第35話 クリスマスがやってくる


 放課後。地元のショッピングモールへとやってきた俺と、無理やりお風呂に入れられたときのイヌくらい不機嫌な日比野。


「クリスマスプレゼントをどうするか、今日のうちに決めなきゃいけないんだよ」


「勝手に決めればいいでしょ」


 日比野の言い方はひどくかったるそうなものだった。半ば無理やり連れてきたので無理もない。

 

「女の子が何なら喜ぶのかとか知らないからさ。日比野にアドバイスを貰おうかと」


「そういうことを私に期待するなって再三言ってるじゃん。私が普通の女の子と同じ感性でいると思わないで」


「そんなこと言わないでさ。頼れる友達がお前しかいないんだよ。こういうときに助け合うのが友達だろ?」


 むう、と日比野が口を噤む。

 そして、諦めたように溜息をついて改めて俺の方を向き直した。


「さっさと終わらせよう」


「さすがだぜ」


 話が決まったところで歩き出す。

 ショッピングモールはそこそこ広いけれど、プレゼントを選ぶことを目的とすれば実はそこまで回る店は多くはない。


「目星はついてるの?」


「いろいろと考えてはいるんだけどな。異性どころか誰かにプレゼントを送ることがそもそもないから、どうにもピンとこなくて」


 それを言ったら私もだよ、と日比野がぼそりと呟く。俺たちは友達が他にいないからそうなるよね。


「まず最初にNGなプレゼントを省いていこう。そうすればきっと選ぶべきものも見えてくるよ」


「NGなものって?」


 尋ねると、日比野はちらと通りがかったお店を見る。そこはランジェリーショップだった。二階は主にファッション系の店が並んでいるようだ。


「下着とかね」


「さすがにそれは送らんけど」


「あとは、高価なものとか……高価じゃなくても、形として残るものもあんまりじゃないかな」


 日比野の言葉に俺はふむと唸る。

 下着は当たり前だし、高価なものが良くないのもなんとなくは分かる。申し訳ない気持ちになったりするしな。


 けど。


「なんで形として残るものはダメなんだ?」


「……相手が恋人や家族ならともかく、ある程度の距離感の人からそういうの貰うのは困るでしょ。捨てるに捨てられないし、日常で使うほど魅力はないしで扱いに悩むんだよ」


 日比野のうんざりしたような口調の説明に、俺はなるほどなあと呟く。この言い方からして、もしかして経験とかあるのだろうか。


 母さんが買ってくる服のセンスが自分のと合致しないけど買ってきてもらった手前着ないわけにもいかない、みたいな感じかな。そういうのは確かに経験したことある。


「食べ物にしても日持ちしないのはあんまり好まれないだろうね。結局、消耗品辺りがベターなんだよ」


「でもクリスマスプレゼントに消耗品ってどうなの?」


 昔はサンタクロースが実在すると思っていた。朝起きたとき、枕元に置いてあるおもちゃにワクワクしたものだ。


 例えばあのおもちゃが文房具セットだとしたら子どもの俺はめちゃくちゃにテンション下がっただろうな。


 気持ちがこもっていないというのは少し違うけど、なんかこちらに寄り添っていないというか、愛が感じられないというか。


「それがプレゼントの厄介なところだね。誕生日や記念品、贈り物をする機会は他にもあるけれど、クリスマスは中でも一番面倒だよ。どうしてかその日のプレゼントにロマンチックさと特別感を抱いているんだ」


