第38話 わんわん


「いいわよね?」


 先ほどのウォーミングアップのスコアが陽花里のダントツで、俺と結月が二人合わせてちょうど戦えるようなものだった。


 それを踏まえ、結月からそんな提案をされ、陽花里がぐぬぬと唸る。


「せっかくの勝負だし、勝ったほうが負けたほうの言うことをきく、くらいの罰ゲームはあってもいいかしら」


 陽花里が言い返さない間に結月がさらに畳み掛けていく。


「こっちはチームを組むというハンデをもらっているわけだし、当然こちらが負けた場合はそれぞれ一つずつ言うことを聞くわ」


 結月の鋭い目つきを向けられた陽花里は、蛇に睨まれた蛙のように怯むのかと思ったが、意外にも唇をきゅっと引き締め顔を上げた。


「わかった。いいよ。その代わり、ほんとになんでも聞いてもらうからね?」


「もちろんよ。二言はないわ。ね?」


「あ、うん」


 勢いに圧されて頷いてしまった。

 結月と陽花里が視線を交わす。バチバチと火花が散っているように見えるのは気のせいではないだろう。それほどまでに迫力があるのだ。


 かくして、ボウリング対決が始まろうとしていた。

 ルールはシンプルで、陽花里のスコアと俺・結月のスコア合計で勝負する。スコアが高かった方が勝利となる。


 こちらがチームを組んでいるので陽花里が不利ではないだろうか、と俺は少しこの勝負に気が引けていたのだけれど……。


「いくわ」


 結月の第一投が放たれ、五ピンを倒す。二投目で二ピン倒して合計七ピン。


 二投目を終えた結月がこちらを向き直り、すたすたと戻ってくる。


「まあ、こんなものね」


 と、澄まし顔。

 陽花里からの要望により彼女は最後に投げることになったので次は俺の番だ。


「頑張って、蒼くん」


「ああ、うん」


 ちょっと気が引けるけれど、かといって手を抜けば結月に何か言われるだろう。

 ここは心を鬼にして全力で戦うことにしよう。


 そんなわけで俺は一ゲーム目でようやく掴んだ勘をこれでもかと披露し、見事七ピン倒す。元々の実力がド素人レベルなのでこれでも頑張っている方だ。


「悪くないわ」


「どうも」


 パン、とハイタッチ。

 これはなんのハイタッチなのだろうか、という疑問はさておき、俺と結月は隣り合って座り、陽花里の第一投を見届ける。


 イスから立ち上がり、ボールを持つ陽花里の横顔はいつになく真剣だった。

 勝負ということもあり、やはり彼女も負けたくないのだろう。


「……てやっ!」


 陽花里の手から放たれたボールは音もなくレーンに乗り、ゴロゴロと音を立て、吸い込まれるようにピンの方へ向かっていく。


 まっすぐに真ん中のピンへと進んだボールはそのまま全てのピンを倒し、見事ストライクをスコアに刻む。


「……」

「……」


 俺と結月は静かに刻まれたストライクのスコアを黙々と眺める。


「にしし、負けませんよ!」


 そして、陽花里は不敵に笑んだ。



 *



 チームを組んでいるから俺たちが有利。全力でやるのは気が引ける、などと思っていた数十分前の自分に今のスコアを見せてやりたい。


 七投目を終えたところでスコアの差は二〇。もちろん勝っているのは陽花里で、俺たちが負けている。


「ぐぬぬ」


「どうしたの結月。さっきまでの余裕がなくなってるよー?」


 立場は逆転し、歯を食いしばる結月が陽花里に煽られている。あんな調子で相手を煽る陽花里の姿は中々見れないぞ。


「蒼くん!」


「はい」


「まだ逆転できるわよ! 諦めないで!」


「別に諦めてないです!」


 まだ諦める点差ではないし、ようやくコツも掴んできた。その証拠にスコアは後半になるにつれて少しずつではあるけど伸びている。

 たった一回ではあるけど、スペアも取っているのだ。どや。


「てりゃあああ!」


 結月、気合いの一投。

 思いを込めたボールは一直線に中央のピンへと向かっていた。このコースで十分なパワーがあればストライクも夢ではない。


 ちらと隣の陽花里を見ると少し焦った表情になっていた。


 ガコンガコンガコン。

 ピンが勢いよく飛ばされ、周りのピンも連鎖するように倒れていく。最後の一ピンがゆらゆらと揺れ、倒れるか否かの瀬戸際を行き来する。


「倒れて!」


 結月が叫ぶ。


 その声が届いたかのように、揺れていたピンがこてんと倒れる。そして、天井から下げられているモニターにストライクの演出が流れ始めた。


「やったわー!」


「うおー!」


 思わず俺も立ち上がる。

 きゃっきゃとその場で跳ねて喜んだ結月がこちらを振り返り、てててと駆け寄ってくる。


 いつもの大人びた佇まいからは想像できない子どものような喜び方が可愛らしい。

 などと思うことすら忘れ、駆け寄ってきた結月とはハイタッチを決める。


 パン!


「この勢いに続いてよね、蒼くん」


「頑張るぜ」


 そう言ってレーンへ向かう。

 その間際、ちょっと盛り上がりすぎたかなと思い陽花里の方へ視線を向けると、彼女はむうっとしながら自分の手のひらを見つめていた。


 ハイタッチで露骨にテンション上げたのは、一人でプレイしている陽花里に失礼だったかな。

 勝負という手前、陽花里のストライクを喜びきれないところがあったけど、そこはもうちょっとみんなで楽しむ雰囲気があっても良かったのかもしれない。


 反省だ。


「行くぞ!」


 まあ。


 もちろん勢いで実力が上がるなんてことはなく、俺はこれまで通りに七ピンくらいを倒して終わった。


 結局、結月の勢いもその回のストライクのみで、その後もスコアを伸ばし続けた陽花里に及ぶことなく勝敗は決した。


 陽花里の勝利である。


「文句ないよね。約束通り、二人にはわたしの言うことをきいてもらいます」


 んふふ、と上機嫌に陽花里が言う。

 さっきまでの真剣な雰囲気が和らいでくれて良かったと密かに安堵する。

 そのお詫びというわけではないけど、俺にできることなら何でもしてやろうと思った。


「約束だからね。仕方ないわ……まさか負けるなんて。せっかくスコアも調整したのに」


 結月は悔しそうにぶつぶつと呟いていた。

 まあ、あの条件なら勝てると思っても無理はないか。俺だってさすがに勝てると思っていたし。陽花里恐るべしって感じだ。


「じゃあ結月はこれから三十分くらい適当に時間つぶしておいて!」


「んなっ!?」


 陽花里の命令に結月が分かりやすく動揺する。声は出さなかったけど、俺も心の中でドキドキはしていた。


 結月が時間を潰すということはつまり、俺はこのあと陽花里と二人きりになることがほぼ確定したようなものだ。


「それで、蒼?」


「は、はい」


「蒼は黙ってわたしについてきてくれますか?」


 どこへでもついていきますとも。

 この時間に限り、私めはあなたのイヌも同然なのですから。

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