第12話 両手に花はまだ早い
『ブレイブ・マックス』は少年、リックとマックスの友情物語だ。弱虫で逃げ癖のあるリックは友達からいじめられてばかりいた。そんなリックを心配した父がマックスを作り上げた。
マックスの中には高性能AIが組み込まれていて、いろんなことを学んでいく。リックとマックスはまるで兄弟のように日々を過ごした。
ある日、リックがテロ事件に巻き込まれてしまった。リックを助けるためにマックスは彼の下へと駆けつける。一度は犯人を追い詰めるが最後の手段であった爆弾を爆破されてしまい、マックスはリックを守るために盾となった。
マックスを失ったリックは塞ぎ込んでいた。けれど、マックスとの思い出がリックを立ち上がらせた。マックスがいなくなったことを知り、再びリックはイジメの標的になったが、マックスから学んだ勇気を胸に、彼はいじめっ子に立ち向かった。
そしてクライマックス、勇気を知ったリックのもとへ修理が終わったマックスが戻ってきた。
「……」
ベタな物語といえばそれまでだけど、リックの心境が丁寧に描かれていたりマックスのキャラクター性がコメディチックで面白かったりと、笑いあり涙ありで面白かった。
マックスが爆破からリックを守るシーンには目頭が熱くなってしまい、再会のシーンでは頬を涙が伝った。
陽花里はどうだろう、と俺は横目で彼女の様子を伺ってみた。
「うううぅぅぅ……」
めちゃくちゃ泣いていた。
目頭が熱くなるとか、僅かに頬を涙が伝うとか、そういう次元ではなく、号泣していた。人目も気にせず思う存分に感動を表現している。
「だ、大丈夫か?」
「めちゃくちゃ感動じまじだ」
ずず、と鼻をすすりながら陽花里は返事をくれる。エンドロールが終わり場内が明るくなると、ぞろぞろと人が出口へ向かって歩き出すが、どうやらもう少しかかりそうだ。
「これ使うか?」
俺はカバンの中からポケットティッシュを取り出し陽花里に渡す。彼女はそれを受け取り、すびびと鼻をかんだ。
場内の人があらかた出ていき、残りの人も着々と出口へ向かっている。どうやら俺たちが最後らしい。
「お待たせしました。行きましょうか」
ようやく落ち着いたらしい陽花里がゆっくりと立ち上がる。俺もそれに続く。
「どうでしたか?」
隣を歩く陽花里がじいっと俺の顔を覗き込んできた。丸い瞳は綺麗に輝き、その周りは僅かに赤く腫れている。無理もない。
「面白かった。最後はちょっと泣けたよ」
「ですよね! わたしもちょっと泣けちゃいました!」
「ちょっとじゃなかったが?」
俺がからかうようにツッコむと、陽花里はあははと顔を赤くした。喜怒哀楽が表情に出やすいのか、一緒にいて気持ちが楽だと感じる。
「ま、まあ楽しんでいただけたのなら良かったです!」
誤魔化したな。
映画館を出た俺たちは近くの喫茶店に入ることにした。それも陽花里が事前に調べていたらしく、探す手間はなかった。
「ここ、この前百合ちゃんがおすすめしてたので、一度来てみたかったんですよね」
「百合ちゃん?」
誰だその女の子好きそうな子は、と俺が首を傾げると陽花里が嘘でしょみたいな顔をする。
「クラスメイトですよ?」
「男子でも曖昧なのに、女子の下の名前なんて覚えてるはずないだろ」
「でも、わたしの名前は知ってましたよね?」
顔を覗き込まれる。
きょとんとした顔は純粋に不思議に思っているように見える。
「双子の琴吹姉妹は有名だろ。さすがに名前くらい覚えるよ」
「なるほど!」
ひらめいた! みたいな顔して納得した陽花里は到着した喫茶店のドアを開ける。
カランコロンと音が鳴り、俺たちは中へと入る。
別段特徴のある喫茶店ではなく、どこにでもあるような普通の内装だ。少し暗めの店内に小音のジャズが流れている。
休日ではあるけれど店内は混み合っていない。ここら辺は喫茶店やカフェが多いからあんまり混まないのだろう。
「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
「はい!」
元気の良い陽花里の返事に頷き、席へ案内される。半分くらい埋まってる感じかな。騒がしいお客さんがいないので店内の雰囲気も落ち着いている。
