第20話 だって思春期なんだもの


 そして週末の土曜日。

 俺が琴吹家を訪問する当日になってしまった。

 朝の目覚めはあまりよくなかった。そもそも昨日は緊張のせいもあって中々寝付くことができなかったこともあり寝不足気味でもある。


 重たい体を起こして自室を出る。洗面所へと向かい顔を洗って目を覚ました。

 そこまでして、ようやく少しだけ目が覚める。俺はしっかり脳が起きるまでバシャバシャと顔を洗い続けた。


「……ふう」


 ようやく覚醒した。

 そのまま歯磨きタイムに移る。鏡に映る自分をぼーっと見つめながらシャコシャコと歯を磨く。


 髪を切るだけで印象って変わるもんだな、と散髪をした日から毎朝鏡を見て思う。短くなった髪を指でいじりながら、歯磨きを続けた。


 うがいを済まし自室へ戻る。着ていく服は一択なので悩むことはない。昨日のうちにクローゼットから出しておいた勝負服(一着しかない)に袖を通す。


 そして、再び洗面所へと移動する。

 

 美容院で後藤さんに髪のセットについて少し教えてもらった。さすがにあの感じにはできそうにないが、あれに近づけることはできるだろう。


 鏡と向き合い、手にワックスをつけてくしゃくしゃと髪に塗りたくる。そして、ぎこちない手つきで髪のセットを始めるが、やはり始めて数日では満足なものには仕上がらなかった。


 むう、と唸っていると後ろから物音がした。


「……お、お兄ちゃんが髪をセットしてる」


 わなわなと唇を震わせながら、まるで幽霊でも見たように俺を指差しながらそんなことを言う朱夏がいた。物音は衝撃のあまり持っていたスマホを落とした音だったらしい。


「美容院で教えてもらったんだよ。今日はちょっと大事な日だから頑張ってるんだ」


 言いながら、俺は鏡に向き直り再び髪をいじる。しかし、やはり上手くいかない。

 そんな俺を見かねてか、朱夏が「ふーん、お兄ちゃんも成長しようとしてるんだねぇ」としみじみ呟きながら近づいてきた。


 そして、俺の髪に触れる。


「今日のところはこのパーフェクトプリティシスター朱夏ちゃんにお任せしなよ。誰もが振り返るイケメンに生まれ変わらせてあげるよごめんそれは言い過ぎた」


「謝罪が早いよ」


 そう言いながらも朱夏は俺の髪をわしゃわしゃといじり始める。俺よりも腕があるのは明らかなので全てを任せることにした。


「今日はまたあの美人さんとデートなの?」


「なんで?」


「近所の本屋くらいなら意味不明な変Tシャツで行けてしまうお兄ちゃんがわざわざおしゃれしてるから」


 鋭いな。

 いや、俺が分かりやすいのか。


「まあ、そんなとこだよ」


 本当はその美人さんの親父さんに会いに行くんだけど、そんなこと言えば驚きのあまりぶっ倒れるか心配するあまりノイローゼになるかのどっちかだろうし、ここは黙っておこう。


「ふーん。じゃあ目一杯おしゃれしないとね」


 声を弾ませた朱夏はその後、ノリノリで髪をセットしてくれた。



 *



 琴吹家の場所を知らないことと、初訪問の家のインターホンを押すことへの恐怖もあって、最寄りの駅まで迎えに来てもらうことになっている。


 俺は集合時間の十一時の十分前に駅に到着した。この前のデートで結月が随分早く集合場所にいたから不安だったけど今日は大丈夫らしい。


 結月に連絡したので結月が来るとは思うんだけどどうなんだろうか、と俺は柱に背中を預けてしばし待つことに。


「お待たせ、蒼くん」


 背中の方から名前を呼ばれたので振り返る。


「お待たせしました」


 結月の隣には陽花里もいた。


 結月はふわっとしたカーディガンにフレアスカートを身に纏った大人びたコーデ。

 対して陽花里はパーカーに短パンとタイツというボーイッシュなスタイル。


 両名、イメージ通りの服装だった。

 