「プレゼント選びって大変なんだな」


「そうだよ。不毛とさえ思うね。二人で買い物に来て、お互いに欲しいものを買い合えばいいのにって思う」


「意味なくない?」


 俺が言うと、日比野は楽しそうに笑ってこちらを向いた。


「だから好きじゃないんだよ。プレゼントっていう文化そのものが」


 こりゃ確かに頼む相手は間違えたようだ。プレゼントの文化そのものを全否定するのだから、どういったものが嬉しいかなんて分かりっこない。


 それでも、なんだかんだ言いながらこうして付き合ってくれるのが日比野のいいところなんだけど。


「ま、桐島の場合、相手が好意を向けている分、わりとなんでも喜んでもらえそうだけど。よほどセンスのないものを選ばない限りは」


「センスなかったらまずいかな」


「だろうね。最悪の場合、好意そのものを失いかねない。プレゼントっていうのはそういうセンス的な部分を見定めるのにちょうどいいんだ」


「嫌いな割には語るなぁ」


「アンチになるには知識が必要なんだよ。アンチになるのも大変だよ」


「……ならなきゃいいじゃん」



 *



「ほんとにこれで良かったのか?」


「いいんじゃない。高価なものじゃなくて、消耗品で、けど普段自分では手を出さない、悪くないチョイスだと思うよ」


 クリスマスプレゼントの購入を終えたところで時計を確認すると午後三時を回っていた。

 結構長い時間振り回してしまったらしい。感覚的には一時間ちょっとだったけど、全然そんなことなかったな。


「さ、プレゼントも選んだことだし帰ろっか」


「ちょっと待てよ。そんなさっさと帰ろうとしなくてもいいだろ寂しいなあ」


「思ってもないくせに」


 それはちゃんと思ってるよ。

 これまでは確かに人付き合いに対して面倒という気持ちがあったので、あまり人と一緒にいることにこだわりはしなかった。


 けど、結月や陽花里と出会い、関わるようになってから、以前ほど人といることに抵抗はなくなっている。


 むしろ、関わっていこうとさえ思っている自分がいた。


「ちゃんと思ってるよ。プレゼント選ぶの付き合ってくれたお礼くらいしたいんだけど?」


「別に気にしないでいいよ」


「俺の自己満足に付き合ってくれ。それとも、このあと何か予定あったりするのか?」


「ないね。家に帰ってテレビ観るくらい」


「じゃあケーキでも食って帰ろう」


 まあいいけど、と日比野が言ったところでショッピングモール内のカフェに移動することにした。


 クリスマスイヴなので人が多いかと思ったけど意外とそうでもなく、待ち時間なく席に案内してもらえた。


 メニューとは別にクリスマスの特別メニューが描かれたパウチが置かれていた。ケーキとコーヒーがセットになっていて、そのケーキが凄くクリスマス感満載だ。


「これにするか?」


「いや、普通のケーキでいいよ。なんか浮かれてるみたいでちょっと嫌だ」


 断る理由が実に日比野らしい。

 まあ、絵を見るとショートケーキにサンタクロースの人形乗ってたりするし、確かに浮かれている感はある。


「桐島は?」


「俺も普通のでいいや」


「どうして?」


「浮かれている感が嫌だから」


 俺が言うと、日比野はおかしそうに笑った。


 日比野が俺に話しかけてきたのは、たまたま俺が一人だったからと言っていた。

 俺たちは考え方が似ている部分も多い。

 きっかけは偶然だったのかもしれないけど、ここまでの関係になれたのは偶然ではないはずだ。


 お互いが程よいと思える距離感でいることが人間関係を長続きさせるコツだ。

 その距離感の感覚が違っていたりするから、上手くいかなかったりするんだよな。


「私はチョコレートケーキで」


 二人分のケーキとコーヒーを注文し、店員さんが厨房に戻っていくのを確認する。


 少しすると先にコーヒーが運ばれてくる。俺はホットのカフェオレ、日比野はブラックだ。


 どうやら砂糖は入れるらしく、少し入れてぐるぐる回したコーヒーを飲んで、ほっと息をついた。


「明日の予定はもう決めてるの?」


「あー、まあ、それなりに」


「その濁し方はほとんど決まってないように思えてしまうんだけど?」


 考えてはいる。

 ただ、それでいいのかという不安が拭いきれていないだけで。


「ちゃんと考えてるよ」


「どこに行くの? 大した興味はないけど、暇つぶしに訊いてあげるよ」


 日比野はもう一度コーヒーに口をつける。俺もそれに倣いカフェオレで喉を潤した。

 

「……今は冬だからさ、外は寒いだろ?」


「寒いね」


「だから屋外よりは屋内の方がいいと思うんだよ」


「うん」


「屋内でまず出てくるのって映画館だと思わないか?」


「ベタなところだとそうなるかな。あとはカラオケとかかな?」

 

 日比野は自分で言いながら眉をひそめていた。なにぶん、二人ともクリスマスに出掛けることがないので良し悪しが分からないのだ。


「でも映画は行ったから別のところがいいのかなって」


「クリスマスっぽい映画があるならいいと思うけどね。毎度同じ場所っていうのは印象悪いだろうけど」


 毎度というわけではないんだけど、映画館は比較的行っている方だと思う。

 いつだったか陽花里が言っていたように、相手の趣味嗜好が見えるというのはあるし、それにその後の会話の内容に困らないというのも大きい。


「三人でっていうのが大変だね。それも、きっと姉妹でそれぞれ好みや得意分野が違うだろうし」


 そうなんだよな。

 考えているときに俺もそれは思ったことだ。思ったこと過ぎて、結構強めに「それな」と口にしてしまった。


 そんな話をしているとケーキが運ばれてきた。日比野の前にはチョコレートケーキ、俺の前にはショートケーキが置かれる。もちろんクリスマス仕様ではない。


「それで? 前置きはそろそろ終わりにして、答えを教えてよ」


「……スポッチャ」


「……」


 ぽかん、という日比野の顔が数秒続く。なにか言ってくれと思っていると、ようやく口を動かしてくれた。


「いいんじゃない」


「絶対思ってないじゃん」


「思ってるよ。屋内だから寒くないし、会話がなくても一緒に楽しめるし、カッコいいところも見せやすいし」


 最後に関しては厳しいように思うんだけど。


「二人も了承してるんでしょ?」


「ああ」


 体を動かすことがメインになることから、陽花里贔屓な選択に思われるかと思ったんだけど、結月も意外と乗り気だった。それには少し驚いた。


「そのあとに晩ご飯食べて、最後にイルミネーションでも観ようかと」


「クリスマスらしくていいじゃん。桐島らしからぬ、悪くないスケジュールだよ。ほんとに」


 日比野は俺に気を遣ったりしないので、きっと言ってることに嘘や誤魔化しはないはずだ。

 だから、悪くないという言葉も本心なんだと思う。

 第三者の肯定があると、少しは安心できるな。


「楽しい一日になるといいね」


「そうだな」

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