第31話 正面衝突待ったなし
陽花里とクリスマスの予定について話した日の夜。
俺は自室にてスマホとにらめっこしていた。
問題は結月にどう話すか、ということでメッセージを打っては消してをひたすら繰り返していた。
なにを打っても何となく違うような気がして一向に前に進めず、時間を確認したらもう始めてから一時間経っていた。
思わず「嘘だろ」という言葉が口から漏れ出てしまう。
思い返せば俺から誰かにメッセージを送ることはこれまでほとんどなかった。
大抵が送られてきたメッセージへの返事で、こちらから送るとしても朱夏だったり母さんだったりと家族のみ。
友達に俺からメッセージを送る経験が乏しいので一生悩めてしまう。
推敲する度、気になる部分が出てきやがる。
「……」
さすがに悩み過ぎだなと感じたので、俺は文章をすべて消して改めて文字を打つ。
『クリスマスに予定ってあるか?』
なんか違うような気がしつつ、ええいままよと送信ボタンを押す。
すると一秒と経たずに既読がつく。
すぐに返事が来るのかと思っていたんだけど、次の瞬間、画面が勝手に切り替わる。
結月から電話がかかってきた。
「うおッ」
突然のことに驚き、俺はスマホを落としてしまう。ベッドの上で触っていて良かった。
落としたスマホを手に取り、ごくりと喉を鳴らす。友達と通話なんていつぶりだろうかと考えると余計に緊張した。
この緊張を味わいたくないからメッセージを送ったというのに、どうして察してくれないのか。
「も、もしもし?」
意を決して通話に応じる。
『随分電話に出るのが遅かったわね?』
「いろいろあって。ていうか、なんで電話?」
『電話の方が手っ取り早いでしょ。というのは建前で、本当はクリスマスの話題に触れてくれたことが嬉しくてつい電話しちゃったのよ』
全部言っちゃうのかよ。
電話の声というのは限りなく通話相手に似た音声によって再現されており、つまりこの声は結月のものではなく機械によって作られたものである。
どこかで聞いたうんちくだけど、そんなこと分かっていても変にゾクゾクする。
電話から耳に届くのは、俺からすれば結月の声でしかないのだ。
「そりゃどうも」
俺は照れ隠しのつもりでぶっきらぼうに返す。
『それで、クリスマスだったよね』
しかし、そんなこと気にもせずに結月は会話を進める。俺は結月の言葉に「ああ」と頷いた。
『もちろん空いてるわ。というか、そもそも私からこの話をするつもりだったもの』
昨日の図書室でそんな話題が上がっていたのでそうだろうとは思っていた。だからこそ、真剣にそのことについて考えたわけでもある。
『ただ』
と、結月が言葉を続ける。
『二十四日はちょっと予定があるから、二十五日だと有り難いのだけれど』
「……へあ?」
間抜けな声が漏れた。
ちょっと待ってくれ。いま、彼女はなんて言った?
「いつがダメって?」
『二十四日。イヴの日ね』
「行けるのは?」
『二十五日。クリスマス当日よ』
確か、陽花里もそんなことを言っていた気がするな。
二十四日は友達と予定があるから二十五日にしてほしいと。そして俺はそれに頷いた。
そのときは、結月が二十四日に会えるということに一ミリの疑いも持っていなかった。
普通に予定があってもおかしくないのに。
「その予定って陽花里も一緒だったり?」
『いえ。陽花里は無関係よ? どうして?』
「えっと」
俺は通話をスピーカーモードにしてスケジュールアプリを開く。もしかしたら、俺の記憶違いで陽花里との約束が二十四日だったという可能性はゼロではない。
……いや、ゼロだわ。
今この瞬間にゼロになった。
「結月は二十五日じゃないとダメなんだよな?」
『そうね。せっかく誘ってくれたのに断るのは気が引けるし……』
「それはそうだ。断ってもらってまで会おうとは思わないさ」
『それで、二十五日で問題ないかしら?』
「いや、二十五日はちょっと」
どうする。
ここまでの話には至らなかったけど、クリスマスに先に触れてきたのは結月だ。だから結月は大丈夫だろうという謎の油断があった。
その油断があったから、俺は先に陽花里にアプローチをした。彼女の方が交友関係は広いし、先に予定を入れておかないと先約が入ってもおかしくなかったから。
まあ、現に入っていたわけだけど。
なんか、先に話してくれた結月に対して非常に申し訳ない展開になりつつあるぞ。
考えうる打開策は……。
「ちなみに二十六日は?」
『予定はないけれど……。なんで二十五日はダメなの? 私は蒼くんと《クリスマスデート》がしたいのよ?』
その声色からは彼女の頑とした姿勢が伝わってくる。
陽花里の存在は伏せつつ予定があることにしようか。
いや俺はクリスマスに予定が入るほどの交友関係を持ち合わせていない。
日比野の名前は使えるけど余計にややこしくなる気がするし、あいつは自分に飛び火がかかると感じたら平気で俺を売るだろう。だからダメだ。
それに陽花里がクリスマスのことを結月に伏せ続けられるとは思えない。
どこかのタイミングで確実に露見する。
そうなると、隠したことの罪が大きくなるだけだ。
「えっと……その……」
腹をくくろう。
これはもう逃れられないところまで来てしまっている。
選択肢を間違えたのだ。
珍しくこちらから人を誘えばこれだよ。こんなややこしいことになるなんて思わないだろ普通は。
「実は――」
俺はすべてを話すことにした。
一つ残らず、少しも隠さず、すべてをさらけ出すことにした。そうすることで問題が解決するとは思わなかったけれど、彼女にできるせめてもの贖罪のつもりだった。
『なるほど。蒼くんの考えは分かったわ。いろいろとタイミングが噛み合わなかったこともあるし仕方ないとは思うけれど、納得はやっぱりできそうにない。他の誰でもなく、陽花里が相手だというなら尚の事よ』
「あの、えっと」
淡々と口にする結月。
怒っているように感じる部分もあるけれど、でもそうではないような気がする。
なんだろう、上手く感情を読み取れない。だから電話は嫌いなんだ。ただでさえ苦手なんだから面と向かって話させてくれ。
『ここで蒼くんに何を言っても解決はしそうにないわね。ごめんなさい、一度電話を切るわ』
「……電話を切って、どうするつもりだ?」
ごくり、と恐る恐る俺は尋ねる。
『それはもちろん、ヒミツよ』
返ってきたの努めて上機嫌な声色の、そんな言葉だった。
俺が何かを言う前に通話は切られてしまう。
俺は慌てて陽花里に電話をした。
緊張とかそんなこと言ってる場合じゃなかった。
けど、陽花里が通話に応じることはなかった。
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