第39話 得手不得手


 一時的に結月と別れ、俺はずんずんと前に進んでいく陽花里についていく。

 その足取りに迷いはなく、すでに目的地が決まっていることが伺えた。


 エレベーターに乗りエリアを変える。

 そうして辿り着いたのはゲームコーナーだった。ゲームセンターで見かけるようなアーケードゲームがずらりと並んでいるが、驚くことにこれら全てが無料である。


「ゲームでもするのか?」


 アウトドアな陽花里にゲームをするイメージはあまりない。でも男女問わず、誰しもが一度はゲームに触れているだろうし、別に意外とゲーム好きでもおかしくはないな。


「それもいいですけど」


 そう言いながら、陽花里はあっちでもないこっちでもないとエリアの中を徘徊する。


 そして、ようやく見つけたようで「あった!」という明るい声とともにその足を止める。


 さて、なにがあったのだろうかと俺は陽花里の視線の先を確認する。確認して、思わず目の当たりを手で押さえた。


「あれ、やりましょう!」


 プリクラだった。

 かつてはその加工機能が評価され全国の女の子から絶大な人気を得て、スマホアプリで加工なんていくらでも可能となった今の時代でもどうしてか廃れることなく生存し続けるゴキブリのような生命力のコンテンツだ。


 そんなことを口にしようものなら全国のプリクラ利用者全員を敵に回すことになるので、もちろんそのまま飲み込む。


 そんなことはどうでもよくて。


「……プリクラかぁ」


 実は生まれてこのかたプリクラというものとは縁がなかった。そりゃプリクラ撮るような女子とは仲良くなかったし、唯一の女友達である日比野はこんなものに全く興味なかったからな。


