第11話 以心伝心
映画を観て、少し遅めのランチを終えたところで時刻は午後二時になろうとしていた。
「名残惜しいけど、そろそろ時間ね」
時計を見て結月が呟く。
俺は何時までみたいな、今日の予定を詳しく聞いていない。二部制で二人と会うくらいのざっくりした情報しか知らされていなかった。
「そうなのか?」
映画の話が盛り上がっただけに名残惜しさがあった。もう少し一緒にいたい、というこの気持ちは大切なものだよな。
「ええ。二時に交代なの」
別に一人が好きというわけではなくて、ただ気が合うわけでもない相手と無理に一緒にいる必要性を感じられなかっただけ。
結果、その相手が見つからなかっただけで、現に気を遣わない日比野とは普通に話すわけだし。
だから。
話していて楽しいと思える相手は貴重だということを俺は知っている。
「またどこか行くか?」
結月はどう思っただろう。
今日は俺の素を出したつもりだ。普通に友達に接するように、できるだけ気を遣わずにありのままの自分を出した。
だから、心肺蘇生をしたときの俺のような印象は抱かなかったと思う。その結果、結月が俺をどう思ったかは分からない。
思っていたのと違うというのであれば、それも仕方ないと思うけれど。
「いいの?」
結月はぱあっと表情を明るくする。
普段はどちらかというとクールな印象があるのえま、時折見せるこういう無邪気な笑顔にはギャップがあって可愛く見える。
「今日楽しかったし」
「私も。蒼くんのこと、もっと好きになったわ。あなたはどうかしら?」
好きという言葉にドキッとしてしまう。そんな直接的な表現をされると、さすがに照れる。言った本人も照れている。その証拠に顔が赤い。
俺は、どうなんだろう。
彼女の言葉を頭の中で反芻した。
「……好き、かはまだ分からない。けど、また会いたいって素直に思えた。だから、多分他の人よりは特別なんだと思うよ」
相変わらず曖昧な返事だ。
自分でも笑ってしまう。けど、いったことは全部本音で、そこに嘘や誤魔化しはない。
きっとこのまま彼女のことを知っていけば、その先にある答えを見つけることができるだろう。
「一回目にしては上出来よね。次こそ、好きって言わせてみせるから、覚悟しておきなさいね?」
満足げに頷きながら言葉を続けていた結月は、不敵に笑いながらそう言った。
まっすぐ俺に向けられた瞳からは彼女の覚悟というか、強さのようなものをひしひしと感じた。
そんな感じで琴吹結月との時間は終わり、駅の改札前で待っていた俺は二時ちょうどに名前を呼ばれる。
「お待たせしましたか?」
「いや、そうでもない」
ブラウンの髪を揺らしながら、琴吹陽花里が姿を見せた。はぁはぁ、と息を僅かに乱しているところを見るに、恐らく電車から走ってきたんだろうな。
白のシャツに短パン。脚全体は黒のタイツに包まれている。薄めのカーディガンのようなものを羽織っているから寒そうには見えない。
結月のときもそうだったけど、クラスメイトの私服姿ってなんかどきどきするな。
「それじゃあ行きましょう。楽しいデート、第二部のスタートです!」
*
「……」
「ちなみにですけど、蒼はなにか観たいものありますか?」
俺たちは映画館へと来ていた。
数時間前までここにいたんだけど、そのことはとりあえず伏せておくことにする。
「まあ、これ以外なら」
俺は並んでいるポスターの中から『ハッピーデスパレード』を指差しながら言う。
「怖いのダメなんですか?」
「いや、これは観たから」
「そうなんですか。ちなみにわたしはこれが観たいです!」
そう言って陽花里が指を差したのは『ブレイブ・マックス』という映画だった。
テレビでCMを見たことがある。心を持たないロボットと主人公の男の子の友情物語だったはずだ。
アクション要素も強く、俺としても気になる作品である。
「いいんじゃないか?」
「ほんとですか?」
「嘘はつかんでしょ」
俺が言うと、陽花里はにししと笑い、「やったぁ」と分かりやすく喜んだ。
「ところで今さらなんだけど」
「はい?」
チケット売り場に向かう際に俺は気になったことを訊くことにした。少し前を上機嫌に歩いていた陽花里がこちらを振り返る。
「なんで映画館に来たんだ?」
まさか結月と場所が被っているとは思っていないだろうな。昨日のうちにどこに行くかくらいは話しておいても良かっただろうに。
結月は『初デートは映画』というネットの情報を頼りに選んだそうだけど、これでもし陽花里の方もそんな理由だとしたら、俺は双子というものに感心してしまうだろう。
が。
「え、普通に観たい映画があったからですけど。他になにかあります?」
何言ってんの、みたいな顔をしながら何言ってんのと言いたげな声色で陽花里は言ってきた。
「初デートですよ? 楽しい思い出にしたいじゃないですか?」
「そりゃそうだけど」
「ほら、わたしたちってまだお互いのことをあまり知らないじゃないですか。蒼に好きになってもらうためにも、まずはわたしのことを知ってもらいたくて」
「それで映画?」
はい、と陽花里は元気よく答える。
「わたしの中の蒼のイメージって本を読んでるものが多いんです。でも、わたしあんまり本は読まないから。でも映画なら観るので、作品に触れるという意味では同じだし映画なら良いかなって」
俺の中の彼女の勝手なイメージ的には物事を深く考えなさそうというものがある。結月とは正反対って感じ。
だから、結構しっかり考えていることに素直に驚いた。
「だめでした?」
「いや、文句なし過ぎて驚いただけ」
そんなわけで券売機へ行き、俺たちは次の上映のチケットを購入する。時間は今から三十分後なので少し時間がある。
かといって、どこかへ行くには少し短いのでどうしたものかと悩んでしまう。
「とりあえずトイレだけ済ましておくか」
「そうですね」
することないのでとりあえずトイレを済ませる。そのあと、グッズ売り場を見ながらダラダラと駄弁り、適当に時間を潰した。
意外と時間はすぐに経つもので、俺たちの観る映画の劇場が開場された。今すぐ入っても上映開始までは待つことになるけど、まあ仕方ないだろう。
「開場されたし、もう入っちゃう?」
「あ、ポップコーン買ってもいいですか?」
「ポップコーン買うんだ」
「映画のときはポップコーンマストですよ!」
陽花里のポップコーン購入に付き合う。せっかくだし俺も飲み物だけ買っておくことにした。
がっつりLサイズを買った陽花里と、少し早いが劇場に入る。
映画館って席と席の間隔が狭めだから、どうしても二人の距離が近くなる。こういうところも初デートにちょうどいいとされる所以なのかもしれないな。
つまり今どきどきしています。
可愛い女の子が隣にいるというシチュエーションに、そう簡単に慣れるはずもないだろう。
そんな感じでそわそわしていると、それを不思議に思った陽花里がこっちを向いてこてんと首を傾げる。
「どうかしました?」
「いや、なんでも」
俺が誤魔化すと、陽花里はまあいいかみたいな感じの顔をする。そして、にこりと楽しそうに笑った。
「なんだか、距離が近くてどきどきしますね!」
僅かに頬を赤くしながらそんなことを言う陽花里を見て、俺はそれ以上に頬を赤くした。多分、赤くなっているだろう。顔熱いもん。
「……そだね」
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