第43話 雪降る街で
時計の針が夜の八時を回った頃になると、イルミネーションを見上げる人の数はさらに増えていった。
おしゃれなディナーを堪能して、そのあとにこうして光彩に包まれた光の道を歩こうと考える人がほとんどだったのだろう。
さすがはクリスマスだ。
夜のカップルの注目をかっさらっている。この日、何よりも人の心を魅了したのはこの無数に彩られた光たちなのかもしれない。
などと考えていた俺は目の前でイルミネーションを見上げながら話す結月と陽花里に注意を戻す。
俺の視線が向いたことに気づいたからか、陽花里が笑顔を浮かべながらこんなことを訊いてきた。
「蒼はクリスマスの思い出ってあります?」
「クリスマスの思い出?」
言われて唸る。
友達とクリスマスパーティーとかするタイプではなかったし、家族ではしゃぐようなこともなかった。
「二人は?」
参考までに訊いてみる。
「わたしは中学生のときのクラスのクリスマスパーティーですかね。めちゃくちゃ盛り上がったところで告白大会が始まったんですよ」
「なにその恐ろしい大会」
秘密を暴露し合うのだろうか。
めちゃくちゃ盛り上がったとしても限度があるでしょ。突然、それぞれ秘密を持ち寄って暴露し合いましょうとか言われたらテンションの温度差で風邪引くぞ。
「恐ろしくないですよー」
「どう考えても恐ろしいんだけど」
「ロマンチックでしょ。その告白大会で十組のカップルが誕生したんですよ?」
「カップル?」
言われて、ようやく合点がいく。
告白って告白のことか。そりゃそうか。よくよく考えればそれ以外にあり得ないな。告白と聞いて最初に暴露が出てくるのよくないですねえ。
「そういうことか……ていうか、すごいなその数」
「でしょう?」
十組ってことはつまり二十人だろ。クラスの集まりって言ってたから、つまりそのクラスの半分は付き合っていたということになる。
「陽花里は告白されたりしなかったのか?」
「ええっと、まあ、数人から」
陽花里は気まずそうに笑う。
今の質問は少しデリカシーがなかっただろうか。
「陽花里に告白しなかった男子は漏れなくカップル成立しているのよ」
隣で聞いていた結月がそんなことを言った。だとしたらすげえな陽花里。
「わたしが告白されたというのは置いておいてですね、つまりその告白大会が印象深いなと」
陽花里が慌てて話を戻す。
あんまり広げられたくもないだろうから、ここは素直に従っておこうか。
「結月は?」
陽花里は話のようにみんなでわいわいしている思い出があっても不思議じゃないし、むしろ想像通りなんだけど、結月はそういうイメージが沸かないんだよな。
結月はそうねえ、と呟きながら顎に手を当て考える素振りを見せた。
「陽花里みたいに楽しかったってわけじゃなくて、衝撃過ぎて今でも忘れられないっていう思い出だけど、サンタクロースが実は存在しないんだと知った時のことは今でも鮮明に覚えているわね」
「なにがあったんだ」
サンタクロースの存在をいつ説明するかは家族によって異なるだろう。小学生の間に明かすのがほとんどだろうけど、遅いところだとタイミングを逃して中学生になってしまう家族もあるかもしれない。
ちなみにうちは小学生になった頃の時点で『サンタクロースはいないよ』と母さんから聞かされたんだっけ。
俺はマジかよくらいの驚きだったけど、朱夏は当時めちゃくちゃ驚いてたなあ。
「忘れもしない小学三年生のクリスマス。私たちは毎年、サンタさんからプレゼントを貰っていたの」
「うん」
「その年もワクワクしながら眠りについたわ。ちゃんと寝ていないとサンタさんが来ないと言われていたからね」
見られるわけにはいかないもんな。
どこの家族もそういうふうに言われているんだな。
「その日は疲れていて、いつもより早く眠たくなったの。いつもは遊んでいたおもちゃも片付けるんだけど、明日でいっかと怠惰を働いたのがいけなかったわ」
オチの予想はできたけど、ここまで来たので一応聞いておくことにしよう。
