第34話 そうは言っても彼女は
受付で数グループの対応を終えた頃、バックヤードからしお先輩がのそのそとやって来た。冬眠を終えたクマのようだ。見たことないけど。
「仕事する気になりました?」
「いやぁ、ダラダラするのも飽きたから後輩くんとお話しようと思ってね」
「仕事してくださいよ……」
呆れて言った俺の隣についたしお先輩はイスに座ってふうと息を吐く。なにもしてないのに。
まあ、受付の仕事と言っても機械があるから、質問とかなければ特にすることもないんだけど。
料理の注文とかがあれば部屋に運びに行くとか、適当なタイミングで掃除するくらいしか仕事がない。
基本的な仕事はそこまで複雑じゃないから、二週間もあればある程度は把握できたのは幸いだ。
「後輩くん、なにか話題を振っておくれ?」
「全部丸投げかよ」
とは言え、暇な日はこういう時間も多く同じシフトの人と雑談をする機会はそれなりにある。
中でもしお先輩とはよくシフトが被るので、こうして他愛ない話をすることが多い。おかげさまで俺の雑談能力が上がっている気がする。
「しお先輩ってクリスマス予定とかあるんですか?」
この人はビジュアルは最高レベルの美少女だ。店内でナンパされているところを見かけたこともあるし、街中を歩けばモデルのスカウトが放っておかないだろう。
中身は残念ながらこんな感じなんだけど、この人の恋愛事情を実は訊いたことがない。
なんというか、訊くことを躊躇っていたのだ。さすがに踏み込み過ぎかなみたいな。
ただ最近はそういう遠慮もなくなってきた。だから、せっかくの機会なので訊いてみることにしたのだ。
なにか参考になるかもしれない。
「これってもしかして誘われてる?」
にいっと大人の余裕たっぷりで微笑んだしお先輩が俺に上目遣いを向けてきた。
「いや、単純に好奇心で」
さすがに恥ずかしいので視線を逸らしつつ、できるだけ平然を装い答える。
「クリスマスは予定ないよ。どこに行っても人がいっぱいだからねぇ。そういう日はおうちでのんびりするのがベターなのだよ」
日比野と似たようなことを言っている。いや、それに関しては俺も概ね同じ意見なんだけど。
なんでわざわざ人が多いところに行かなければならないのか、と最近までは思っていた。
けど。
今年はそうも言ってられない。
「彼氏とかは?」
「いると思う?」
「ビジュアルだけで考えれば」
「トータルで考えたら?」
「いないっぽい」
「あはは、失礼なやつめ」
おかしそうに笑う。
これは別に性格が悪いからと言っているわけではない。
少々ものぐさ、という一面はあるけど面倒見はいいし気は利くし優しさも持ち合わせている。
ただ、どれも最終的には自分が楽をするためという目的が隠れているように思うんだけど。
「だって、彼氏とかめんどい〜とか言いそうだし」
「お、後輩くんは分かってるね。君ほど理解のある男の子なら、付き合ってみてもいいかもねぇ」
「冗談でも本気にする人いるんであんまそういうこと言わないほうがいいですよ」
俺があしらうように言うと、イスに座るしお先輩はそのまま隣の俺に体重を預けてくる。
「君にしか言ってないよ。こう見えて私の理想は高いのさ」
「周りからどう見られてるつもりか知らないけど、理想高そうにしか見えません」
この感じだと彼氏いたこともないのかな。出掛ける場所とか、いいアドバイス訊ければと思ったけど、「おうちデートかな」って即答しそう。
「後輩くんはクリスマスに予定あるの?」
「ええ、まあ、一応」
「彼女さん?」
「いや、まだそういうんじゃないです」
「《まだ》、か」
俺の言葉を変なふうに解釈しているな。
もちろん真剣に考えているし、この先にはそういう道もあるのかもしれないけど、そういうつもりでは言ってなかった。
これが無意識の言葉なのだとしたら恥ずかしいことこの上ないな。
「後輩くんはモテるんだね」
「そんなことはないと思うけど」
「謙遜しちゃって。見た目はけっこー好みだよ?」
朱夏のプロジェクトの一環というわけではないけれど、バイト先ではメガネを外しコンタクトにしている。
というのも、少しでも見た目を気にしたほうが採用されるだろうと思い面接の日にコンタクトで挑んだのだ。
それから、メガネに戻せずコンタクトのままでいる。
だからメガネのときに比べたら、もしかしたら多少なり容姿のレベルがマシになっているのかも。
「またまた」
「ほんとだよ? 証明してあげようか?」
よっこいせ、と吐きながらしお先輩が立ち上がる。身長差はそこまでない。俺の方が少し高いくらいで、背伸びをされたらほとんど変わらないだろう。
だから、お互いに立っている状態で向き合うと顔が近い。このビジュアルレベルと至近距離で向かい合うのは少々心臓に悪い。
「証明ってどうやって?」
俺が言った直後、しお先輩が背伸びをする。当然、顔がぐぐっと接近してくるわけで、俺は慌てて後退した。
「急になに!?」
「証明してって言うから」
「してとは言ってない」
「ちゅーしようと思って」
「こんなところでするな」
「バックヤードならいいの〜?」
「バックヤードでもダメに決まってるだろ!」
取り乱す俺を見て、しお先輩は楽しそうにくくくと我慢していた笑みをこぼした。
「あははは、後輩くんはおもしろい反応をするなぁ。さすがに私もこんなところでする気はないよぉ」
どうやらからかわれたらしい。
たちが悪すぎるぞ。これだから余裕のある歳上の異性は苦手なんだ。
「ま、証明してほしくなったら君から誘ってよ。ホテルにでも行って、納得するまで証明してあげる」
冗談だよな?
