください。わたしたちの愛の証を!」
「どういうこと?」
「蒼もスマホにプリクラ貼ってくれてますから。おそろですから!」
「はあ?」
結月が怖い顔で俺を見てくる。
睨む、というわけではないんだろうけどその迫力は相当だった。
「いや、陽花里が貼っただけで俺は別に」
「貼ってるんだぁ……」
言い訳すると、結月はその事実にガーンとショックを受けたように弱々しく言葉を漏らした。
「蒼くん?」
「な、なに?」
俺は結月の迫力にたじろぐ。
前を歩いているせいで表情がしっかり見えない。声色だけで判断すると、少々ご機嫌ななめなようにも思えるんだけど。
「私とも撮ってよね。プリクラ」
「え、いや、でも」
恥ずかしいからできれば遠慮したくてお断りしそうになったけど、陽花里とだけ撮るというのは結月が可哀想というか、申し訳なく思う。
なので。
「……まあ、次の機会があればな」
こう返すことにした。
すると結月はふふんと得意げな顔を陽花里に向け、陽花里はええーと残念そうな声を漏らした。
そして、陽花里が結月から俺の方へと視線を移した。その表情はなんとも言えない不満げなものとなっていた。
だってしょうがないじゃないか。
「陽花里も、結月も、俺にとっては大事な相手なんだ。そこに優劣とかはないんだって」
言ってから。
俺ははっとする。
あまり考えないままに口にした言葉だった。
けど、だから、それはきっと俺の本音で。
二人に優劣はない。
それはつまり、俺にとっては二人とも特別で、今のところはまだどちらかを選ぶことはできないということだ。
「優劣はないんだって」
「みたいね。まあ、悪い気はしないわ」
にひ、と笑う陽花里に結月も小さく笑みを返す。そこにさっきまでのような争いの雰囲気はなく、空気はどこまでも穏やかに見えた。
「二人は楽しかったか?」
そういえばこっちからは訊いてなかった。
今日一日の彼女らを見ていて、否定的な答えが返ってくるとは思えないけれど、一応ちゃんと確認しておこうか。
駅が見えてきて、俺たちは横断歩道の前で足を止めた。信号が変わるまで待つことになり、俺は結月と陽花里の隣に移動する。
結月と陽花里は顔を見合わせ、そして顔をこちらに向けてにいっと笑った。
「もちろんよ」
「もちろんです」
その笑顔には偽りの色は見えなくて、それが彼女らの本心であることがしっかりと伺えた。
「最初はどうなるかなって思ったけど、結月と三人っていうのも案外悪くなかったかな」
「同意見ね。もし私だけが蒼くんと会っていたら、きっと頭の何処かに陽花里がいただろうし。逆だったとしたら嫉妬の炎で家が燃えていたに違いないわ」
「あはは。かもね」
にこやかに恐ろしいことを楽しげに話す二人。
俺と出会うずっと前から二人は一緒にいて、互いのことが大好きだったんだ。
敵対、というほどではないけれど、同じものを取り合うライバルみたいな関係になったとしても根っこの部分は変われない。
どこまでも互いのことを思い合う、仲睦まじい姉妹なんだな。
「ねえ蒼くん」
「ねえ、蒼」
二人が真剣な表情でこちらを振り返った。
そのときだった。
「おいこっちまで来いよ」
「てめえ待てこら!」
「うえーい!」
後ろからやけにテンションの高い男子三人組がこちらに走ってきていた。振り返り確認すると、俺たちよりも少し歳上。大学生くらいに見える人だった。
駅へと続く道。
俺たちは信号を待っていて。
その三人のうちの一人が雪で濡れた道で足を滑らせバランスを崩し。
勢いよく隣にいた結月にぶつかり。
結月がふんばりが間に合わず倒れそうになったところを。
陽花里が結月の腕を咄嗟に掴み。
けれど、勢いに負けて陽花里までもが引っ張られてしまい。
俺は慌てて陽花里に手を伸ばし。
「危ないッ」
彼女の腕を掴み。
思いっきり、力の限り、彼女らを引っ張る。
おかげで彼女らの勢いは弱まり、前の人に少しぶつかっただけで済んだが。
俺は彼女らの勢いを弱めるために思いっきり引っ張った結果、そのまま道路の方へと倒れてしまう。
幸いだったのは、びゅんびゅんと車が猛スピードで飛び交っていなかったということ。
不幸だったのは。
そのタイミングでちょうど、一台の車がこちらに向かって走ってきていたことだった。
「蒼くんッ!」
「蒼ッ!」
ゴッ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます