第24話 メラメラ闘争心
琴吹結月と琴吹陽花里。
二人ともいい子だと思う。容姿はもちろんだけど、相手を思いやる気持ちを持っている。
少々強引でズレた部分もあるけれど、それでも一緒にいる時間は確かに楽しかった。
付き合いたいか、否か。
「それはまだ、俺にも分かりません。結月さんと陽花里さんには、他の女子には感じなかった確かな心地良さがありました。特別なのは確かです」
けれど、と俺は言葉を続ける。
「付き合いたい、とハッキリ言えるだけの確信はまだ、俺の中にはありません。それに……」
俺は言おうとして口を閉じた。
仮に、という話であっても父親の前で言うことではないような気がしたからだ。
「それに、なんだね?」
「えっと」
俺は言葉を詰まらせる。
そんな俺の様子を見て玄馬さんは努めて穏やかな笑顔を浮かべた。
その笑みに、どうしてか閉じたはずの口がゆっくりと開いてしまう。
「娘さんたちは魅力的です。このまま彼女らと一緒にいれば、きっと俺は今より先の関係になることを望むようになるでしょう。けど、そのとき、俺は二人のうちのどちらかを選ばなければならない。それができるかと言われたら……」
そこまで言って、俺はその先の言葉を濁した。ここまで言えば、俺の言わんとしていることは玄馬さんも察したはずだ。
結月と陽花里は俺にはもったいないくらいの女の子だ。本来ならば、そんな二人から好意を寄せられるなんてことは有り得ないくらい。
けれど、現実こうして俺はありがたいことに二人から好意的に思われている。
いつか俺が自分自身で一歩踏み出すことを決めたとき。
二人のうち、一人を選ぶなんてことができるだろうか。
「……私は巷では親バカと言われることがよくあってね、実際はそんなことないんだけども」
玄馬さんは小さく笑ってから、ゆっくりとそんなことを話し始める。噂通りだと思うんですけど、という言葉は飲み込んだ。
「だから、あの子たちが泣くようなところは絶対に見たくないのだよ。もしも好きな男の子に振られでもしたら、きっと涙を流すだろう」
瞬間。
玄馬さんがぎろりと俺を睨んだ。
いや、あるいはそれは錯覚だったのかもしれないけれど、それくらいの迫力ある視線が向けられたのは確かだった。
「それだけは許せんのだ」
「けど、もし俺が恋人になることを視野に入れたとしても、二人のうちのどちらかとしかお付き合いはできません」
つまり、どちらか片方は振るしかないということだ。それも相手は双子。今後のことだって心配になる。
いや、そこまで考えるのはさすがに驕りが過ぎるか。
「彼女らのことを考えると、どちらか片方を選ぶというのは……」
甘えだと思う。
結局は俺が選ばないための言い訳を探しているだけだ。それが分かっていても、まだその道に進むだけの覚悟はないからどうすることもできない。
「選ばれなかった方が可哀想だから、どちらも選ばないと?」
「……」
俺は口を噤み、視線を逸らす。
怒られるだろうか、とも思ったけど玄馬さんから返ってきた声はやはり静かなものだった。
「難しく考えよる。最近の若者はどうにも真面目なようだ」
にい、と口角を上げながら言う玄馬さんの言葉の意味が分からず、俺は唖然としていた。
「どちらかを選べないのなら、どちらも選ばなければいい」
玄馬さんが言ったのは俺と同じような言葉だ。けど、その表情はまるで違っていた。
現実から目を逸らすように言った俺とは違い、玄馬さんはどこまでも誇らしげに語る。
「だから、俺は」
「二つ並ぶ絶品料理。なぜ片方しか食べてはいけない? どちらかを選べないならどちらも食べればいい」
俺の言葉をかき消すような声量で放たれたのはそんな言葉だった。俺が考えもしなかった、有り得てはいけない禁断の道だ。
「選ばない努力をするくらいならば、どちらも選ぶ努力をするといい。独りよがりな答えを出す必要はない。誰もが笑顔でいられる道は本当にないのか、もっと探してみるといいじゃないか。私らが若い頃はもっと遊び心に富んでいたぞ?」
くく、と玄馬さんは子どものように笑った。
「それはつまり、結月さんと陽花里さん、二人と付き合えばいいと?」
「あいつらがそれを望むのならば、な」
「娘さんの彼氏がそんなクズ野郎でもいいんですか?」
二股するような男は総じてクズ野郎だろう。
「クズ野郎かどうかは君が決めることではない。結月が、陽花里が、そして私が決めることだ。ちなみに私は、女の笑顔の為に泥をかぶれる男をクズ野郎とは思わないね」
玄馬さんは試すように笑う。
日本では重婚は認められていない。
二人と付き合うことがあっても、最終的にそういった結末を迎えることは決してないのだ。
けれど。
逆に言えばそれだけ。
双方が納得さえしていれば、結婚という問題を除けばなんの問題もない。いや、世間体という問題は一生まとわりつくか。
そもそも結婚しないと一緒にいられないわけじゃない。むしろ、結婚しなければ一緒にいることができるならばそれを選べばいいだけのこと。
もっと言えば、付き合ったからといって結婚にまで辿り着くかさえ分からないのだ。
果たして、学生時代の恋人と結婚に発展した夫婦はこの世界にどれくらいいるのだろうか。
つらつらと玄馬さんは話したけれど、要は難しく考えすぎるなってことなんだろう。
選ばないという選択は同じだけど、その内容は天と地ほども違う。
けど、結末がどうなるかはともかく、そう考えると少しだけ気持ちが楽になった気がする。
「まあ、なんだ。娘とのことを真剣に考えてくれたのならば、私はその答えを尊重するよ。どちらかを選ぶとしても、どちらも選ばないにしてもね」
*
蒼は彼女欲しいと思ってるんだ。
なんというか、反応的にあまりそういうことに意欲的ではないと感じていたんだけど、結月にはそれを話したの?
なんでわたしには話してくれなかったんだろう。
自分の部屋でわたし、琴吹陽花里はそんなことをぐるぐると考えていた。
「……はあ」
大きなため息をつく。
我ながら盛大なものだなと笑ってしまうほどの。
わたしは人を好きになったことがない。
中学生くらいになると周りの友達は彼氏だイケメンだと男性の話題を口にするようになった。
興味のありなしでいえば、わたしだって興味はあったから会話自体には参加していたんだけど、どこか他人事のように思えてならなかった。
もしかしたら蒼に対するこの気持ちだって、本当のところ恋心かどうかも、わたしはまだピンと来ていない。
他の男の人には感じないどきどきはある。居心地だっていい。好きと表現するには十分なのかもしれないけれど、まだわたしの中ではそれが不明瞭で。
だからこそ、わたしは蒼ともっと仲良くなりたいと思っている。
蕾のままのこの気持ちが、近いうちに花開くときが来るとわたしは予感しているからだ。
それに。
結月には負けたくない。
「……」
気づけばわたしは拳をぎゅっと握っていた。気持ちが体に表れてしまったのだろう。
小さく笑いながら、息を吐いて力を抜いた。
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