第42話 聖夜の祈り
夕食は日比野に教えてもらったちょっといい感じでありながらお手頃価格で評判のイタリアンのお店を予約していた。
一人至上主義の日比野がどうしてそんなお店を知っているのか疑問に思い、率直に尋ねてみたのだけれど。
『一人が好きなだけで、誰かと出掛けないわけじゃないんだよ。家族の付き合いとかもあるからね』
みたいなことを言っていた。
日比野とは中学からの付き合いだけど、俺は彼女のことをほとんど知らなかった。
けれど、話してこないということは言う必要のないことで、あるいは言いたくないことである可能性さえあるわけで、ならば俺はそこには触れないべきだ。
桐島蒼と日比野すももの関係はそういうふうにできているのだ。
一応カッコつけるためにバイト代は全額財布にぶち込んできたんだけど、二人が遠慮するので夕食は割り勘という形で落ち着いた。
できる男はそもそも遠慮さえさせずにスマートに奢ったりするんだろうな、とか一人で用を足しながら考えていた。
お店の外に出ると雪はさらに強くなっていた。道の隅には徐々に雪が積もり始めていた。
地面は濡れているせいか少し滑りやすくなっている。気を抜くと転けてしまいそうだ。女の子二人の前ですってんころりんなんて格好悪いにも程がある。
「イルミネーションってここの近くなんでしたっけ?」
トイレから出てくると結月と陽花里が何やら随分と言い合っていたようだけど、ようやくそれが終わったらしく、俺の隣にやってきた陽花里が訊いてきた。
「うん、そう。歩いて十分くらいかな」
俺はスマホを取り出して場所を確認しながら頷いた。
「それじゃあ行きましょうか!」
「え、あ、ん?」
陽花里が俺の隣を離れず、結月がすたすたと先に行ってしまったので俺は戸惑いの声を漏らした。
あれ?
という、俺の心境を感じ取った陽花里がとんとんと俺の体を指でノックした。
「今度はわたしがエスコートしますので」
よく見ると結月と陽花里の傘が入れ替わっている。なるほどそういうことかと俺は得心した。もしかしたらさっきの話し合いはこれのことだったのかもしれないな。
「傘、俺が持つよ」
「へ?」
陽花里の手から傘を預かると、陽花里は驚いたような息が抜けた声を漏らした。
ぽかんとした彼女の表情にこちらも首を傾げてしまう。あれ、俺なにか間違えた?
「私のときはそんな気遣いしなかったのに、陽花里のときは急に女の子扱いするのね」
じとり、と先を行っていたはずの結月が戻ってきて半眼を向けてきた。
「別にそういうわけじゃ」
「ならどうしてそんな提案を?」
「陽花里と俺だと身長差があるから、傘を持つのしんどいかなって」
並ぶと俺と結月はほとんど身長差がないのだが、陽花里は俺の肩くらいまでしか身長がない。そんな状態で傘を持つのは大変だろう。
「私のときもそれくらい気を遣ってほしかったわ」
ふんす、と少しご機嫌ななめになる結月。確かにこれは俺が悪かった。慣れないことだらけで気が回らなかった。
「ごめん。次は気をつけるよ」
なので素直に謝っておく。
すると結月もすぐに機嫌を直してくれて、にこりと笑んだ顔を見せてくれた。
「期待してるわ」
「あんまり二人の世界を楽しまないでほしいですね」
俺と結月の間に割って入ってきた陽花里が恨めしそうな声を上げる。一人を相手にすることさえ大変なのに俺の前には二人の女の子がいる。
俺の対応レベルが全然追いついてない。
*
ビルが並ぶ都会から少し歩いたところにある道にイルミネーションが施されている。
無料という条件にクリスマスというシチュエーションも相まってそこそこの人が集まっていた。
ここを調べているときに周辺のイルミネーションもある程度確認はしたけど、最近のはどこもめちゃくちゃ凝ってるんだよな。
乗り物や動物を模したようなイルミネーションがあったりもしたけど、ここはオーソドックスな飾りのみ。
けど、何というか、不思議なことに俺としてはこういう普通のが一番クリスマスだなという気分になる。