ここで誘いでもすれば、さっき以上の爆笑と共にドッキリのプレートを見せられるんだよな?
いや、そもそも誘いに乗るつもりはないけども。
「……なんの参考にもならなかったな」
*
クリスマスの前に終業式がある。ということはつまり、楽しいイベントの前には期末テストという最期の難関が立ちふさがるということだ。
日頃から勉強しているのでテスト前に焦ることはない。いつも通り、それなりに勉強と向き合うだけだ。
クリスマスを前に浮ついた空気の教室の中はテストの到来と共に一気に現実に引き戻される。
逆にその期末テストが終われば、まるで牢獄から解き放たれたように騒ぎ出す。
こういうときにウェーイと乗って騒げる人をノリが良いと言うのだろう。もちろん俺はそんな人種ではなく、騒ぐクラスメイトをぼうっと眺めているだけ。
ホームルームも終わり、冬休みが始まった。しかし、まだ帰宅する生徒はここにはいない。皆が帰宅を惜しむように騒いでいる。
日比野は至極うざったそうにしている。帰り支度を始めているので、このままだと帰宅者第一号になってしまう。
結月は教室の隅で騒ぐグループとは別の友達と楽しげに談笑していた。
陽花里は騒ぐクラスメイトの中の一人として楽しそうに笑っていた。彼女は一応そこがメインの居場所なのだろうか。
気づけば今日は十二月二十四日。つまりクリスマスイヴの日である。
結月と陽花里は予定があるらしく、俺が彼女らと会うのは明日となっている。
俺は今日の間にクリスマスプレゼントを買わないといけない。いろいろと悩んでいるうちに明日にまで迫ってきたのだ。
「それじゃあね、蒼くん」
俺がゆっくり帰り支度をしていると、さっきまで友達と話していた結月が俺のところにまでやって来た。
「ああ、また明日」
校内では話しかけないでほしい、と周りの目を気にしていた俺だけれど、今は以前ほどは気になっていない。
というか、気にすることもないのだと気付いた。クラスメイトは言うほど俺に興味はなく、よほど目立った行動でなければ何とも思われないのだ。
クラスメイトにただ挨拶をしているだけ。結月も陽花里もそれくらい普通にやるから、俺が特別だとは誰も思わないのだ。
「うん。また明日。すごく楽しみだわ」
アイスクリームを口にしたような幸せそうな笑みを浮かべた結月は、そう言って友達のところへと戻っていく。
結月の友達二人と目が合ったので一応ぺこりと会釈的なことをしておいた。すると手を振るというレスポンスが返ってくる。そんな軽い気持ちで手なんて振らないでくれ。恥ずかしくて振り返せないんだから。
さて。
クリスマスプレゼントについて悩みに悩んだ俺が今日になって突然決めれるとは思えないわけで。
協力者を必要としている俺は彼女が帰宅してしまう前にヘルプを要請する必要がある。
「日比野、ちょっといいか?」
「よくない。絶対に面倒なことになると私の本能が警笛を吹いてる」
日比野はかったるいという感情をふんだんに乗せた顔を俺に向けてきた。
「そんなこと言わずに。ちょっとだけ。な?」
「いやだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます