第36話 堂々宣言


 十二月二十五日。

 クリスマス当日。

 十時過ぎまで布団にくるまっていた俺だったけど、さすがにそろそろ起きるかとのそのそ動き出す。


 顔を洗い目を覚ましたあと、寒さを確認しておこうと思い外に出た。


「……さむ」


 一歩出た瞬間、というか玄関の扉を開けた瞬間に体が寒さで震えた。上下スウェットだけど全然寒い。これはちゃんと防寒する必要があるな。


 五秒と経たずに家の中に戻る。

 人間がいかに暖房に助けられているかを痛感させられた。さむさむ、と口にしながら自室に戻り服を着替える。


 昨日のうちに準備していた服に袖を通す。少しずつ勉強しているものの、まだまだファッションセンスが一般レベルに満たない俺は今日の服装をどうしようかと思っていた。


 朱夏がご機嫌な様子で俺の部屋にやってきたのは三日前。


『はい、お兄ちゃん。メリークリスマス!』


『まだクリスマスじゃないけど?』


『当日はお兄ちゃん、家にいないからクリスマスイヴイヴパーティーをしようと思って』


『……それで晩飯が豪華なのか』


 その日の食卓にはピザとチキン、それに加えてクリームシチューが並べられていた。デリバリーかと思ったけど、どうやら全て朱夏が作ったらしい。もう店が出せるレベルだ。


『それなら二十四日で良かったのでは?』


『二十四日はあたし予定あるの。お友達とパーティーするんだ。あ、安心して。女の子だけのパーティーだから』


『別に気にしてない』


 とは言いつつ、少しだけ安心したんだけど。


『二十三日は?』


『その日はお父さんの命日でしょ。さすがにクリスマスパーティーっていうのはどうかと思わない?』


『そだな』

 

