第37話 その発想はなかった


 二人一緒に来て、陽花里はトイレに行っていたようだ。結月に対してああだこうだと抗議している。そんな姿からも仲の良さがにじみ出ていた。


 陽花里はいつものイメージと変わらないパンツスタイルだった。

 オーバーサイズのゆったりめなベージュのロゴニットからは白色のシャツがはみ出ている。重ね着というやつだろうか。

 下はショートパンツで、陽花里も寒さ対策にしっかりとタイツで防寒している。

 その上から白のもこもこした上着を羽織っていて暖かそうだ。


 パン屋さんがしてるような手袋をしているけど、あれってなんであんなに可愛く見えるんだろう。


 俺がそんなことを考えていると、視線を感じたのか結月と戯れていた陽花里がこちらを向いた。


 そして、丸い瞳をぱちくりと瞬かせながらてててと駆け寄ってきた。


「なんか、じっと見られていたような気がします」


 結月のときと同じ過ちを犯してしまった。この短時間でまさか二度も同じミスをしてしまうとは思わなんだ。

 どうやら珍しいものを見るとじっくり観察してしまうらしい。そういうことにしておこう。


「まあ、そのなんだ、服がね」


「あ、どうですか? がんばっておしゃれしてみたんですけど!」


 手を広げてくるりと回って見せる陽花里。背中の方を見せられても評価は変わらないんだけど。いずれにしても高得点だよ。


「うん、か……良いと思う」


「か?」


 こてんと首を傾げる陽花里。

 どうして俺はこう同じ失敗ばかりを繰り返してしまうんだ。いやこれは俺がというよりはもはや人間が同じ失敗をする生き物なんだよそうに違いない。


「か、なんですか?」


 んー? と右に左に揺れながら俺に視線をぶつけてくる。そんなに見られると余計に言えなくなるぞ。


「……可愛いんじゃないかな」


 照れ隠しに視線を逸らすくらいはさせてほしい。

 言ってから陽花里のリアクションがないなあと不安になって、ちらと彼女を見ると、ぽけーと口を開けたままこっちを見ていた。


 そして、ハッとしてそのままにいっと笑顔を浮かべる。


「ありがとうございます! がんばって選んで良かったですっ!」


 上機嫌な陽花里の隣に結月が立つ。

 その表情はえらく真剣なもので、陽花里に向けて対抗心を燃やしているように見えた。


 なんだ、そっちにもちゃんと言っただろ。


 そんなことを思っていると。


「私と陽花里、どっちの方が可愛いのかしら?」


 腰に手を当て、モデルのようにポーズを決めながら結月が言う。陽花里はそれに対抗するように胸の前で両拳を握り、期待の眼差しをこちらに向けた。


「ここ駅前だから。恥ずかしいから」


「どちらか答えて?」

「……」


 俺の言葉を聞き流し、結月がさらに答えを迫ってくる。陽花里は陽花里で無言の圧力をかけてきていた。これが双子のコンビネーションというやつか。


 そもそも選べるわけないよ。

 どっちも可愛いし、タイプも違うし、そこに優劣なんかない。

 

「……どっちも可愛い。どっちも優勝」


 こんなこと言っても『そんな言葉で誤魔化さないで! ちゃんとどちらか選びなさい!』とか言われるんだろな、と思いながらもとりあえず言ってみる。


 しかし。


「うふふ」

「えへへ」


 二人とも嬉しそうに笑った。

 これでいいのかよ。



 *



 スポッチャは駅から十分ほど歩いたところにあった。

 赤い建物で一番上にはボウリングのオブジェがここだよと自らの存在を皆に教えるように立っている。


 スポッチャに来るの初めてだ。


 存在は知っていた。

 席の隣で話すクラスメイトの話題に出ていたからどういうものがあるのかも。


 とはいえ一人で来るような場所ではないだろうし、きっとこの先も来ることはないのだろうと勝手に思っていた。


 なのに、まさかこうして遊ぶ日が来るとは。それもクリスマスに。さらに言えば女子二人と。

 中学のときの俺が見たら驚くだろうな。驚きのあまり倒れるかもしれない。


「二人は来たことあるの?」


 結月と陽花里に視線を移す。

 二人は顔を見合わせてそりゃあるよとでも言いたげに頷いた。高校生にもなれば経験あるのが普通なのか?


