第17話 メラメラ燃える


 前回までのあらすじ。

 朱夏に脱陰キャモードを言い渡され日比野に教えてもらった美容院へ行く道中、どちゃくそに不安を抱いていた俺は陽花里に話しかけられた。どうやら俺と日比野のやり取りを聞いていたらしい彼女は自分が美容院について行くと宣言した。


 なんて。


 脳内でそんなことを考えていたのには意味がある。

 電車の中、俺と陽花里は隣り合わせで座っているのだけれど、距離が近いせいで肩と肩が触れ合っているのだ。

 女慣れしていない俺としてはこういう接触ひとつでもドギマギしてしまうのですよ。


 他にも同じ学校の生徒はちらほらといる。というか、この時間の電車なんて乗客の九割が大幕の生徒だろう。

 多くの生徒は部活に所属しており早々に帰宅することはないが、バイトだったり遊びだったりという予定のある生徒もそこそこいる。


 俺もその中の一人である。


「そういや、琴吹は部活入ってたりしないんだな?」


「あれ、おかしいですね。わたしの知るところの蒼は琴吹なんて他人行儀な呼び方しないはずなんですが」


「いや、一応な」


 周りを見たところ、クラスメイトはいない。けど、どこで誰の視線があるかは分からない。

 俺が陽花里を名前で呼んでいること自体が噂になるだけでも厄介なのだ。


 しかし陽花里は納得していないのか、俺のぼかした言葉を汲み取れていないのか、ぷくっと可愛らしく頬を膨らませていた。


「電車を降りたらちゃんと呼ぶから」


「約束ですよ?」


「うす」


「なら許します。それで、なんでしたっけ?」


 こてんと首を傾げる。

 自分が逸らした話題は自ら軌道修正をするという、見事な心意気である。


「部活はやってないんだっけ?」


「そうですね。ただ、たまに助っ人として呼ばれることはありますよ」


「助っ人?」


「はい。試合があるけど、人数が足りないとか、まあ理由はいろいろあるんですけどね」


「たまに呼ばれて実力発揮するってポテンシャルの塊だな」


 素直に感心する。

 俺は特別運動が得意というわけではないので、運動神経が良い人には憧れる。


 自分にもっと運動神経があればなと思わされるシーンとも何度だって遭遇した。


「なので、放課後は実は時間があったりするんですよ。言ってくれれば、いつでも一緒に帰りますよ?」


「覚えとくよ」


「はいっ。楽しみにしてますね!」


 そんな純粋な笑顔されると誘わないといけない気持ちになってしまうじゃないか。


 けど、自分から一緒に帰ろうと誘うなんてハードル高すぎる。とてもじゃないけど今の俺では飛び越えることはできなさそうだ。


 十分ほど電車に揺られたところで乗り換えがある。ホームを移動して到着した電車に乗り込み、再び揺られること二十分。俺の家の最寄り駅へと到着した。


「そういや、琴吹の家もこの辺なのか?」


「はい?」


「いや、だから家」


「誰の家ですかー?」


 ああなるほど、と俺は合点がいく。

 電車の中でずっと琴吹と呼んでいたので忘れていたけど、そんな律儀にタイミング守らなくてもいいだろうに。


「陽花里の」


「この辺というほどではないですけど、きっと蒼の家ともそこまでの距離はないと思いますよ」


 機嫌を直してくれた陽花里は常ににこにこと笑っている。そんな良いことあったのかなと不思議に思えるほどだ。


「そう、なんだ」


「そういえば、パパに会ってくれると結月から聞いたんですけど」


「ああ、うん。なんかそれしかないっぽい感じらしいから」


「助かります。もう、わたしたちの手には負えないところだったので」


 あはは、と口角を引きつらせながら笑う。この陽花里にここまでの顔をさせるなんて、ますます会うのが怖くなってくる。


 俺はスマホで美容院の場所を改めて表示させ、現在地からのルートを検索する。


 ここから歩いて十分くらいの場所にあるらしい。


 歩き出す前に、俺は陽花里を振り返る。


「ほんとにいいのか?」


「なにがですか?」


「美容院についてくるっていう」


 俺としてはその申し出は有り難いものだった。一人じゃないということが、ここまで心強いのかと真に思わされた。


「もちろんですよ。蒼が望むのならば、わたしはどこへだってお供しますよ?」


「そんなイヌみたいな」


「わんわん!」


 イヌの真似をしながら、陽花里が俺にすり寄ってきた。さすがに恥ずかしいので、俺は反射的に距離を取ってしまう。


「さ、行くぞ」


「はーい」



 *