 そんなわけで二十二日に桐島家ではクリスマスイベントが開催されていた。


『で、これは?』


『今年のお兄ちゃんへのプレゼントはおしゃれな冬服です。あたしとお母さんからね。お金はお母さん、センスがあたし』


『……ありがとう。じゃあ、俺からも渡しとくか』


『え、お兄ちゃんからのプレゼントあるの!?』


『そんなビックリすることなくない?』


 そう言いながら部屋に戻り朱夏へのプレゼントを持ってきてそのまま渡した。

 結月と陽花里のプレゼントを悩む中でとりあえずあまり気を遣う必要のない朱夏へのプレゼントが先に決まったのだ。


『朱夏はいつも服をくれるから、俺も成長具合を見せようと思ってさ。服を買ってみました!』


 どやっと、包装をガサゴソ開ける朱夏に向けて言うと、中身を出した朱夏は嬉しそうにこちらに笑顔を見せた。


『ありがとう、お兄ちゃん。部屋着にするね』


 妹が厳しかった。



 *



 シュッとした良い感じのパンツに白のニット、その上から黒のアウターを羽織る。それだとクリスマスのわりに少し地味だということで赤色のマフラーを首に巻く。


 姿見で自分の全体を見ると、これがなかなかどうして悪くない。しかし、どこか着せられている感が否めないのは仕方ないだろう。


 待ち合わせは昼の一時。

 ここから電車で少し行ったところにある越野駅の駅前が集合場所となっている。

 越野駅は都会ほど栄えてはいないけど、ある程度の娯楽が整っている。寄り道といえば皆倉市だけど、あそこには人が集まっているだろうから、今回はあえてこちらを選んだ。


 クリスマスなので、きっとどちらも大して変わらないと思うけど。


「……ふう」


 時間は十二時四十五分。

 待ち合わせ時間より少し前に到着した俺はホットドリンクを自販機で購入し一息つく。


 不思議と緊張はなかった。


 カフェオレをごくりと飲み込み空を仰ぐ。吐く息は白く色づき、風に吹かれて消えていく。


 寒い日は、よくホットココアを買ってくれたっけ。


「お待たせ」


 ぼうっとしていると、いつの間にか時間が経っていたようで聞き馴染みのある声に話しかけられた。


「あ、いや、別に待ってないよ」


 時間的には待ったように思えるけれど、考え事していたので待ったという感覚はほとんどなかった。


「そう? なら、良かったわ」


 改めて結月を見る。

 制服以外の姿を見るのにも慣れてきたと思っていたけど、クリスマスとなるとやはり特別なのか、いつもより気合いが入っているような気がした。


 普段は見ないカチューシャのようなものが頭についている。赤色なのはクリスマスを意識してだろうか。


 耳元にはきらりと光るアクセサリーが見えた。イヤリングやピヤスの類に違いないが、よく分からない。


 結月は日頃からスカートのイメージが強く、パンツスタイルの印象があまりない。

 今回は行く場所的にスカートではないのかなと思ったけれど、白のふわふわしたニットのワンピースをチョイスしていた。


 もちろん下に何か穿いているんだろうけど、一見そうは感じられないのでドキドキさせられる。そこから伸びる足はタイツに守られているので、寒さ対策もバッチリのようだ。

 その上からベージュのコートを羽織っていて、女の子っぽさを残しつつ少し大人びた服装を選んでいた。


「どうかした?」


 俺が見ていたことに気づいたのか、結月が首を傾げながら俺に上目遣いを向けてきた。


「いや、服がいつもと違う感じだなって」


 誤魔化すほどのことでもないし、そもそも誤魔化すための言葉が浮かばなかったので、俺は正直に服装を見ていたことを白状した。


「私、どちらかというとスカートの方が好みなんだけど、今日は体を動かす予定でしょ。だから、スカートだと邪魔になるかなって。けど、パンツスタイルだとイメージと合わないから、ちょっと冒険してみたの」


 変かしら、と自分の格好を見ながら説明してくれる。どうやらいろいろと考えてくれていたらしい。朱夏に貰った服に袖を通すだけの俺とは大違いだ。


 ちら、と俺に視線を向けてくる結月が何を思っているのかはさすがにお察しだ。そんな促されなくても、ちゃんと口にしますとも。


「いや、似合ってるよ。か、か、か」


「か?」


 可愛い、という言葉を口にするのはまだ厳しいらしい。何というか、恥ずかしさを捨てきれない。


 俺の心境を察してか、結月がくすりと笑う。


「なに? ちゃんと言ってくれないと分からないわ」


 耳をこちらに向け、楽しそうな声色でそんなことを言ってきた。絶対に分かっている顔だ。

 言うんじゃなかった、と思いながらも俺は覚悟を決めて口を開く。


「……か、かわいい、と思う」


「ふふ、ありがと」


 さっきまでのからかうような表情とは打って変わって、口角をにいっと上げてはにかむように結月が笑った。

 いつもはあまり見せない子どもっぽい笑みに、俺の心臓はどきりと跳ねる。


 それを誤魔化そうと、俺は話題を変えることにした。


「陽花里は? 一緒に来てないのか?」


 気になっていたことでもある。

 どういうわけか、ここにいるのは結月だけ。同じ家から同じ場所に向かうのに、わざわざバラバラに出発するとは思えないけど。


 実際、ここには陽花里がいない。


「いや、一緒よ。もうすぐ来ると思うわよ。ちょっとトイレに行って――」


「わーわーわー!!!!」


 結月が改札の方を振り返りながら説明してくれていたところ、突然現れた陽花里が大声で結月の言葉をかき消した。


「ちょっと結月! 蒼の前でトイレとか言わないでよっ!」


「だって事実だし。それに、そう言わないと説明できないでしょ?」


 むう、と頰を膨らます陽花里に結月がやれやれといった調子で返す。それに陽花里は「そうだけどぉ」と小声で漏らしていた。


「そこは、お花を摘みに行ってるって誤魔化してよ!」


 ピコン、とナイスアイデアを思いついたような顔で陽花里が揚々と口にした。


 それもう使われすぎて隠語じゃなくなってるけどね。

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