第14話 図書室には二人だけ?
制服姿をこうして間近で見ると、休日とはまた少し違った印象を受ける。
性格所なのか、きっちりと着こなされた制服は彼女の真面目さを表していた。
シャツのボタンは上までしっかり留めてあり、リボンも緩めず留めている。スカートは膝丈で他の女子のように短くないし、他の人はパーカーとか羽織ってる中、ちゃんとブレザーを着ている。
黒髪ときりっとした表情もあって、優等生感が凄いんだよな。
「それで、なにか用か?」
「ん?」
図書室で彼女の姿を見たことはない。なので、ここにいるということは俺になにか用事があるのだと勝手に結論付けたけど、リアクション的にそういうわけでもなさそうだな。
「いや、なにか用事でもあるのかと。こんなところまで来てるし」
「私が図書室にいることがそんなにおかしいかしら。これでも、結構容姿は文芸少女感あると思うんだけど」
言いながら、結月は俺の顔へ手を伸ばしてくる。
「え、なに」
俺が反応する前に結月の手が俺の顔へ到達し、メガネをスッと外してしまう。そして、それをそのまま自分が掛けた。
「う、くらくらする」
そりゃそうだよ。
度が合ってないんだから。俺の視力の悪さはそんじょそこらの人には負けないぞ。
「どう? 文芸少女感が増し増しでしょ?」
「見えないよ」
「あらま」
メガネを外すと世界がぼやけて見える。まるでモザイクのフィルターがかかってしまったようだ。
もちろん結月の顔も見えない。正確には何となくは見える。メガネを掛けているのも、言われてみればそんな気はする。
けど、見えはしない。
「ならもっと近くで見て」
言って。
結月は再び俺の顔に手を伸ばす。
そして両手でしっかりホールドして、手に力を入れてぐっと力を入れる。
「な、ちょ」
俺と結月の顔が急接近した。
文字通り、目と鼻の先に彼女の顔がある。どれだけ目が悪くてもこの距離ならさすがに見える。
結月の息遣いをダイレクトに感じる。
僅かに頰が紅潮しているのも分かった。
「どうかしら?」
「照れるならやらなきゃいいのに」
「ど・う・か・し・ら?」
頬をぐにっとつねられた。
これがまた普通に痛い。
「可愛いと思います」
「か、可愛いかどうかは聞いてないわっ!」
素直な感想を漏らすと結月は慌てて手を放す。そして、胸元を押して俺を突き飛ばした。
「声が大きいぞ。ボリューム抑えて」
「はっ」
「はっ、じゃないって」
俺は慌てて受付にいるギャル生徒の様子を伺う。こっちを疑う素振りはなく、ただひたすらにスマホを触っていた。
興味ないにしてもなさすぎないか。
騒がしくした張本人が言うことじゃないけど、ここはちゃんと注意するべきだと思う。
注意するように注意したほうがいいだろうか。いや、ややこしくなるだけだな。
「返すわ」
「あ、はい」
落ち着いたらしい結月がメガネを返してくる。俺はそれを掛け直して、再び彼女を向き直った。
「それで、なんだっけ。結局、本を読みに来たわけ?」
話が脱線してしまったので戻すことにする。結局、ここに来た理由が明かされていないのだ。
「いえ。違うわ」
「文芸少女のくだりなんだったんだ」
「放課後のジョークよ」
「……じゃあ、なんの用があって図書室に来たんだよ」
「もちろん、蒼くんに話さなければいけないことがあったからよ」
そう言った結月の表情は真面目なものだった。さっきまでの楽しそうな雰囲気はどこかへ捨ててしまったようで、俺も思わず緊張してしまう。
「話さなきゃいけないこと?」
俺は眉をひそめた。
俺のオウム返しに結月はこくりとうなづく。
しかし。
「けど、こんなところで話すことでもないからとりあえずそれは後回しにしましょう」
「じゃあ場所変えるか?」
「そうじゃないの。乙女心をもう少し勉強してちょうだい。今のはつまり、用事を済ましてしまうとこの時間が終わってしまうから後回しにします、という意味なのよ」
「乙女心難解すぎるな」
*
「蒼くんは本を読むのが好きよね」
「そうだな。人並み以上には好きだと思う」
「おすすめの本ってある?」
結月は俺の顔を覗き込みながら尋ねてくる。
「ホラーが好きなんだっけ?」
「そうね。あとはシンプルに恋愛作品も好きかしら」
恋愛作品はあまり読まないし、ホラーも詳しいというほどではない。そのジャンルでおすすめするとなると限られてくるけど。
「例えば、これとか」
俺は本棚から一冊取り出して結月に渡す。
「これは?」
「ライトノベルだよ」
「『オタク・オブ・ザ・デッド』?」
「そう。いわゆるゾンビパニックものだよ」
「でも、オタク?」
結月は眉をひそめた。
オタクとゾンビが結びつかないのだろうか。俺がこれまで目にしてきた作品にその掛け合わせはなかったから、珍しいのかもしれないな。
「地下アイドルを応援する男が主人公なんだよ」
ふぅん、と言いながら結月は背表紙のあらすじに目を通し始めた。
ある日、突然東京の一部が封鎖され危険区域認定された。その原因は謎のゾンビ化現象だった。
主人公、鮫島は推しのアイドルを助けに危険区域の中をバイクで駆ける。ゾンビに襲われそうになっているアイドルを助け、オタク仲間たちと力を合わせて生き抜くという物語。
いろいろと馬鹿馬鹿しく笑えるシーンもあるが、最後はそれなりにグッとくるシーンもある。ゾンビものとしてのツボも押さえている、俺としては中々に評価が高い作品だ。
「まあ、気が乗らないなら無理に読むことはないよ」
「いえ、せっかくだから読んでみるわ。蒼くんも今から読書するんでしょ?」
「ああ。そのつもり」
「ぼーっと待っているのも暇だし、私も読むわ」
そんなわけで二人で本を手にしてテーブルのエリアへ移動する。適当に腰掛けると、結月がその隣に座ろうとした。
「いや、隣はダメでしょ」
「そんなルールないでしょ。ソーシャルディスタンスっていつの時代よ」
「そんな前ではないだろ。いやそうじゃなくて、俺と結月が隣り合わせるのは不自然だってこと」
「クラスメイトなんだし、別におかしくないのでは?」
「日頃から教室で喋ってたらともかく、俺らは全然絡みないんだから変だって」
「大丈夫。いざ知り合いとバッティングしたら上手く言い訳するから。そんなことより、図書室では静かにしないとダメなのよ?」
「お前が言うな」
まあ。
結局帰るまで俺たち以外の利用者は現れなかったから、その心配は徒労に終わったんだけど。
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