 道路沿いにある外壁が薄いピンクで出来たお店に『PAPILLON』と書かれた看板がつけられていた。

 一部がガラス張りになっているけど、よく分からないモデルの写真がでかでかと貼られているので中の様子はよく見えない。ガラスの意味よ。


「……」


「入らないんですか?」


 扉の前で躊躇っていた俺を、陽花里が何してるのとでも言いたげな顔で見てくる。

 彼女レベルになると美容院くらいコンビニくらいの感覚で入れるんだろうけど、俺からしたら難易度高めのアクションなんだよな。


「ああ、ちょっと心の準備をね」


「そんなの必要ないですよ。ほら、行きましょう!」


 陽花里は俺の手を取って無理やり中に連れて行く。扉を開けるとカランコロンと音が鳴り、中のスタッフの注目が一気に集まる。


 この感じはどのシチュエーションであっても好きじゃない。こっち見ないで。


「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」


 そして、手が空いていたスタッフがすたすたとこちらにやってきて丁寧な対応をしてくれる。


 ファミレスのような感じなんだな、とよくよく考えたら当たり前のことを改めて思い知らされる。

 そりゃあっちも商売なのだから、お客が来れば接客に応じるのが仕事か。


「はい! 予約してま……すか?」


 いつもの癖なのか元気よく返事をした陽花里が、ハッとしてこちらを振り返った。自然とスタッフの視線も俺に向けられる。


「はい、一応」


「お名前をお伺いします」


「桐島です」


「あ! あなたが桐島くんね。すももちゃんから話は聞いてるわ」


 俺の名前を聞いたスタッフさんはパンと手を合わせて合点がいったように笑った。


「本日、あなたの担当をさせていただく後藤です。よろしくね」


 明るめのブラウン、ふわりと毛先にはパーマがかかっているスタイル抜群のお姉さんだ。体のラインが浮き出るようなピチッとしたシャツに黒のタイトスカートと、大人の色気を振りまくスタイルに俺は視線を泳がせる。


「よろしく、お願いします」


 男の人が良かったぁぁあああ。

 こんな綺麗な人を相手に散髪中平然としていられる自信がない。


「そちらの方は?」


「彼が一人だと心細いと言うので付き添いで来ました」


 陽花里の丁寧な対応に後藤さんはなるほどねと笑う。こういうことってよくあるのだろうか。他のお客さんを見ても一人ばかりだけど。


「こちらへどうぞ。お連れの方もご一緒で大丈夫ですよ」


「こういうの、よくあるんですか?」


 俺は一応尋ねてみる。

 すると、後藤さんは俺の方をちらと見てなおも笑顔を浮かべる。


「いえ、あんまり。ただ、気持ちは分かるのでうちの店ではお断りはしないです」


「……そうすか」


 案内されたイスに座る。すぐ近くにあるソファに陽花里は案内されていた。


「琴吹さんは桐島くんの彼女?」


 陽花里とも自己紹介を済ましたところで、後藤さんが少しだけ話し方をフランクにして距離を詰めてきた。全然嫌悪感とかはない。


「いえ、友達です」


「そうなの。じゃあ、すももちゃんと付き合ってたり?」


「日比野とも友達です」


「彼女はいないの?」


「今のところは」


 いわゆる恋バナというやつはどうにも苦手だ。これまでしてこなかったから、どう答えたらいいのか分からない。


「すももちゃん、あんまり友達の話をしないのよね。唯一、彼女の話題に上がるのが桐島くんなのよね。だから、あなたの名前は実は前から知ってたのよ」


「そうなんですね。まあ、日比野は友達いませんしね」


「やっぱりそうなの?」


「ええ。あいつの場合はいないというか、必要としていないだけでしょうけど」


「なのに、桐島くんとはお友達なのね?」


 この流れだと、確かにその疑問は思い浮かぶか。

 日比野すももは友達を必要としていない。正確に言うと、最低限の人数で構わないという感じだ。


 俺がその最低限の一人に選ばれたというだけ。偶然、俺も同じようなぼっちだったから。


「わたしも気になります。教室でいつも、蒼と日比野さんは一緒にいることを不思議に思ってました」


 ここまで黙って俺と後藤さんの会話を黙って聞いているだけだった陽花里が口を開いた。


 前のめりに質問をしてくる陽花里を見て、後藤さんがくすりと笑う。


「あら琴吹さん、もしかして嫉妬?」


「嫉妬です!」

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