第23話 正解不明


 結月の爆弾発言に俺は口をあんぐりと開けたまま数秒の間、戻すことさえ忘れていた。


「え、そうなんですか?」


 一瞬の沈黙の中、それを破ったのは真剣な顔つきの陽花里だった。


「いや、えっと」


 俺は言葉を詰まらせる。


 彼女が欲しいかどうかと言われたら、そりゃ欲しいは欲しい。俺だって男だし、ましてや思春期真っ只中なのだからそういうことに興味がないわけではない。


 一人でいるのが好きだからといって、人といることを嫌っているわけではないのだ。


 大勢の人間と、自分の感情を押し殺してまで付き合いたいと思っていないだけで、少なくてもお互いのことを尊重し合えるような相手とならば一緒にいるのは大歓迎だ。


 だから日比野とは一緒にいるわけだし。


 結月や陽花里だってそうだ。


 俺の意見を尊重しながら、俺と一緒にいてくれている。


 そんな相手とならば、付き合いたいとも思う。


 けれども!


 そんな話はしてないだろ。


「桐島君は今、付き合っている相手はいないのかね?」


 こほん、と咳払いをした玄馬さんが至って真剣な表情を俺に向けた。こんな顔されたら誤魔化せるものも誤魔化せない。


「いえ、そういった相手は今のところは……」


 ごにょごにょと後半は消え入るような音量になってしまう。しかし、このままだと結月と陽花里にターンを渡してしまうと思った俺は彼女らよりも先に何か言おうとした。


 が。


「結月、陽花里。少し、自分の部屋に戻ってなさい」


 三人より先に玄馬さんが真剣な声色そのままに、そんなことを言った。いつもと調子が違うのか、結月と陽花里は顔を見合わせ、戸惑うような表情で席を立った。


 惜しむようにこちらを見てきたものだから、俺はなにか言うべきか悩んだけれど、なにも言葉が出てこなかった。


 というか、なんだこの展開は。


 どうして俺は父親と二人きりになっているんだ。


 しかもさっきの話題からのこれだから、何というかあまり良い方向に向かうようには思えない。


「あの……」


 二人が部屋を出ていき、玄馬さんが険しい表情で俺を無言で見つめてくるものだから、その沈黙に耐えかねて俺は口を開いてしまう。


 言葉を発したものの、その先のプランはなにもない。


 恐る恐る、といった調子の俺を見て玄馬さんは「すまんすまん」と言いながら表情を柔らかくした。


「つい考え込んでしまった」


 そしてにこやかに笑う。

 どうやら悪いふうには思われていないみたいだけど。


「それで、なんだったか、そう、君の恋人についてだったね」


 わざとらしく言葉を繋げる。

 やはりその話題が続くらしい。


「えっと」


「恋人が欲しいと思っているのは本当かね?」


 言い淀む俺を見て、玄馬さんはさらに言葉を続ける。真っ直ぐこちらに向けられた瞳は、俺の真意を探っているように見えた。


「まあ、そりゃ、健全な男子高校生なので」


 ここは誤魔化さずに本音を漏らした。


 その本音に複雑な感情が絡まっているんだけど、そこはわざわざ言う必要もないだろう。


 玄馬さんは俯き、ふむと唸ったあとに「なるほど」と小さく呟いた。

 そして改めて俺の目を見てきた。


「君の目から見て、うちの娘たちはどう思うかね?」


 飛んできた質問に俺は一瞬体を震わせた。動揺でぴくりと反応してしまったのだ。


 この質問の意図はなんだろう。


 どう答えるのが正解なんだろう。


 分からない。


 だからもう思ったままのことを言ってしまおう。それでダメだったら遅かれ早かれそうなる運命なんだ。

 

「魅力的な女の子だと思います。見た目はもちろんですけど、性格もユニークというか個性的というか、楽しい人だし。それに、二人とも相手のことを思いやれる優しい心を持っています」


 それをひしひしと感じたのは、二人とデートをした日だ。


 二人分のプランを考えるのは大変だろうから、と俺に気を遣ってその日の予定は彼女らがそれぞれ考えてきた。


 その結果、二人とも映画という同じ答えに辿り着いたのだけれど、そのルートは違っていた。でも、共通していたのはどちらも俺のことを思っていたということだ。


 初めてのデートスポットはどういうものがいいのか、ネットに散らばる知識を参考に映画を選んだ結月。

 それは自分の考えだけでは俺に楽しんでもらえないかもしれないという不安からの行動だろう。自分のしたいことよりも、俺に楽しんでもらうことを考えたのが結月だ。


 それに対して陽花里は自分が観たい作品があるからという理由で映画を選んでいた。

 そこだけ聞けば自由やわがままという印象を受けるかもしれないが、その裏側には読書好きの俺になら映画を通せば自分の好みを知ってもらえるはずという考えがある。

 つまり彼女は、自分のことを知ってもらうためにわざわざ俺と同じ土俵に立ってくれたのだ。


 そんな二人の、相手を思いやる気持ちに、きっと俺は人として惹かれたんだと思う。


「ど、どうしてそんなことを?」


 この話題を進めていくことで、俺と彼女らの関係が変わるような予感も抱きつつも、俺はもう止まることをしなかった。


 というよりは、ここまで来て手ぶらでは帰れない。


 何か一つでも、情報なりを手にして帰りたい。


「君が妻を助けてくれたあと、娘と三人で食事をしていた。妻の容態も安定し、私らの食卓にも笑顔が戻りつつあった、そんな日の夕食時のことだ」


 当時のことを思い出しているのか、天井を仰ぐ玄馬さんの顔はどこか懐かしいものを見ているようだった。


「二人は興奮気味に、あの日のことを語っていた。それはもう楽しそうに、まるで本物のヒーローを目にした子どものようだったよ」


 あの日のこと、というのは恐らく琴吹家の母が倒れた日を言っているのだろう。


「それから毎日、話題に上がるのは君のことだった。二人はお礼がしたいと必死に君のことを探していてね。手がかりを見つけたときの喜びは今でも覚えている」


 確か、結月が朱夏にコンタクトを取ったんだっけ。どういう経緯でその行動に至ったのかは知らないけど、よくよく考えるとちょっとストーカーみたいな行動だな。


「あの子たちはね、きっと君に対して特別な感情を抱いている。それが、まああれだ、その、恋心かどうかは私には分からないが」


 照れるなら言わないでくれ。


「これなら互いのことを知り合っていく中で、そういう感情が芽生えることもあるだろう。私はそう思った」


「そう、ですかね」


「あの子たちのあんな顔は初めて見たよ。こうと決めたら一直線だから、もしかしたら多少強引なところがあるかもしれない」


 いや、だいぶ強引な一面ありました。


 俺にも悪い部分はあったのであれに関しては仕方なかったのかもしれないけど。


 そうでもしないと、繋がった糸が切れてしまっていただろうから。


「話が逸れた。つまり何が言いたいかと言うとだな、君は私の娘と付き合いたいと思っているのか、否かということなのだよ」


 こほん、わざとらしい咳払いを見せた玄馬さんは、眼力を精一杯まで上げた視線をこちらに向けてきた。


 その迫力に気圧されてしまう。


「……えっと」


 これ、なんて答えたらいいんだろう。

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