第28話 共通ルートはまだ続く
金色っぽい茶色の髪が印象的なギャルだった。顔はばっちりとメイクが施されていて派手な雰囲気がどうにも苦手だ。
制服のボタンは鎖骨が露出するように開けられていて、その割にブレザーはしっかり着ているから暑いのか寒いのかよく分からない。
しかし、雑に装備してあるリボンや上履きを見るに彼女はどうやら俺たちと同じ一年生のようだ。
「あ、ごめんなさい」
とっさに謝る。
これに関しては俺が悪い。誰が見ても明らかなのでここは謝罪以外の選択肢はないだろう。
「それだけ」
短く言って、そのギャルは踵を返してもといた場所に戻っていく。くるりと回る瞬間にその鋭い視線が結月に向いていたように見えたのは気のせいだろうか。
そんなことよりも、結月と話していたのがバレてしまった。最近は緊張感もなくなって随分と油断していたから無理もないが。
あのギャルが誰かに言いでもしたら、と思ったけれど、それももしかしたら俺の考えすぎなのかもしれないとも思う。
存外、誰も人の交友関係なんて気にしないものか。まして、話したことのない地味な男なのだから。
「今日は帰るか」
「もういいの?」
「言ってももうすぐ終わりだし、それに今日はなんか居づらい」
時計を見るともうすぐ五時だ。
読書をしていると時間の経過があっという間に感じていた俺だけれど、最近はこうして結月と話していてもそれを感じる。
自分でも知らないうちに、この時間は大切なものになっているようだ。
「それじゃあ、帰りましょうか」
「ああ」
帰り支度をする俺を、どうしてか結月がきょとんとした顔で見つめてきていた。
「どうかした?」
「いや、すんなりと一緒に帰ることを受け容れられたから。いつもならここは断るところでしょ?」
ああそういうことか、と俺は得心する。
帰り支度をする手を止めることなく、視線もカバンに向けたまま、俺は何でもないように口を開く。
「なんか、あんまり気にしても仕方ないのかなって」
とはいえ、教室で二人のときのような絡み方をされたら困るので節度というか程度は守ってほしいけど、であればそこまで気にすることでもないのかもしれない。
「急に?」
「ああ」
そりゃそういうリアクションになるか。あれだけ拒んでいた俺が突然考え方を変えたわけだし。
そんなわけで荷物を纏めて図書室を出ることにした。前を通りがかったところで図書委員のギャルと一瞬目が合ったけど俺はすぐに逸らす。どうしてギャルは眼力が強いのか。ついつい逸らしてしまう。
このまま退散しようとしたのだが。
「ねえ」
不意に話しかけられ、びくりと体を揺らしてしまう。ここにいるのは三人で、結月は俺より先に図書室を出ていき、声は女の子の声で、ギャルは明らかに電話していない。
「……はい?」
話しかけられたのは俺だということは明白だったので、足を止めて恐る恐る彼女の方を振り返る。
ギャルは受付のイスにかったるそうに座りながらスマホを片手に、俺を無表情で見上げてきていた。こんなに唆らない上目遣いも中々ない。
「あんた、琴吹と付き合ってんの?」
淡々とした声色でそんなことを訊かれた。
「付き合ってないけど」
嘘ではないので即答する。
呼び止められたことには動揺したけど、この質問に関してはありのままを言っただけなので何でもない。
するとギャルは「ふぅん」と興味なさげな相槌を打ってくる。興味ないならもう帰っていいですかね。
「そのわりには仲良さげに見えたけど?」
「友達でもそれくらいはあるんじゃないのか?」
俺が言うとなおも興味なさそうだった。ただ視線だけはこちらに向けている。
「少なくとも私は見たことないけどね。あいつが男子とあんな楽しそうに話してるところ」
「そうなの?」
ギャルの話に興味を唆られてしまい、俺はついつい尋ねてしまう。彼女はスマホに視線を落としながら「うん」と頷いた。
結月は教室では女友達と一緒にいることが多い。告白されることは何度もあっただろう。
男子と話すところも見たことはある。そのときの結月の表情なんて気にしたことはなかったけど、このギャルの話のポイントは楽しそうだったか否かというところだと思う。
あれ。
ていうか、なんでこのギャルはそんなこと知ってるんだ?
クラスメイトの名前と顔を全て一致させられるほどの把握はしていないけど、さすがにクラスメイトにいた顔かどうかくらいは判断できる。
間違いなく、このギャルはクラスメイトではない。
つまり、結月とも違うクラスのはずなのに、どうして結月のことをそこまで知ってるんだろう。
「同じ中学だったんだ。琴吹とはね。その頃からあんまり話すことはなかったし、そもそも仲良くなかったんだけど」
俺の疑問を見透かしたギャルが質問よりも先にその答えを口にしてくれた。
こちらの意図を汲み取り先回りするなんて、絶対に仕事できるタイプだ。見た目は適当そうなのにな。
「そう、なんだ」
結月の中学時代か。
どういう感じだったんだろう、とは思う。けど、それを結月ではない人間から聞くのはなんというか、誠実ではない気がする。
「ちょっと気になっただけだから。もう行っていいよ」
「あ、うす」
どうしようかと思っていたところで許可が出たので図書室から出ることにした。
ドアノブに手をかけたところで、「あ、そうだ」と背中に声をかけられた。
「なにか?」
俺は振り返る。
「あんた、名前は?」
「……桐島だけど」
名乗るべきではなかったかも、という警戒心が生まれたのはこの二秒後だった。
安易に個人情報を教えるものではないからな。どこで悪用されるか分からない。
知らない人には常に警戒しておかないと。
「そ」
今度こそもう大丈夫、とでも言いたげにギャルはスマホに視線を落とした。だから俺も図書室を出ることにした。
廊下に出ると、ご機嫌ななめな様子の結月が腕を組んで待っていた。大きな胸の下で腕を組んでいるせいでその果実がより一層主張されていることに気づいているのだろうか。
「遅かったわね?」
「ああ、ちょっと話しかけられて」
「平野さんに?」
「平野さんって言うのか。同じ中学だったんだって?」
俺が言うと結月は「ええ、まあ」と濁すような相槌を返してきた。そのあとすぐに「ほとんど喋ったことないけれど」と付け足す。
「なにを話していたの? 私が知る限り、蒼くんと彼女に接点はなかったはずだけど」
なんか圧が凄いぞ。
「別に。結月と付き合ってるのかって訊かれただけだよ」
「なにそれもうちょっと詳しく」
組んでいた腕はほどかれ、すすすと俺との距離を詰めてきた結月が表情は変えないまま瞳だけをきらきらと輝かせる。
「詳しくも何もないって。中学時代は結月が男子と楽しそうに話してるところ見なかったから、そう思ったんだって」
「それで、蒼くんの返事は? ここの選択次第ではこのまま私のルートに突入する展開もあり得ると思うのだけれど」
「否定したけど。付き合ってないし」
「……ですよね」
そんな急に盛り下がらないでくれよ。
そもそも俺がそう答えるのなんて予想できただろ。
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