第41話 ホワイトクリスマス
考えるよりも先に体が動いた、なんて口にする人がいる。
日々を過ごす中で本当にそんなことあるのかと疑問に思うこともあったけど、よくよく思い返してみるとそういうシーンには時折遭遇している。
例えば財布からポロッと小銭が落ちた瞬間に手がそれをキャッチしようと動いたことはないだろうか。
あるいは目の前から向かってきた鳥やらボールやらにビックリして体が避けようとしたことはないだろうか。
挙げてみると意外とあって、そのどれもこれもがつまりは反射神経が働いているということになる。
反射というのは脳から筋肉に信号が伝わる速さのことを言う。危険を察知したときに起こるイメージがあるけれど、スポーツの中でも役立つことは多い。
いろんなアクティビティを楽しんだ俺たちは、そろそろ終わりかなというこのタイミングでバッティングゲームをしに来ていた。
もっと言うと、結月と陽花里がばちばち対決していた。
俺はただの傍観者となりつつある。勝負を外から眺める解説役的なポジションとでも言おうか。いや、良く言い過ぎだな。モブです。
「ふっ!」
かれこれ三ゲーム目。
結月と陽花里は交互にバッティングゾーンに入っている。二人の表情は至って真面目。
今は陽花里がバットを振っている。
ストレートの球をタイミング良くヒッティングしてセンター前くらいの当たりを出している。
さすがセンスの女だ。
彼女にもう少し筋力があればホームランも叩き出していたことだろう。
カキン。
カキン。
カコン。
十球打ち終えた陽花里が戻ってくる。ここは室外のエリアになるが、体を動かしているのでむしろ暑いくらいなのだろう。
結月も座っているけど寒そうではない。どうやら寒いのは俺だけらしい。
「ふー、ちょっとミスしちゃった」
最初の方と最後の方で二度ミスった陽花里のスコアは八球ヒット。十分過ぎる結果なはずなのに、どこか不満げだ。
「じゃあ次は私ね」
陽花里と入れ替わるように不敵に笑んだ結月がバッティングゾーンに入っていく。
意外と様になる構えを見せる結月。構え方や振り方からして、恐らくバッティングセンター素人ではないのだろう。
「はッ!」
当たりで言えば陽花里の方が上だろう。結月が一ベースヒットだとするならば、陽花里は二ベースヒットの当たりを見せる。
これが普通に野球勝負だったり、ルールが違えば陽花里は勝っていただろう。
しかし、今回二人がしている勝負は十球のうちどれだけヒットの当たりを出せるかだ。
ヒットの質は結果には影響しない。
「結月ってバッティングセンターよく行ってるの?」
隣に座り体を休める陽花里をちらと見ながらそう尋ねると、彼女はんーっと少し考える素振りを見せた。
「よく行ってるかは分かりませんけど、たまに行ってるのは見ますね。なんか、いいストレス解消なんですって」
へえ、と俺は小さく相槌を打ちながら結月に視線を戻す。
すると陽花里が付け加えるように言葉を続けた。
「結月、昔からバッティングは得意だったんですよ」
「そうなんだ?」
「はい。反射神経が良いんですよね」
「それは何ていうか、意外だな。でも運動神経は良くないんだ?」
ちら、ともう一度陽花里の方を見る。
陽花里は俺を見ておかしそうに笑う。
「別に悪いわけじゃないと思いますよ。子どもの頃はわたし、結月に全然勝てなかったし。どっちかというと好き嫌いの問題じゃないでしょうか」
「好き嫌い?」
こくりと陽花里は頷く。
「そもそも体を動かすのは好きじゃないんだと思います。ただ、やってみると無難にこなすみたいな」
そういやここに来たときに運動は苦手ではないって言ってたっけ。あれは本当だったんだな。
カキン。
カキン。
カキン。
結月は次々とヒットを出していく。
そして全ての十球すべてを打ち終えて、得意げに笑いながら俺たちのところへと戻ってきた。
「私の勝ちね、陽花里」
「……ぐぬぬ、まさか負けるとは」
結果は結果。
陽花里もそれは受け入れているらしい。そんな二人をどこか他人事のように眺めていた俺の方を向いた結月が手を軽く挙げた。
「ん?」
「ほら。勝利の」
少し間を置いて言わんとしていることを理解した俺は同じように手を挙げて彼女を受け入れる準備をする。
すると結月はにいっと笑って思いっきりハイタッチを決めた。
「……くう」
陽花里はめちゃくちゃ悔しそうだった。
*
スポッチャのあとは軽くご飯を食べてイルミネーションを観に行くという流れだった。
「わ! 見てよ二人とも! 雪だよ、雪っ!」
先に外に出た陽花里がなにをはしゃいでいるのかと思えば、しんしんと雪が振っていた。ホワイトクリスマスというやつだ。
予報ではそんなこと言ってなかったはずだけど、と言いたいところだけど出掛ける前に予報は見ていなかった。
「今日って雪降る予報だったの?」
「ええ、まあ。予報より降っているみたいだけど」
へえ、と呟きながら俺は空を見上げた。
ここ数年、クリスマスに雪が降った記憶はない。ホワイトクリスマスは久しぶりではないだろうか。
クリスマスに雪が降ろうが降るまいが別にどうでも良かったけど、実際にこうして目にすると悪くないもんだ。
一人で見ても意味がないってことなのかな。
「もしかしたら積もるかもね」
「かもな」
というか、このレベルだとさすがに傘が欲しいところだな。一粒一粒の威力はそこまでだけど、ずっと当たっていると体が冷えてしまう。
「ちょっとコンビニ行ってくる。傘買ってこないと」
「必要ないわ」
言って、隣に立っていた結月がカバンから折り畳み傘を取り出しバサッと開いた。
そしてこちらにドヤ顔を向ける。
「どうぞ」
「さすがに小さくない?」
「それが情緒というものでしょう」
「よく分かんないけど」
そう言ってくれるなら入れてもらおうかな。というか、その選択肢しか取れなさそうだ。
「あー! ずるい! わたしだって傘あるのに!」
「バッティング勝負の勝者に与えられる権利よ!」
「そんな話聞いてないのに!?」
がーん、とショックを受ける陽花里だったが、勝負には従順なのか諦めるように口を噤んだ。
そんな感じで俺たちは歩き出す。
右肩に冷たさを。
左肩に温かさを感じながら。
心臓の音は緊張のせいかいつもより少し速くなっていた。
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