第32話 フェアに行こうよ
スマホが鳴っている。
しかし、陽花里がそれを手にすることはなかった。
友達の多い陽花里だけれど、メッセージが届くことはあれど電話がかかってくることはあまりない。
しばし流れていた音楽がやがて止まる。どうやら相手が何かを察し通話を諦めたらしい。
陽花里は視線をスマホから目の前に立つ結月へと戻す。
ここは陽花里の部屋だ。
別段変わっているところもない、どこにでもある模様。
クローゼットやカーペットは暖色系に揃えられていて、小さめの本棚には少女漫画が並べられている。
部屋の隅にあるベッドの枕元には大きなくまのぬいぐるみがある。何かのキャラクターというわけではない、シンプルなテディベアだ。
「えっと、なんだっけ?」
スマホの着信で流れが途切れたので、陽花里は改めて話を戻そうと、わざとらしくそう口にした。
「クリスマスのこと」
「クリスマス……」
陽花里の顔は神妙なものへと切り替わる。
結月が陽花里の部屋を訪れることはままある。他愛ない雑談をしにきたり宿題の相談だったりと目的は様々。
共通して言えることは、訪れる結月の雰囲気はどれも穏やかだったということ。
しかし、今日の結月はいつもと少し違っていた。怒っているとかではないものの、なんというか、鬼気迫るようなオーラがあった。
それに加えて、クリスマスというワードに陽花里はだいたいのことを察する。
「クリスマスがどうしたの?」
結月の言葉を引き出そうと、陽花里はそう質問した。問われた結月はどう話そうかと考えるように唇を湿らせる。
「蒼くんから聞いたわ。二十五日にデートするんだってね」
「ああ、うん。そうなの」
これには陽花里も素直に頷く。
事実の確認でしかなく、陽花里の方から何かリアクションをするようなものではなかったから。
「陽花里も二十四日に予定があるのよね?」
「うん。お友達とクリスマスパーティーをしようって話があって」
「さっき、蒼くんから電話があってクリスマスの話をしたのよ」
結月の言葉に陽花里は「うん」と小さく相槌を打つ。
「二十五日は陽花里との約束があるから二十四日に会わないかって。ただ、私も偶然二十四日には予定があって……」
クリスマスについての話と聞いたとき、自分と蒼のデートに触れるものだと予想していた陽花里はさっきと変わらない声量で「うん」と言葉を漏らす。
自分も二十五日しか行けない。
だから二十五日を譲ってくれ。
結月はそう言うのだと陽花里は思った。クリスマスといえば男女にとって特別なイベントだ。
どこぞの誰かの誕生日が、いつの間にそんなイベントに成り代わったのかは知らないけれど、世間ではクリスマスは恋人のイベントだとも言われている。
だから、二十五日に会うというのは陽花里にとって特別なことで、それを譲るなんて絶対にできない。
少しでも長く一緒にいたいと思う。
以前、蒼とデートをしたときは二部制にして二人が順番にデートをした。今回もそういう提案はできるけれど、物足りなさは感じるに違いない。
結月はその先を言葉にできないでいた。
申し訳無さそうに目を伏せる。
言い出せない気持ちも分かるし、言いたいことも分かる。
今回、たまたま陽花里が先だったからこうなっただけで、もしかしたら逆だったかもしれない。
きっと、立場が逆だったなら陽花里も同じことをするはずだ。
だから。
「結月は蒼のこと好きだよね」
「……ええ」
「わたしも好きだよ。きっと、このどきどきはその気持ちの現れだと思う」
「……」
陽花里の言葉の意図が読めず、結月は眉をひそめた。なにが言いたいのだろう、と表情で伝えてくる結月に陽花里は微笑む。
「でもね、結月のことも大切なの。同じ人を好きになったけど、だからってこの先、わたしたちの関係が崩れるのはいや。どちらが選ばれても、ちゃんとおめでとうって言いたいし言ってほしい」
「……陽花里」
「抜けがけ禁止ってわけじゃないけどさ、こういうのはフェアにいこうよ」
陽花里の明るい表情に結月の不安は徐々に薄れていく。彼女と関わった誰もが抱くこのぽかぽかとした温かな気持ち。それはまるで世界を明るく照らす太陽のよう。
「フェアって?」
「三人でデートをしよ?」
「さ、三人……?」
陽花里は「そう!」と言って結月との距離を詰める。ドアの付近にいた結月は驚いて一歩後ずさった。
「クリスマスは三人で! どうかな?」
「……いいの?」
「うん。クリスマスはみんなが幸せになれる特別な日だもん。結月が悲しい顔をしてるのはいやだよ」
陽花里のどこまでも甘く、優しく温かい提案に結月の口元はついつい綻んでしまう。
「ありがとう。陽花里」
結月が言うと、陽花里はいつものようににこりと笑う。
「この借りはちゃんと返すから」
「別に気にしないでいいよ。試合の終わりに握手ができるのは全力を出し合ったからなんだから。わたしはこれを貸しだとは思わないからね」
陽花里はぷらぷらと揺れている結月の手を掴みながらそんなことを言う。
陽花里の中にあるスポーツマンシップが彼女のそういう考えに至らせるようだ。
「それでも私は借りだと思う。けど、返すのはクリスマスじゃなくて、またどこか別の機会よ。同じようなことがあったら同じような提案をするし、フェアにいくことも誓うわ。もちろん、抜けがけはするかもしれないけれど」
「うん!」
同じ人を好きになった。
普通に考えればそこには勝ちと負けがある。
その勝敗が決したときには、二人の間には少なからず溝ができるだろう。
それは嫌だから。
フェアにいこうと二人が誓う。
きっとその気持ちは結月も同じなのだ。
負けたくないという気持ちはあっても、だからといって嫌いという感情に直結するわけでは決してない。
それが陽花里と結月という双子の在り方だった。
*
「……三人で?」
陽花里に電話をしたものの応じることはなく、しばらく経った頃、スマホに一通のメッセージが届いた。
相手は陽花里。
その内容は『クリスマスは三人で楽しみましょうね!』というものだった。
「……どういうことだ」
一体、自分の知らないところで何があったのだろうか。
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