赤や青、黄色といった色が至るところでピカピカと光っていた。
「わぁ、きれい」
「ほんと」
見上げれば、まるで星が咲いているように、大きな木が光を灯している。それがずらりと並んでいるのだから圧巻だ。
陽花里と結月は目をきらきらと輝かせながらそんな言葉を漏らした。俺もさすがに感動して、ただただ白い息を漏らすだけだった。
俺がイルミネーションに抱いていたのは『カラフルに光ってるだけで何がいいのか分からん』というような捻くれた考えだったけど、この景色を見るとさすがに気持ちを入れ替えざるを得ない。
綺麗だ。
「雪、やんだ?」
気づけば雪がやんでいた。
正確に言うとまだ少し降ってはいるけど、傘も必要ないくらいに弱まっている。
「みたいね。もう傘は必要ないかしら」
結月が陽花里を見ながら言う。彼女はちぇーっと惜しむように唇を尖らせながら傘を閉じる。
「相合い傘はまた改めて、雨の日にしましょうね」
「いや、さすがに恥ずかしい」
クリスマスという空気に充てられて何となく受け入れていたけど、これは普通の何でもない日ならとてもじゃないけど耐えられそうにない。
「ええー」
「そんなにいいもんかね」
「体と体の距離が近くなって、それに伴って心の距離も縮まるのよ」
いつの間にか隣に来ていた結月がぴたりとくっつきながらそんなことを言った。
いつもならばすぐに離れてしまう俺だけれど、今日はどうしてかこういうことさえ受け入れてしまう。クリスマスというのは不思議なものだ。
「あ、ずるいよ結月。わたしも!」
結月に負けじと陽花里も逆サイドのポジションを確保する。双子姉妹に挟まれた俺は体はもちろん、心がぽかぽかするような感覚に襲われていた。
そんな心地よい感覚に浸っていると両手をきゅっと掴まれる。温かくて柔らかい感触に、俺はすぐに手を繋がれたことに気付いた。
時間にして、多分三秒くらい。
固まった俺は手を離す。
「さすがにそれは恥ずかしい」
ちょっとハードル高いよ。
なんとも言えない恥ずかしさに俺は二人にそう訴えると、結月と陽花里は不満げな声を漏らした。
「えー」
「えー」
*
「あら、蒼は?」
桐島家。
帰宅した桐島朱音は長男である蒼の姿が見えないことに違和感を抱き、そんな疑問を口にした。
「デートだよ」
それに答えたのは朱夏だ。
クリスマスに向けて押し入れから出してきたコタツに包まれながら、彼女は何でもないように言う。
朱夏からいろいろと聞いていた朱音もそれについては特に動揺することもなかった。
「蒼がデートねえ」
この時期に限った話ではないが、蒼が人と出掛けているのがとにかく珍しい。
朱音はおかしさ半分、嬉しさ半分のこもったような言葉を口にする。
朱音はリビングに荷物を置いて、隣の部屋にある仏壇の前に座る。手を合わせて「蒼がデートだってさ。おかしいよね」と今は亡き旦那に話しかけていた。
蒼と朱夏の父親であり、朱音の旦那である桐島青太は蒼と朱夏がまだ子供の頃に命を落とした。
ちょうどこの時期だ。
車に轢かれそうになっていた子供を庇ってそのまま命を落とした。それは人の為に生き続けた彼らしい最期だった。
あれからもう何年も経つ。
いつまでも引きずっているわけにはいかないので、さすがにもうセンチメンタルな気分に陥ることはほとんどないけれど、この時期だけはどうしても思い出してしまう。
涙を流したりはしないが、仏壇の前での口数がどうしても増える。
「あの子が楽しいクリスマスを過ごせるように見守っててあげてよね」
言ってから、自分でも何言ってるんだという気持ちになって、朱音はくすりと笑ってしまった。
「お母さん、なにか食べる?」
リビングから朱夏の声がした。
「チキンあるー?」
「あるよ。ケーキも」
蒼が双子姉妹と楽しんでいる一方で、桐島家でも何だかんだとクリスマスな時間が流れていた。
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