 なんで二人いるの、という俺の疑問を察したのか結月がそれに答えてくれる。


「迎えは私だけでいいって言ったんだけど、この子が聞かなくて」


「わたしが行くから結月は家で待ってていいよって言ったよ?」


「蒼くんは私に連絡をくれたのよ。だから、ここは私が来るべきだったでしょう?」


「なんで結月に連絡したんですか!?」


 バチバチと視線を交わしながら言い合っていたかと思えば急に飛び火がきて驚いてしまう。


「いや、別に深い理由はないんだけど」


「もしかしてこの前のデートの評価が影響してます!?」


「それはしてない」


「これからはわたしに連絡をしてください」


「それは聞き捨てならないわよ。蒼くん、今後も私を通すようにしてね」


 言い出せばキリがないし、どっちに送ってもどっちかが文句を言ってくるだろうから、三人のライングループを作ることにした。


 これで一件落着かと思ったんだけど、双子の戦いはその三分後に再び勃発することになった。


「それじゃあ行きましょうか」


「そだね」


 それでは琴吹家へ行きましょうということで移動を開始したわけなんだけど、どうやら二人は自転車で来ていたらしく。


「さあ、蒼くん。後ろに乗って」

「どうぞ、蒼。後ろに乗ってください」


 俺は盛大に溜息をついた。

 デジャヴを感じてしまう。嫌な予感を抱きつつ、会話を進めていかなければならないので自分の返事を考えた。


 結月を選ぶか。

 陽花里を選ぶか。

 自分で走るか。


 自分がどれを選んでも、さっきのような争いが勃発するような気がする。


「蒼はわたしの自転車に乗るんです。結月は引っ込んでてください!」


「蒼くんは私と二人乗りをするのよ。陽花里こそしゃしゃり出てこないで」


 俺が何も言わずとも勃発した。

 なんだよこれ、もうどうしたらいいんだ。


「結月は力がないから男の子を後ろに乗せて自転車を漕ぐなんてできないと思うので、わたしの後ろの方が安全ですよ」


 俺が抱く印象として、陽花里は体育会系で結月は文化系のイメージがある。

 おおよそ、そのイメージは正しいだろうし、だとしたら確かに陽花里を選ぶのが英断だろう。

 それは安全云々を抜きにしても、結月がしんどいだろうからという理由が大きい。


「そうだな」


 俺が陽花里を選ぼうとした、まさにその瞬間だった。結月のちょっと待ったが発動した。


「蒼くんは男の子。それも高校生。女の子の後ろに乗るなんて格好悪い行動ができるかしら?」


 陽花里の方へ向かおうとした俺の体がぴたりと止まる。

 言われて、その光景を思い浮かべてみると確かに格好悪い。


「その点、私は陽花里の言うとおり蒼くんを後ろに乗せて自転車を漕ぐだけの力がないから、あなたを立てることができるわ」


「……なるほど」


「ちょっと待ってください。それなら、わたしだって後ろに乗ります。これで問題ないでしょう!」


 ご尤もだ。

 しかし、なぜか陽花里がそう言った瞬間、結月が勝ちを確信したような笑みを浮かべた。


「ねえ、蒼くん。どうする? 私と陽花里、どちらを後ろに乗せたい?」


「……どっちでもいいんだけど」


 本音である。


 すると、陽花里がさらに手札を切る。


「わたしの方が結月より軽いですよ。なので、大変じゃないと思います」


 どや、と陽花里が笑う。

 しかしその程度の攻撃はなんでもないのか、結月の澄ました表情は変わらない。


「たしかに、私より陽花里の方が体重は軽いわ」


「ほら! ですって!」


「ねえ、蒼くん。どうして私は陽花里よりも体重が重いんだと思う? きっと、この子にはないものがあるからだと私は思うんだけど」


 どや顔を浮かべる結月。

 結月の言葉の意図を察し、しまったという顔をする陽花里。


 そして、思わず生唾を飲み込む俺。


「二人乗りって危ないから、ちゃんと前の人に抱きついておかないといけないわよね。もちろん、私はそうするつもりなんだけど……」


 ちら、と結月が俺を見る。


「な、なななな」


 陽花里が壊れた。


 そして俺は、結月を選ぶことにした。

 理由はもう考えるのが面倒になったから、ということにしておこう。

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