 陽花里はなんとなく分かるけど、結月はもしかしたらないかもと思っていたのに。


 そんな俺の考えを察したのか、結月がじとりと半眼を向けてきた。


「蒼くん」


「はい?」


「もしかしたら、あなたは勘違いしているかもしれないけれど、私は別に運動が苦手なわけじゃないのよ?」


「え、そうなの?」


 素で返してしまう。

 なんとなく運動の陽花里、勉強の結月みたいなイメージができつつあったし、あんまり結月からはそういう話題を聞かない。インドアだし。


「もちろん得意なわけではないけれど、人並みには動けるわ」


「でも陽花里の方が得意だろ?」


「陽花里と比べると世の中の人間ほとんどが運動苦手にカテゴリされてしまうわよ」


「陽花里どんだけ得意なんだよ」


 俺が言うと、陽花里はえっへんと胸を張る。結月に比べると主張が控えめな膨らみだけど、それでもふっくらと目立つ存在に俺は視線を逸らす。


「手加減はしませんからねっ」


 楽しそうに言う陽花里を見て、ここを選んで良かったなと思った。結月の反応がどうだろうと不安だったけど、今のところ楽しげだし、順調に進んでいるような気がする。


 スポッチャはボウリングやカラオケ以外にも様々なアミューズメントがある。

 ダーツやビリヤード、アーケードゲームがあれば最近だとセグウェイに乗れたりもするらしい。


「どこから行きます?」


 カラオケと同じで最初に利用時間を決めることになっていて、俺たちはフリータイムを選んだので心置きなく遊ぶことができる。


「とりあえずボウリングでもしてみる?」


 陽花里の質問に結月が俺の様子を見ながらそう言った。俺はそれにこくりとうなづく。


 陽花里の運動神経がずば抜けていることは知っているので勝つことが難しいのは分かっている。

 しかし、じゃあ最初から諦めるのかと言われるとそんなつもりはない。


 むしろ一矢報いてやることが今日の目的とさえ言える。

 いいところを見せたいという気持ち半分、男としてのプライドもある。


 階ごとにコンテンツが異なり、俺たちはボウリングのできる階へ移動することにした。エレベーターでの移動になるが、他のお客の姿は見えない。そこまで混んでないのだろうか。


 しかし、ボウリングか。


 あまり経験はないけど、俺はどこまでできるだろうか。

 ボウリング専用シューズに履き替え、それぞれ自分のボールを選びに行く。

 このボール選びから既に勝負は始まっているのかもしれないが、そんな駆け引きができるほどの力がない。大人しく投げれるボールを選ぶ。


「とりあえずウォーミングアップも兼ねて、一旦自由に投げましょうか!」


 陽花里がそう言った。

 その発言から『あとで勝負しましょうね』という意思が伝わってくる。まあ、そっちの方が盛り上がりはするんだろうけど。問題は実力差だよな。


 ガコン、と陽花里が投げたボールは勢いよくピンを倒す。ストライク。

 ゴロゴロ、と結月が投げたボールは数本のピンを倒す。二投目でスペア。

 ガタ、と俺が投げたボールはレーンから落ちる。ガターだ。あれ、結構難しいな。


 そんな感じで一ゲーム目が終わる。

 結果は想像通り、陽花里の圧勝。俺と結月はトントンくらいのスコアとなった。


 その結果を踏まえて、陽花里が言う。


「それじゃあ次は勝負しますか! もちろん普通にすればわたしが勝ってしまうのでハンデを与えます!」


 自信満々の表情だ。

 勉強のシーンでは決して見ることのない陽花里の活き活きとした顔はまるで太陽のようだった。


 けどなあ、ハンデと言われても。


 俺がそう思っていると結月が待ってましたと言わんばかりに前に出る。口元には笑みを浮かべていて、彼女がなにかを企んでいたことが分かる。


「それじゃあこうしましょう。陽花里対蒼くんと私。さっきのスコアを見ても、それでちょうどいいくらいでしょ?」


「な、に……?」


 結月の提案に、陽花里は目を見開いて驚いた声を漏らした。

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