第29話 名探偵の名推理
その日の夜、俺は自室で一人考え事をしていた。床に敷かれたカーペットに寝転がり、天井をぼうっと眺める。
考え事、というのはクリスマスのことだ。
今日、図書室で結月とそういう話になった。図書委員のギャルの乱入で中途半端なところで切れてしまい、そのままタイミングを逃してしまったのだ。
もしかしたら、というか、もしかしなくてもあれはクリスマスを一緒に過ごそうというお誘いだったのだろう。
だとしたら、途切れてくれて良かったかもしれない。
なにせ俺はまだ考えを纏め切れていなかったから。ちゃんと自分で決めて、こちらから誘おう。
だから、今こうして考えている。
バイトのことも考えなきゃいけないし、期末テストだって待っているし、考えることが多いな。
「……」
結月と陽花里。
他の女子と比べれば二人は俺の中では特別だ。《好き》と言い切るだけの確証はないけど、特別であることは確かだ。
けど、今のところ結月と陽花里に優劣はつけることができていない。だから、クリスマスにどちらか片方とだけ会うようなことはできない。
だったら、どうするべきか。
イブと当日に分けて二人と会う。あるいはこの前のように二部制にして一日で二人と会う。
いっそのことどちらとも会わない。
思い切って二人と同時に会う。
考えられる選択肢はそんなところだよな。
別に予定はなく、基本的にスケジュール帳が真っ白な俺なので二日に分けて会うのが一番現実的だよな。
二部制は前回やって分かったけど結構しんどい。二人同時になんてもってのほかだ。
うん。
そうだな。
それがいい、きっとベストアンサーだ。
ところで。
「……退いてくれる?」
「あ、ごめん。座りにくそうだけどちょうどいいところにイスがあると思ったらお兄ちゃんだったんだね!」
「座りにくそうだけどは余計だろ」
「……イスの方はもういいんだ」
俺のツッコミにぼそりとぼやいた朱夏が言いながら立ち上がる。
俺の部屋に相変わらずノックもなしに侵入してきた朱夏は、何の躊躇いもなく寝転がる俺の上に座ってきた。
あんまり重たくなかったのが幸いか。身長は低めだし細いからな。軽いのも無理はない。
「なんか用か?」
「あたしがなんの用もなくお兄ちゃんの部屋に来ると思う?」
「たまに来るじゃん」
言うと、朱夏はつまらなさそうにむすっと膨れた。俺は事実を言っただけなのに、どうしてかこっちが悪いみたいな空気感が出来上がる。
「それで?」
俺はとりあえず話題を戻す。
「ん?」
「要件は?」
「え、ないけど?」
なんで? みたいな顔をする朱夏に俺はさすがに戸惑いの表情を浮かべてしまう。
数秒前の自分の発言に対してなにも思わないのだろうか。兄との会話適当すぎない?
「なーんてね」
俺がしっかり戸惑っていると朱夏がぺろと舌を出しながらお茶目に笑ってみせた。
騙されたでしょ、とでも言いたげな笑みにストレスが溜まる。
「暇だったからお兄ちゃんと絡みに来たの」
「ないじゃん、用事」
「はぁ? 可愛いかわいい妹がお兄ちゃんみたいな陰の者と話してあげてるんだよ? 感謝されることはあってもぞんざいに扱われる筋合いないんですけど」
ぷんすかぷんぷんと頬を膨らませる朱夏。このように、なんの用事もなく暇だから程度の理由で俺の部屋を訪れるのは初めてではないので今さら思うことはない。
「なんか話して?」
当たり前のようにベッドにダイブした朱夏が俺の方を見ながらそんなことを言う。
やってきたのに全部こっちに丸投げしてくるとか恐ろしすぎる。提供した話題がつまらなかったら逆ギレしてくるのだからなおのことだ。
まあ、ちょうど考えをまとめていたところだし、朱夏の意見も訊いてみようか。
人と話すことで見えるものもあるだろうし。
「朱夏ってモテんの?」
「え、兄妹で恋バナするの? お兄ちゃんにあたしの恋愛事情把握されたくないんだけど」
「雑談だって」
うへえ、とわざとらしく引いた表情を作る朱夏。会話の中で茶々を入れることはよくあるし悪いこととも思わないけれど、こいつはそれが多すぎる。そのせいで本題から逸れに逸れるということが多々ある。
「それで?」
「んー、まあそれなりにはモテるよね。だってほら、あたしってビジュアルは八十五点くらいでしょ?」
「自己評価高いな」
とはいえ、事実でもある。妹だから何とも思わないけど整った顔立ちはしているし中学生にしては発育も良い方だろう。
俺と違ってフレンドリーだから友達も多いのだろう。性格に若干の難があるけどそれもきっと上手く隠しているに違いない。
「まあいいけど。もしイケメン二人から付き合ってほしいって言われたらどうする?」
「ビジュアルレベルが同じなら他の部分で選ぶでしょ。性格とか趣味の合致とか」
「その辺もだいたい同じ感じだったら?」
「とりあえずデートするよ。結局遊んでみなきゃ相性なんてわからないしね」
「それでどっちとも良い奴だと思ったら?」
俺の質問連打に違和感を覚えるように眉をひそめつつも、それでも朱夏はむうと悩んで答えをくれる。
「そんなことがあるとは思えないけど、もしそうなったら、それでもどちらかを選ぶだろうね。二人と付き合うわけにはいかないし、かといって二人と付き合わないわけにもいかないから」
やっぱりそうなんだよな。
昔がどうだったかは分からないけど、今の時代では少なくともそれが当たり前だ。
そりゃ褒められた話じゃないんだろうけど、それでも全員が幸せならば二人と付き合うことだって間違ってはいないのかもしれないけど。
「クリスマスに二人とデートしようと考えてるとして、どういうスケジュールにするのがいいと思う?」
「さっきからやけに質問が具体的だなぁ」
いつの間にか起き上がってベッドに座っていた朱夏が顎に手を当てて難しい顔をした。
むむむ、と数秒唸った朱夏はハッと目を見開き、そして信じられないとでも言うような顔を俺に向けた。
「な、なんだよ?」
「あの日、倒れている女の人を囲んでいた女の子は二人いた。そのうちの一人は黒髪の美人さん。その隣にいた人も同じくらいに若かった……多分、姉妹とかだよね。お母さんを助けてくれたお兄ちゃんに好意を抱いた片方。だとしたらもう片方だってそうならないとは限らない」
ぶつぶつと早口に何かを言って、そして朱夏は勢いよく立ち上がり仁王立ちをしてビシッと俺を指差してきた。
「お兄ちゃん、もしかして二人から言い寄られている!?」
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