第13話 バレたら終わりのエンカウント
「へえーいいじゃない、デートなんて羨ましい。けど、この話が漏れれば桐島は漏れなく半殺しだろうね」
「これお前にしか言ってないからな。漏れてたら犯人特定できるからな?」
「私が言うとでも?」
「言うじゃん。面白半分で」
「いやいや、面白半分なんて滅相もない。半分どころか面白全部だよ」
「たち悪いって」
昼休み、俺は日比野と向かい合って弁当をつついていた。
俺も日比野も友達が多いタイプではないので、昼休みは大抵こうして一緒に昼飯を食う。
食ったあとも一緒にいるのかと言えばそんなことはないけど。各々好きなことをする。
琴吹姉妹とデートをした日の週明け。月曜日の教室の中はいつもと変わらず平和そのものだった。
「けど、デートには行ったんだね。それはそれで意外だったよ」
プチトマトを食べながら日比野が言う。日比野の弁当はサラダパスタみたいな感じで、白米とかおかずは入っていない。本人から直接聞いたわけではないが、恐らくベジタリアンだ。
「そうか?」
「うん。他の平凡な女子ならともかく、あの二人とデートをしたとなればクラスメイトどころか校内の男子が騒ぐよ。目立つことを好まない桐島にしては大胆な行動だなって」
「だから誰にも知られないように二人にも口止めしてる。お前が誰かに言わなければ漏れることはない」
「言わないよ。桐島がいなくなったら、私は誰とこうしてお昼を食べたらいいのさ」
「漏れたら俺が死ぬの確定なの?」
「死ぬは大袈裟かもね。せいぜい病院送りってところじゃない?」
「十分アウトだよ」
俺ならばサラダパスタなんて五分と経たずに完食してしまいそうなものだけど、日比野はそれをちまちまと食べていた。
俺が弁当の半分を食べ終っているのに、彼女はまだそれ以上に残っている。
「それで、付き合うの?」
「さあな。付き合うってなったら、俺はどっちかを選ばないといけないわけだよ」
「まあ、そうなるね。なんて贅沢な話なんだろう」
言いながら、日比野は教室の中にいる琴吹姉妹をちらと見た。
二人はグループ自体は別らしく、お昼はそれぞれの友達と楽しくお喋りしている。グループは女子しかいないが、男子生徒は常にタイミングを伺っているように見える。さながらそれは獲物を狙うハイエナのよう。
「あの二人から同時にアプローチを受けるなんてね。いっそのこと二人と付き合ってしまえばいいんじゃない?」
「二股じゃん」
なに言ってんだよ、と俺がツッコむと日比野はブロッコリーをぱくりと食べながらおかしそうに笑った。
「多様性の時代だよ。恋愛の在り方も自由なんじゃない?」
「多様性って言葉遣えばなんでも許されると思うなよ」
便利だけども。
とはいえ、昔に比べると確かに世の中では様々なものが受け入れられ始めている。というよりは、受け入れないといけない風潮ができつつある。
「当人同士がそれを最善だと思うのなら、他人が何て言おうと知ったこっちゃないと思うけどね、私は」
「でも、結婚とかはできないじゃん」
「桐島は高校生のときから結婚とか考えちゃう重めの男だったんだね」
なんでちょっと引いてんだよ。
そのリアクションに俺が引いていると、日比野はやはりくすくすと笑う。
「さすがに重婚は認められてないから、結婚となると難しいよ。でも、まだ高校生だよ? そんなこと気にせず、とりあえずって選択肢で付き合えばいいんじゃないかな」
「なんか不誠実じゃないか? 一人に絞れないから二人と付き合うなんて」
「それは桐島のやり方一つでしょ。それに私は最初に言ったよ、当人同士がそれを最善だと思うのならってね」
日比野の言っていることは理想論だ。確かにそれが可能であるならば、一番理想的な形なのかもしれない。
先日、二人とデートををして感じたけれど、本当にいい子たちだった。やり方は違ったけど、二人とも俺のことを考えていろいろと動いてくれていた。
双子の姉妹だし、どちらか一方を選べば二人の間に何かしらの壁ができるかもしれない。
