第30話 プラン通り?


 すべてを白状した。


 事の発端から今に至るまでの説明を相槌だけ打ちながら最後まで聞いていた朱夏は、数秒の沈黙の中でごくりと生唾を飲み込みようやく口を開く。


「……お、お兄ちゃんにモテ期がきている」


 信じられねえ、と顔が言っている。


 いや気持ちは分かるけど。

 ついこの前まで恋人はおろか友達さえまともにいなかった俺が二人の美少女から言い寄られているとか、どこのラブコメだよと言いたいだろうけど。


「それで、お兄ちゃんはどうするつもりなの?」


 事情を把握した朱夏が改めて訊いてくる。


「それが分かってれば苦労はないって。だからお前に話を訊いたんだろ」


「双子ってことは陽花里さん? は結月さん? と同じくらい可愛いってことでしょ?」


 俺がすべてを説明したことで朱夏はようやく結月と陽花里の名前を把握した。

 けれど、まだ曖昧だったのか呼ぶ声は少し自信なさげだった。


「まあ、そだな」


「そんなのもう二人まとめて愛するしかないんじゃない?」


 にやにやしながら朱夏が言う。

 他人事だと思って楽しんでいらっしゃる。


「さっきと言ってること違うんだが?」


「リアルで起こってるっていうなら話は別でしょ。あたしがお兄ちゃんの立場ならうはうはだよ」


「お前なぁ……」


 みんな軽く考えすぎじゃないだろうか。この状況を楽しむ余裕なんて俺にはないんだけど。


 それとも、俺が重く捉えすぎているのだろうか。世の中の人ってそんなもんなのか? 恋愛に対して潔癖すぎるのか?


 分からん。


「よっと」


 俺が考えていると、満足したのか朱夏は立ち上がりベッドから降りた。そのままスタスタと歩いていく。


「お兄ちゃんの面白い話が聞けて満足したから戻るね。またなにか続報があったら逐一報告すること。いい?」


「いいわけあるか」


 俺が冷たく言うと、朱夏はぶうと頰を膨らませた。こっちから言わなくてもどうせこうして聞き出しに来るんだろうけど。


 もういいよ、と言って朱夏が部屋から出て行こうとした。しかし、ぴたりと動きを止めて改めて俺の方を振り返る。


「ねえ、お兄ちゃん」


 これまでと違い、どこか真面目さが混じった声のトーンだった。どうしたのかと俺は言葉の続きを待つ。


「恋愛ってさ、楽しむものなんだよ?」


「急になんだ」


「悩むのはいいけど、苦しむのは違うと思う。辛いこととか悲しいこととか、いろんなことがあるけどさ、そういうの全部まとめて楽しまないと損だよ」


「……」


 恋愛経験豊富な熟練の女みたいな雰囲気を醸し出して朱夏がそんなことを言う。俺が知る限りでは彼氏はいたことないのに。こっそりと作ってたりするのかな。


「今のお兄ちゃんは楽しんでないように見えるけどな」


 それだけ言って、朱夏は部屋から出て行った。


 俺はぱたりと床に倒れて天井を見つめる。頭の中でぐるぐると回る朱夏の言葉を反芻した。


「……あいつ、人生二周目か?」



 *



 翌日の放課後。

 いつもと変わらない一日を終えた放課後。教室を出ていく生徒の流れに乗って俺も廊下に出た。


 そのまま昇降口に向かい靴を履き替え、適当な壁に背中を預け人を待つ。


 昨日の夜、朱夏と話をしたあとにいろいろと考えてこれからやることを決めた俺は陽花里に連絡をした。


 放課後に少し時間が欲しいと伝えたところ、二つ返事で了承してくれたのでこうして彼女を待っている。

 結局、二人で一緒に帰ることになった。


 教室を出るときにちらと陽花里の様子を見ると友達と喋っていたので、もしかしたらもう少し時間がかかるかもしれない。


 と、思っていたんだけど。


「お待たせしました」


 ぼうっとしていた俺の視界にひょこっと顔を出したのは陽花里だった。いつになく上機嫌な様子にクエスチョンマークを浮かべる。


「なんか上機嫌?」


「はいっ」


 俺は壁から背中を離して立ち上がる。すると、すっと隣に移動してきた陽花里はなおも笑顔で、にこーとこちらに笑顔を向けていた。


「なんかあったの?」


「ありましたよー。蒼が初めて誘ってくれました!」


 屈託のない笑みが眩しくて、俺は目を細めてしまう。ただ誘われただけでこれだけの笑顔を浮かべれるものなのか。


「それ、どういう反応すればいいの」


「これからはもっと誘うねーって言ってくれればいいですよ」


「善処するよ」


 そんな話をしながら俺たちは歩き始める。時間が少しズレたからか周りにはあまり生徒はいない。

 ちらほらとすれ違ったりすることはあるけど、こちらを気にする様子もなく自分たちの世界を楽しんでいる。


 存外、思っているよりも人は周りに興味がないものなのかもしれないな。


「それで、お話っていうのは?」


「ああ、えっと」


 俺は言いながら乾いた唇を湿らせる。


 俺が今日、こうして陽花里を呼び出したのはもちろん、クリスマスについてのことを話すためだ。


「クリスマスってさ、なにか予定あったりする?」


 結月とはクリスマスの話を少ししたけれど、よくよく考えると陽花里とはこれが初めてなので、もしかしたら突然なにを言い出すんだと思うかもしれない。


「ないですよっ」


 即答だった。

 あまりにも即答だったので思わず彼女の方を見ると、瞳の奥に無数の星をきらきらと宿していた。


「そ、そっか」


「わたしも声をかけようとしてたんです! そう訊いてくるということは、つまり蒼も予定はないんですよね? 一緒に過ごそうというお誘いなんですよね?」


 ぐいぐいと顔を接近させてくる陽花里。興奮するとこうして距離感バグるから毎度どきどきさせられる。


「そんな感じ、なんだけど」


「二十五日でもいいですか? 二十四日はお友達と遊ぶ予定があるんです」


「予定あるじゃん」


「クリスマスは二十五日なので!」


 そうだけど。


「それじゃあ二十五日はデートということで!」


 これで陽花里の方はコンプリートだ。


 クリスマスは二人と会うと決めたので、まずは予定が読めなかった陽花里に声をかけた。


 あとは結月に二十四日に会うよう話せばオッケーだな。

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