「私たちが寝静まった真夜中、突然悲鳴が部屋に響いた。私も陽花里も当然目を覚ましたわ。何事かと思い部屋の電気をつけると、足を抑えながら床に倒れるサンタクロースがいたの。サンタさんだと喜んだのも束の間、帽子やヒゲが取れて父の顔が現れたとき、私は全てを察した」
話していくうち、だんだんと表情が死んでいく結月。当時の気持ちが蘇っているのだろうか。
ていうか、玄馬さんはちゃんと変装してたんだな。それでバレたのは雲運が悪かったと言う他ない。
「それは、まあ、大変だったな」
「その日、私は決めたの。自分の子供には絶対にサンタさんの正体をそんな形では明かさないぞ、と」
強く決意するように、結月はぎゅっと拳を握った。それには同意なのか、陽花里も隣でうんうんと頷いている。
「というわけだから蒼くん、間抜けなことで気づかれないよう気をつけてね」
「あ、ずるい!」
結月の言葉に陽花里が反応して、二人はきゃっきゃと盛り上がる。
落ち着いたところで二人の視線は再び俺の方を向いた。
「それで、蒼くんは?」
「なにか思い出ありますか?」
二人の話を聞いてて全然自分の過去を振り返っていなかった。
改めて考えてみたけど、あまり思い出はない。家族でケーキを食べたことくらいしか思い出せない。
いや、まあ、思い出すことはあるんだけど。
「……家族でケーキ食べたってことくらいしか覚えてないかな」
ここでは言えない。
言うべきではない。
楽しい空気を壊すわけにはいかないから。
クリスマスのこの時期の思い出。
脳裏に蘇るのは、どうしても父親のことだった。
*
イルミネーションを堪能した俺たちはそろそろ行こうかということで歩き始めた。
ちょうどそういうタイミングだったのか、他にもイルミネーションエリアを出る人が結構いた。はぐれないように気をつけないとな。
「結構人いましたね」
陽花里がまだ見ている人たちをちらと見ながらそう呟いた。確かに想像していたよりは人が集まっていた気がする。
「無料だし、せっかくなら見ておくかっていう人が多かったのかもね。クオリティは高かったし、見ておいて損はないでしょ」
結月がそう答えた。
確かに無料というわりには高クオリティだったと思う。他のイルミネーションを見ていないので比べることはできないけど、俺としては大満足だった。
「人多いし気をつけろよ」
「はーい」
「分かってるわ」
元気に子どものような返事をしてくる陽花里とクールな対応ながら口元には笑みを浮かべている結月。
そんな二人を見ながら、俺は改めて思う。
こんな可愛い女の子二人とクリスマスを過ごしたんだな、と。
何度でも思ってしまう。
だって、俺には勿体ない……というか、縁遠いような人たちだったから。
彼女らと一緒に過ごす今日みたいな日が楽しくて、俺はつい考えなければならないことを先送りにしてしまう。
結月か。
陽花里か。
それとも……。
果たして、その時が来てしまったとき、俺は選ぶことができるのだろうか。
「うおッ」
歩いていると隣から追い越していった男の人の肩がぶつかった。
密集しているわけではないが、それでもそこそこの人が列を作って歩いている中で、ぐんぐんと前に進んでいくのは少し危ないように思う。
「大丈夫か?」
「もちろ……わわっ」
俺の問いかけに元気よく返そうとした陽花里が慌てた声を漏らした。雪のせいで滑りやすくなった地面で足を滑らせたのだ。
「ちょっ、もう!」
隣を歩いていた結月がとっさに支えようとするが、突然のことで踏ん張りが追いつかず陽花里は尻もちをついてしまった。
「いっだッ」
非常に痛そうな声を漏らした陽花里は結月が伸ばした手に掴まり、ゆっくりと立ち上がりお尻をさする。
「……濡れちゃった」
「どんまいね。せっかく可愛い下着着けてきてたのに」
「ななっ、なんで知ってるの!?」
「へえ、本当に着けてきたのね」
「だまされたー!」
楽しそうに話してるけどそのやり取りはこんな場所で、しかも男子の目の前でするべきではないのではないだろうか。
「……他の人の迷惑になるし、大丈夫そうなら歩こうよ」
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