それをまるっと解決する方法としては、最もシンプルな答えなのは確かだけど。
「選ぶのは桐島だよ。私が言いたいことは結局のところ、彼女ができても私の友達はやめないでねってだけ」
「それはないよ。何があっても」
思えばまだ一年ちょっとの付き合いだ。けど、日比野の隣は程よく落ち着く、気を抜ける場所なのだ。
もしかしたら、本当ならそのポジションには同性がいるべきなのかもしれないが、それは言っても仕方がない。
この先、どんなことがあっても、俺の心の休息所がここであることは変わらない。
*
ご趣味はなんでしょうかと訊かれたら、読書ですと言えるくらいには俺は本を読むのが好きだと思うし、事実本を読んでいると思う。
ミステリやホラーなどの文芸小説を読むことが多いけど、あらすじで気になればライトノベルだって手にする。
なので、図書室という施設は非常に有り難いものである。学生のお小遣いでは買える冊数も限られているので、いろんな種類の本が置いてある図書室は俺にとって楽園だった。
放課後は毎日というわけにはいかないけれど、それなりに図書室へ足を運ぶ。放課後が無理なら昼休みの間に来て本をレンタルする。
しかもあまり読書家がいないのか、うちの学校は図書室の利用者が極めて少ない。
テスト前ならまだしも、普通の何でもない日となると一人とか二人くらいが当たり前で、五人くらいいると今日めっちゃ人おるやんってなる。
「さて、今日はどうだろうか」
呟きながら、図書室の扉を開けた。
入ってすぐのところに受付カウンターがある。そこにはいつもその日担当の図書委員が暇そうにスマホをいじっていることが多いが、今日もそんな感じだった。
ギャルっぽい雰囲気、明らかに本には興味ないですよって感じの容姿をした彼女はつまらなさそうにスマホを触っている。
ちらと俺の顔を見て、うざったそうな顔をしたかと思えば、すぐに視線をスマホに戻す。
受付を進むとテーブルが置かれたスペースがある。長机が六個とそこに椅子が六個ずつ。そしてソファが一つ。
そこを抜けると本棚がびっしりと並んでいる。右も左も本棚だらけである。
このテーブルスペースを抜けるときに人の数を確認する。多かったら、少なかったら何なんだという話なんだけど。
図書室に来るような生徒は大抵大人しい。そもそも騒がしいと追い出されるルールだから、人がいようがいまいが図書室は静かだ。
そして今日はどうやら人がいない。
ゼロである。
俺のみ。
そりゃギャルも嫌がるか。さっきまで一人だった空間に人が来たんだもんな。
ごめんなさいねえ、と心の中で謝罪しながら本棚へと向かう。そのとき、ガラガラと図書室の扉が開く音がしたけど、気にせず本の物色を始めた。
「なににしようか」
この時間がなかなかどうして楽しい。図書室の本はまだ全然読めてないからな。三年間で読破してやろうという気持ちがあるんだけど、果たして可能なのだろうか。
ケーキバイキングに目を輝かせる女子のように、わくわくしながら本を物色していると、突然視界が真っ暗になった。
え、や、なに。
動揺し、なにか声を出そうとしたが、その前に「だーれだ」と誘惑するような声が耳元で囁かれた。
「ふぁ、え、な」
思わず声が漏れた。
言葉にもならない、ただの音。
「ヒントはこれ」
ふにゅり、と背中に柔らかいものが当てられた。瞬間、俺の全神経がそこに集まりやがる。男の性にはどうあっても抗えないようだ。悔しい。
ていうか、ヒントなんかなくても声で分かるし、もっと言えば俺にこんなことをしてくる女子生徒は限られている。
「学校では絡まないように言ったはずだけど? 琴吹結月さん」
「正確には、人の目があるからよ。ここなら誰にも見られないでしょう?」
言いながら、結月は俺の視界を覆っていた手を放して数歩下がる。俺は光を眩しく思いながらも、彼女を振り返った。
「図書室で密会なんて、どきどきするわね?」
「別の意味でな」
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