「だめ、ですか?」


 しゅんと、わんこのようにうなだれる陽花里。耳やら尻尾やらがあればきっとぺたんと元気を失っていることだろう。むしろそんな幻覚さえ見えてくる。


 忘れてはならぬ。

 この時間において、イヌはこの俺であるということを。


「いや、全然! 俺にとっては未知の場所だからちょっと臆しただけで」


 臆すなんて言葉を生きてて使う日が来るとは思わなかったな、なんて思いながら言葉を並べる。


「プリクラ撮ったことないんですか?」


「普通はないよ。男だもん」


「でもクラスのみんなは撮ってますよ?」


「パリピの普通と俺たちの普通を一緒にするべきじゃない」


 男と女だけで分けられるほど人間というのは単純ではないのだ。男の中にも様々な種類がいて、そんな無数にいる人間がこの世界で弱肉強食というルールのもと共存している。


「つまり、蒼は初めてのプリクラだと」


「そうそう」


「ふふ、初めてかぁ。それじゃあなんとしても撮りましょう!」


 たた、と俺の背中に回った陽花里が背中を押してくる。どこからそんな力が出てくるんだというようなパワーに、ぐいぐいと前に進まされる。


「押さなくても撮るから」


「ほら行きますよ!」


 俺の話が全然耳に入ってないなこれ。



 *



 機械の音声に誘導されて俺たちはプリクラに挑んだ。友達や恋人、複数人というモードがあって、陽花里が恋人を押そうとしたので俺は慌てて友達を押す。


 むう、と陽花里が恨めしそうな視線を向けてきたけどこれはしょうがない。

 あくまでもイメージでしかないけど、プリクラっていうのは恥ずかしいポーズをさせられるはず。恋人モードにすれば何をさせられるか想像もできない。


 アナウンスに従い、数枚の写真を撮り終えるとプリクラならではの落書きタイムが始まる。


「恋人モードはお預けですね」


「……そうだね」


 ど真ん中全力ストレートのボールの打ち方など知りもしない俺はそう言うほかなかった。


 タンタンとリズムよく落書きを進める陽花里。俺は芸術的センスがなければ落書きの経験もないので、そんな陽花里をすごいと思った。しかもちゃんとそれっぽいんだよな。


「蒼も描きます?」


「いや、なにも描けずに終わりそうだから任せる」


 どうしようかなに描こうかと悩んでいる間に制限時間がきてしまう未来が容易に想像できる。


 そんなわけでプリクラを終える。慣れないことをしたからか、どっと疲れが押し寄せてきた。


「ちょっとスマホ貸してもらっていいですか?」


「なんで?」


「どんなの使ってるのか気になって」


「そんな急に」


 別に普通のスマホだし、面白いことなんて一つもない。見られて困るような中身でもないので、俺はスマホを陽花里に渡した。


「どうもーですー」


 スマホを受け取った陽花里は、しかし画面を見ることもなくそのままスマホの裏側を見た。

 こだわりも好みもない俺は平凡な透明のスマホケースを使っている。最近だとステッカーを入れたりして自分色に染めたりもするらしいけど、そういうこともない。


 ふむふむ、となにかに納得したように頷く陽花里は突然にこーっと笑い俺の方を向く。


「あまり結月を待たせてもあれなんで、あと一つなにかゲームをしたら戻りましょうか?」


「ああ、うん」


「ちょっと選んでもらっていいですか?」


「俺が?」


「はい。できれば二人で協力するタイプのゲームがいいですね」


 そう言われてもなあ。

 俺はアーケードゲームが並ぶエリアへと戻り、なにがいいかと物色し始める。


 ゲーセンもあんまり来ないから、どういうゲームがあるのかも分からないんだよな。


 結局どれが面白いかなんて分からないので鉄板どころの太鼓のゲームを提案することにした。

 協力をお望みということは俺が無能過ぎても困るだろうし。これなら運動神経も大事だけどリズム感も必要になるから何とかなるかもしれない。


「これとか?」


「太鼓ですか。まあ、はい」


「あんまり乗り気じゃない?」


「いえいえ。超乗り気ですよ。いえーい!」


 わざとらしくテンションを上げる陽花里。根強い人気により今なお現役のこれならみんな大好きだろうと思ったけど、そんなこともないのかな。


「あ、スマホありがとうございました」


「ああ」


 コインを入れようとしたところで陽花里がスマホを返してくる。俺はそれをポケットに入れ、改めてコインを投入した。


「蒼はこれ得意なんですか?」


「そもそもほとんど経験がない。けど、太鼓叩くだけだし、これなら何とかなるかなって」


「ふむふむ」


 協力モードを選択し、二人でバチを持つ。

 協力プレイというと二人で目標スコアを達成しようって感じだろうか。つまり俺がポンコツだった場合、陽花里がどれだけ高得点叩き出そうと失敗になるということか。


 これは責任重大だ。


「どの曲がいいですか?」


「あんまり流行りの曲は知らないからなんでもいいんだけど」


「これとか。ちょっと前に流行った曲ですけど」


「それなら知ってるな」


「じゃあこれにしましょう」


 難易度はノーマルにしておいた。難しくしてもできないだけだし。なら格好悪くても難易度は下げたほうがいい。


『始まるドン!』


 そして音楽が流れ始める。

 難易度をノーマルにしたおかげか、激しい動きは求められない。どちらかというと流れてくるアイコンをいかにタイミング良く叩けるかという部分がポイントのようだ。


 これならば運動神経よりリズム感が求められるため、俺でもそれなりのスコアは期待できそうだ。


 現にタイミングがパーフェクトではないものの、コンボが続いている。これはいい感じじゃないだろうか。


 そう思いながら、ちらと隣の陽花里の様子を確認する。どれくらいのスコアを出しているのだろうと思ったのだが。


「……」


 陽花里はぐぬぬと悔しそうに唸っていた。


 ゆっくりとスコアの方へと視線を移すと、俺よりも遥かに低い数字が表示されていた。


「???」


 俺は一瞬理解できずに唖然とするが、すぐに思考がおいついてきて一つの結論に至る。


「もしかして陽花里」


「あ、はは」


 陽花里は自分の手のひらを残念そうに見つめながら笑みをこぼす。


 この子、リズム感ないんだ。

 スポーツは得意だけど、こういうリズム感を要するゲームは苦手なんだな。


「……ハイタッチ」

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