「ここはショートケーキが美味しいみたいですよ」
「そうなんだ。じゃあショートケーキにしようかな」
「なら、わたしはチョコレートケーキにしますね」
「いやなんでだよ」
「はえ?」
俺がツッコむと陽花里は頭上にクエスチョンマークを作る。
「おすすめがショートケーキなんだから、ショートケーキ頼むだろ普通は」
「え、でもショートケーキは蒼が頼むって」
「ん?」
「ん?」
あれ、なんで噛み合ってないような雰囲気になってるんだろう。俺おかしいこと言ってるかな。
「ショートケーキ好きじゃない?」
「いいえ。好きですよ。むしろ大好きです」
苦手なのかと思ったらそんなこともないらしい。となると、やっぱり今の流れだとショートケーキを頼むのが普通だよな。
俺がショートケーキを頼んだから、彼女はチョコレートケーキを頼んだ。別にショートケーキは嫌いじゃない、むしろ大好き。
「分からん。答えを教えてくれ?」
「なんのですか?」
俺が言うと、陽花里はきょとんと首を傾げた。俺が勝手に問題化していただけなので、そのリアクションは至極真っ当なものである。
「ショートケーキを頼まない理由」
「え、だって蒼が頼むから」
「それがどうしてかって」
「同じの頼むより、別々のものを頼んだほうが二倍楽しめますよ?」
「ああね」
シェアしようってことか。
あんまり人とご飯食べに来ることないから、そもそもそんな発想なかったな。
たまに日比野と飯を食うことはあるけど、お互い好きなものを頼んで干渉し合わないからな。
どうしてもあいつ基準で考えてしまう。
「すみませーん」
「インターホンあるから」
*
映画を観て、喫茶店で他愛ない話に花を咲かせて、気づけば時刻は五時を回っていた。
この時間に辺りが暗くなってくると、冬の到来を感じてしまう。
あまり長居するのもどうかと思い喫茶店を出た。今日のスケジュールは一から十まで任せてあるので、俺は陽花里を振り返る。
「これからどうするんだ? もう解散か?」
「えっとですね」
陽花里が腕時計で時間を確認する。
時計が読めないわけじゃないだろうに、どうしてか陽花里はむむむと難しい顔をしていた。
うーんと唸って、そして何か決まったのかうんうんと頷いた。
「せっかくなので晩ご飯でも……「約束が違うでしょう」
陽花里の言葉を遮るように現れたのは結月だった。この子、帰ったんじゃなかったの?
「結月!?」
陽花里が驚いた声を漏らし、数歩後ずさる。随分と動揺している様子だ。
「お互いデートの時間は決めていたでしょう。これから晩ご飯に行くと、明らかにオーバーすると思うのだけれど?」
迫力のある表情と声色に陽花里はあわわと怯えている。俺はというと、言葉も出せずにただ見守っていることしかできない。
「ちちちちがうよ。結月はもう帰ったから、延長しても誰にもバレないなって思っただけだよ!」
「なにも違わないじゃないの! 抜け駆けは許さないわよ!」
「ひえぇぇ」
そう言いながらも、どこか仲の良さがにじみ出る雰囲気に、俺はついつい笑ってしまう。
「私に先攻を譲ったときから怪しいと思っていたけど、こういうことを企んでいたのね。尾行していて正解だったわ」
ナチュラルにストーキングをカミングアウトしやがった。
「ずっと見てたの!?」
「遠くからね」
「だめだよそんなことしちゃ」
「あなたに言われたくないわ!」
姉妹喧嘩がエスカレートしていきそうだったので、ここで俺はようやく口を挟むことにした。
「こんなところで言い合いしてもなんだし」
俺の言葉に二人はこちらを振り返る。その瞳はきらきらしていて、どこか期待を孕んでいるように見えた。
だから俺はこう告げる。
「今日のところは解散ということで」
「これは三人でご飯に行く流れなのでは!?」
「私もてっきりそうだとばかり!」
驚きとショックが入り混じった二人の言うことは分かるけど、さすがにここから二人相手にご飯というのはさすがに疲れる。
というか、慣れないことして今日は活動限界ギリギリまで体力を消耗しているのだ。
「また今度ということで」
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